31頁 科学技術とアルカイック
仕方がないか。
僕は腰のブックホルダーへと手を伸ばした。
ホックを外し、収められていた白書を手に取る。
「ほう……魔導書とは珍しい。今の時代であれば、杖型か、アクセサリー型が一般的ではないのかね」
「残念だが、僕は魔法がまともに使えない身でな」
ペンを取り出し、白書へと記述を開始する。
書くは第八篇。読み上げるはその一節。
『――そこにあるは取り留めのない一欠片。されど、速し。されど硬し。我と汝を縮め得る者なり……』
「辞世の句でも詠むのかね? まぁ、それは潔いが些か華やかさに欠けるな」
「【初弾の街】」
書かれた文章に魔力が宿り、文字の一つ一つが光を放つ。
書き記すは黄色の王。そこから生まれた複数の光弾が、ロードアイランドへと突き刺さるように放たれる。
「いくら魔導書で補完したとしてもだ。私には届か――ッ!?」
初めてロードアイランドが回避行動をとった。
身体をひねり、転身する。
その直後、光弾がロードアイランドの肩を掠め、背後へ着弾する。
「――!?」
「当たった!?」
ロードアイランドは肩の傷口から流れる血と、僕の顔を交互に見比べる。
その表情は先程までの勝ち誇ったかのようなものではなく、困惑するような、訝しむようなものだ。
何が起こったのか、自らの防御を破られた理由を計っているというところだろうか。
「…………何をしたのかね」
「お得意の、叡智の結晶とやらで考えてみればいいんじゃないか」
僕は敢えて皮肉たっぷりに答えた。
それに対して飛んできた声は予想外の方向からだった。
「クラフト、お主その古神魔導書…………我への当てつけではなかろうな?」
「たまたまだよたまたま」
僕らの会話をよそに、ロードアイランドは声を荒げる。
「コンピュータァ! 魔力解析! 今の攻撃は何だッ!」
おーおー、焦ってる焦ってる。
『――解析完了。詳細不明。データベースニハ一致スル魔力周波数ハ存在シマセン』
「馬鹿な!? そんなはずはないだろう!?」
『――繰リ返シマス。詳細不明。データベースニ存在スル如何ナルモノト一致シマセン』
それはそうだろう。
そもそも、今のは魔法ではな《い》。
「……何をしたのかね?」
『響くは四ツ辻。過ぎたる者どもを囲い、捉え、裁定せり。ああ、汝、留まることなかれ……』
ロードアイランドを無視し、続ける。
「【四風の街】」
記した文章が光り輝き、粒子となって消滅する。
それを糧に生まれた4つの力が半透明の刃をなし、ロードアイランドへと斬りかかった。
「くっ……そんなことがあって――コンピュータァ!!」
『――詳細不明。データベースニハ存在シマセン』
辺境伯は体を捻り、何とか全ての刃をかわそうとするが、4つの内1つが左腕を抉った。その衝撃で後ろに倒れ込む。
「ぐはっ……! そんな、馬鹿な……」
「はっ! そろそろ降参した方がいいぞ? 別に命まで取ろうとか言う話じゃあない。大人しく投降しろ」
「……ご主人が悪者みたい」
「何でそんなに悪役ムーブなんじゃ」
「お師匠様!」
左腕を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる辺境伯。
息は荒く、既に満身創痍だが、あの程度じゃ命に別状はないだろう。
「空間断裂壁は、位相の操作だ。故にどのような現象も無効化、霧散させるはず……その力は……!」
「お前の言う物理現象なんてものは、所詮この世の範囲内のものでしかないんだろう。それが先史文明時代のものだとしてもな。なら、その物理現象にすら収まらないものを使えばいいだけの話だ」
「それは不可能だ――! 例え神々としても、この世界の物理現象に縛られる! そのような埒外技術が認められるか!」
「ならこの世ではない何処かの世界から引っ張ってくればいいだけの話だ」
未知の現象、未知の事象の具現化。
昔、僕が長い間滞在していた図書館からのお土産である。
「それは……ただの魔導書ではありませんの?」
僕の持つ魔導書を指さすエイク。
「古神魔導書……異界の魔導書とでも言えばいいか。まぁ、これは複製だけどな……。この世の法則に縛られるなら、この世の法則に縛られないものを使えばいい、という話だ。流石に修正力がかかるせいで、長時間の展開は難しいけどな」
「相変わらずの無茶理論じゃのう」
さて、これぐらいにして、あいつを拘束しないと。
「――ここは楽園。ここは終焉。自らを閉じ込め、戒める神威の牢獄……」
「ぐっ――!」
――【預言者の楽園】
ロードアイランドが身構えるが、これは攻撃用のものではない。
光の輪が彼の頭上に出現し、そこから床まで、光の帯が幾重にも伸びていく。
それはロードアイランドの周囲を取り囲み、まるで鳥籠のように彼を光の檻へと閉じ込める。
本来は防御、迎撃用ではあるが、このようにして任意の相手を封鎖してしまうことも可能だ。
「もう、逃げも隠れも出来ないぞ。大人しく――」
『――第一シークエンス完了。並列動作ガ使用可能ニナリマシタ。未知ノエネルギー波形解析完了。登録シマシタ。続けて第二シークエンスニ移行。演算時間残リ750秒』
無機質な声が響き渡る。
それを聞いたのか、辺境伯はにやりと笑い、声を荒げた。
「コンピューター! 限定起動! この檻を解除しろ!」
『――命令受諾。……解析完了。座標ポイント6022空間隔離。転換開始』
ロードアイランドを囲んでいた、光の檻が徐々に薄く消えていく。
数秒もしないうちにそれは消えて無くなってしまった。
古神魔導書にすら干渉する……あれが、都合の良い新世界の力か。
「ははっ……いや、危ない所だった。都合の良い新世界が無ければどうなっていたことか。残念だが、既に状況は次に進んでいる。もうこれは止められないぞ」
「未知の事象にすら干渉出来るのか……」
「解析してしまえばこちらのものだ。いや、少々焦ったがね。未知の事象ならば、未知として演算に組み込めば良い。さて、これで君たちに打つ手は無くなったのではないかな?」
「…………何をする気だ」
辺境伯は僕たちに背を向け、都合の良い新世界を仰ぎ見た。
「『神堕とし』……神堕としだよ。言っただろう、この世全ての魔力と魔法、その概念を消し飛ばす、と。それは即ち神への信仰を断ち切るということだ。信仰を無くした神はどうなる? そう。自らの存在証明を保てずに消滅するだろう。かつて奴らが我々にしたように、今度は私が奴らを根絶やしにするのだ!!」
「そんな冒涜的な……! そのようなことが本当に可能なんですの!?」
「可能だよ。エイクリー様。この都合の良い新世界にはそれだけの力がある。……そういえばそちらのお嬢さんも言っていたな、世界をやり直す、と。ああ、まさにその通りだ。この神に支配された世界を人の手に取り戻す……! それが私の使命であり義務だ。わからないのか? この世界の異常さに。歪さに。何故人は神々の下僕とならなければいけない? 家畜とされなければいけないというのだ。この世界は、この星は元々は我々人間のものだ。外から来た者たちに蹂躙され、奪われてしまったが、私たちのものなのだッ!」
何を馬鹿なことを、と本来なら一蹴すべきなのだろう。
だが、眼前の男はどうやら本気の様だし、都合の悪いことにそれが実現できるであろう状況が揃いつつある。
ここまでくるとただの誇大妄想では片付けられない。
「……ふぅ。残念ながら、準備にはもう少し時間が掛かるがね。それまでに君たちに邪魔をされても敵わない。ここで皆、消えてもらうことにしよう。コンピュー――」
「それでは面白くないな」
辺境伯の言葉が、別の言葉に遮られる。
と同時に、彼の胸から伸びる一本の腕。
「いゃぁぁぁぁああッ! ロードアイランド卿!?」
エイクが悲鳴に似た声を上げ、見つめているその視線の先、辺境伯の胸元からは心臓が飛び出していた。
否、心臓を掴んだ手が飛び出していた。
辺境伯は口から血を流し、ゆっくりと後ろを振り返る。
「ご、ゴブッ……き、きょくちょう……きさ、ま――」
「そのシナリオはやっぱり面白くないからねぇ。こちらで修正させてもらうことにするよ」
辺境伯の後ろから現れたデクスターは、そう言い放ち、辺境伯から腕を引き抜いた。
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