30頁 デウス・エクス・マキナ
「動いた……!?」
「辺境伯……あんた何をした」
都合の良い新世界と呼ばれたこの装置は、明らかに辺境伯の命令に従った。それは辺境伯がこいつを使えること意味する。
「世界をやり直す……確かにそのような使い方も可能だ。だが、そのような大雑把なものではない。都合の良い新世界は局所事象編纂兵器。即ち任意の場所の情報を書き換える」
「情報の書き換え、だと……?」
ん……? 以前何処かで聞いたような……?
ロードアイランドが右手を掲げる。
手首につけられた銀色の腕輪が鈍く光る。
「この遺跡を発掘した時は本当に驚いた。まさか、この私の領内に風化をまぬがれ、機能をある程度保持したまま現存している物があったとは……。積層立体七重封印……だったか。あれがここに張られたときは生きた心地がしなかったがね。だが、私の思惑通り諸君らが解除してくれたおかげでまた一つ、忌まわしき神々に近づいた。君たちはよく働いてくれたよ。そのことに関しては本当に感謝している」
「辺境伯……お前は!」
「さて、無事依頼を達成してくれた報酬……という訳ではないが、ここの力の一端を見せてあげよう」
ロードアイランドが掲げた右手の指を鳴らす。
次の瞬間、部屋の壁の一部が開き、無数の人影が躍り出た。
それらはロードアイランドを護るかのように円陣を組み、僕たちに向かい立つ。
ホールやここに来るまでに戦った、ドローンたちだ。
「……たくさん出てきた」
「流石に盛り過ぎじゃろう!?」
「これは君たちが解体してくれた、あの迎撃ドローンの弐型を更に改良した、純戦闘用ドローンだ。迎撃型よりもさらに強固かつ、攻撃力の倍化を――」
ドローンの合間を紫電が走った。
ざっと見るだけでも30体はいたドローンが一瞬にして解体される。
機能不全に陥ったのか、それらは全て音を立てて崩れ去った。
「――施し……た……何!?」
「この程度の数であれば……多少本気を出せば、ただの案山子に過ぎませんね」
仕事を終えたアミタが、両手の包丁を煌めかせ一息をつく。
「やられる前に殺っちえば、勝率は100パーセントだからね!」とは彼女の師匠の弁だったか。
「……装甲の強度は3倍は下らないのだがね」
「私の前では硬さは意味を成しませんので」
僕たちを庇うように、前に一歩踏み出すアミタ。
流石、我が課の戦闘力ナンバーワンなだけあります。
「軽いとはいえ対魔力場を持つドローンがこうも簡単に……魔法ではないのか、ふむ。是非ともその秘密を教えてもらいたいものだ」
「プライバシー保護の観点から、お教えするにはご主人様の許可が必要となりますが」
「と、言っているが? どうだね?」
「そこでオーケー出すと思うか?」
「ふっ……だろうな」
自嘲気味に笑うロードアイランドだが、そこには焦りや怒りはおろか、恐怖の色すら浮かんでいない。
「ロードアイランド卿! どういうつもりですの!? こんな……」
「デウ……なんちゃらを使って何を考えておるのだ」
都合の良い新世界な。確かに長い名前だが。
「何を? 何をだと? 決まっている! かつて出来なかった神へ罰を下すのだよ!!」
ロードアイランドは声高らかに語った。
これは復讐なのだと。人という存在が神に抗うための準備だと。
「自らが頂点だと驕り高ぶる神々へと思い知らせてやるのだ。そもそもこの世界が誰のものであったのかと」
「確かに、これを使えば神々に打撃を与えることは可能じゃろうな。事象の編纂。それはこの世の全てを自らの思い通りにすることが出来るということ――」
……それこそ本当に神の所業じゃないだろうか。
そんなものが、先史文明時代の遺産として今目の前に鎮座しているというのか。
「正しくは並行世界から臨んだ結果のみを抽出し、上書きするのだがね。まぁ、その辺りの授業は置いておこう。――我らが人類の叡智の結晶、都合の良い新世界でもって、この世全ての魔力と魔法、その概念を消し飛ばすことができる!」
ロードアイランドの眼は既に狂気に満ちていた。
理由はわからないが、並々ならぬ執念を抱いているらしい。
「阿呆め。そのようなことをして、どうなるか分かっておるのか」
「分かっているとも。神々の鎖から解き放たれた人類は新しく進化を遂げる。純粋な人による人のための技術。『科学技術』は必ず発展する。私が発展させる――!」
「お前も科学馬鹿だってことはよく分かった」
「どうだね? 私に協力する気はないか?」
科学技術――現代の魔導技術とは違い、魔力を一切使わないとされている技術らしい。
どういった理論なのか僕に知る由もないが、魔法が無かったとされる先史文明時代に進歩した技術だという。都合の良い新世界もその技術の一端だというのであれば、先史文明は僕の予想以上に文明が発達した時代だったに違いない。
「まだ世界には僕が読んだことのない本が腐るほど残ってるからな。その勧誘はお断りだ」
「基準がお主らしいのう」
「何がなんだか……私にはさっぱりですが、ロードアイランド卿。貴方が何か良からぬことを考えているのはわかりました。これは父を通じて、陛下へ報告させていただきます」
「はいそうですかと、黙って見てるわけにはいかないな……アミタ!」
「承知しました――!」
アミタが駆ける。
だがそれは、命を奪うためじゃない、無力化させるためだ。
殺すのは簡単かもしれないが、エイクがいる以上それは下策と言えた。捕らえて、しかるべき場所へと連れて行けば良い。
瞬きにも届かない一瞬で、ロードアイランドの背後を取ったアミタが包丁を振るう。
いや、殺すなよ!?
だが、僕の心配をよそに、甲高い音が響いたと思うと、アミタの包丁が弾き飛ばされた。
「なっ――!?」
「確かに君は剣は早く、そして装甲をも切り裂けるほどの鋭さを持つのだろうが……それもやはり、届かないと意味がないな?」
僕は確かに見た。
アミタの刃、その切っ先がロードアイランドに届く前に、何か見えない壁のようなものに弾かれたのを。
だが、アミタの力は強固な魔法障壁すら切り裂くものだ。それを防ぎ得る、となるとそれはもはや神域魔法をも超える何らか。既知の技術では考えられない。
警戒したアミタは、一度距離と取るように、僕らの下へと身をひるがえした。
「神域魔法か……!?」
「そのような巫山戯たものではないよ。単純に空間の断層を作り出しただけだ」
「……?」
「君たちの世代ではわからないだろう。だがこれが魔法とは違う、人の作りし科学という力だ」
ロードアイランドは勝ち誇ったかのように笑う。
だが、アミタの刃が届かないような、未知の技術を簡単に打ち破る方法は僕らに――
「噛み砕け! 【鋭角猟犬】」
「……【石座の白熱鎖】」
エイジングとウィルの二人が放った魔法が、ロードアイランドへと突き刺さる――そんな未来を幻視した。
「コンピュータァ! 空間断裂壁展開!!」
『――命令受諾。座標ポイント6101へ空間断裂壁展開』
エイジングが召喚した、生きるものをその牙で貫く青黒い魔力の獣。
ウィルの放った、全てを拘束し焼き焦がす白熱の鎖。
そのこと如くが、アミタの時と同じように、見えない壁阻まれ、弾かれ、霧散する。
エイジングは言うに及ばず、ウィルの放った魔法――あれは神域魔法だ。
実体、非実体問わず拘束し、焼き尽くす憤怒の鎖は誰であろうとも逃れることが出来ない……はずだ。
「……神域魔法、なのに…………」
「我の猟犬ですら届かんと言うのか!?」
普段、あまり感情を表情に出さないウィルですら、驚いた顔でロードアイランドを見つめている……いやあれは睨みつけてるのか。
「神が人にもたらした一般魔法。神の魔法を再現する神域魔法。だがそれらは、言ってしまえば魔法に過ぎない。君たちは魔法がどのようなものであるか、考えたことがあるか? 不思議に思ったことは?」
「…………」
魔法。それは人の持つ魔力でもって、様々な物理現象を発現させる方法のことだ。
人類が神から授かった奇跡の力だが――
「わかるかね? 魔法が神の力だの奇跡の一端だの言う輩もいるが……所詮この世界ではただの物理現象に他ならない。物理現象であるならば、同じ物理現象で防ぐことも干渉することも可能なのだよ」
ロードアイランドの言わんとしていることは理解できないこともない。
魔法が起こす現象は、この世に降り立った時点で、この世の法則に縛られる。
それは神の魔法に等しいとも言われる神域魔法でさえもだ。
「現代魔導技術では再現不可能な神域魔法でさえも、か」
「そうだ、クラフト君。君たちが神に何処まで妄想を抱いているかは知らないがね。人が培ってきた技術が神の奇跡なんぞに負ける道理などないのだ」
「そんな……」
エイクが絶望を形にしたような声を吐き出し、崩れ落ちる。
「さて、私の講義はこの辺りにしよう。どうも君たちは、私の脅威になり得そうだ。対等に話が出来そうな諸君らとのお別れは寂しくもあるが……」
「アミタ、飛ばせるとしたらどれくらいだ?」
「腕を落とすとなると、残存魔力で可能ですが……ただ、それも届くかどうか」
アミタの戦闘は基本、相手と極近距離で行われるものだ。
リーチは包丁一本分。
相手に届かなければ、いかに早くとも防御を貫通しようとも干渉は適わない。
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