29頁 遺跡と辺境伯
目の前に突如として現れた、想像を絶する光景。
エイクは興奮を通り越して茫然自失としていた。まぁ、この規模のものを見せられてしまうと仕方がないかもしれない。
「クラフトよ。これは……」
「何だ? 流石にこいつが何かまでは分からんが、チョコレート工場じゃないことはわかる」
「そんなもんがここに在ったら、我が一生住むわ」
こんな遺跡の内部にある大規模な装置。
これが人類をハッピーにできるような代物とは到底思えない。
「我はの、この装置に見覚えがある……いや、これが何か、この遺跡が何なのか知っておる」
「……ということはやっぱりこれは、『先史文明期』の遺物なんだな」
「うむ。お主も扉のアレを見たじゃろう。あの歪な五芒星を」
今は跡形もなく吹き飛ばされてしまった、遺跡へ入るための扉である。
中心に燃える炎のような模様に、歪んだ五芒星のレリーフ。
「旧神の印――神々を隔絶するための特殊文様か」
「そうじゃの。旧神の印が描かれておる遺跡……いやこの場合施設というべきかの。それらは得てして、彼らにとって重要なものであった。それがこのように完全な形で残っておるとは……。大戦時に全て失われてしもうたと思っておったが」
「お、お師匠様……? 先程からどことなく危険なニオイのする単語がちらほらと聞こえるのですけれど」
僕たちの会話が聞こえていたのか、こっちの世界に戻ってきたエイクが、焦ったように口を開いた。
「まぁ、先史文明とか言っておる時点でのう……」
先史文明時代――神代以前に存在していたとされる幻の時代。
「創世神話はまぁ、一般教養とも言えるからな。子供の頃から刷り込まれるし、当たり前に知られていることなんだろうが……」
誰もが子供頃に聞かされる創世神話。
――遡ること、数えきれないほど大昔。人類は大いに繁栄し、その卓越した技術でもって地上を支配していたという。
だが、時が経つにつれ、人はお互いに争い、憎み合い、殺し合うことでその数を減らしていき、遂に人間を含めた全ての生物は絶滅してしまった。今から数千年以上前の話だ。
悲しみ、憐れんだ神々は空を、海を、大地を創造し直し、あまねく全ての生物を創り出し、それらに自らの一端を分け与えた。
『さぁ、我が子らよ。富めよ増やせよ。我らは汝らを育むもの。我らは汝らを見守るもの』
そう言い放った神々は、最後に滅亡した文明の生命体、すなわち人間をモデルに僕たち人類を創り出した。
他の生物に比べ、神々の祝福を強く賜り、知恵を持った人類は、神の一端、神の奇跡――すなわち魔法を駆使し世界の頂点に立った。
それを十分見届けた神々は、ある日突如地上を去ってしまう。
今でもその理由ははっきりしていないが、それでも神は人を見捨てずに、この世ではない何処かから、時には力を、時には知恵を、時には助言を与え、人類を導いてきた。必要であれば、降臨することもあったいう。
そして今この時も、全ての人類を祝福し、見守っている。
――これが、世界創造の神話、即ち創世神話である。創造というよりも再生か。これに関しては専門家の中で意見が分かれるところだが。
「先史文明……ではこれは先史文明の魔導技術によって造られたものだと言うんですの?」
エイクが、眼前にそびえる巨大な装置を指して言う。
「先史文明の魔導技術――人はそれを『科学技術』と呼んでおったが、その粋を極めたものがこれじゃろうな」
「で、何なんだこれ」
先史文明期の遺物は極稀に発掘されることがある。
だが、断片的なそれらから先史文明期がどのような時代だったのかははっきりと知り得ることが出来ず、研究している学者もお手上げ状態なのだとか。
一説によると、現代魔導技術を超える分野もあったという。
だが、何千年も前の時代だ。残っていたとしてもその大半が風化し、失われてしまっている。
「それがこうして残ってるのは歴史的な発見と言ってもいいな」
「確かに……今まで見てきた遺跡とは一線を画すものではありますけれど! ですがこれも神遺物ではありませんの? 例えば『神に至る頂』のような遺跡型神遺物では……」
先史文明期の遺物ですら珍しいのに、遺跡ともなれば世界初の発見かもしれない。
しかもこの遺跡は、未だ生きている。
神代の遺跡でも生きているものは発見されることはまずないことを考えると、これは歴史の根幹を覆す発見になるかもしれない。
「そう考えるのがおぬしにとっては正しいのじゃろうがなぁ。これは紛れもなく先史文明のものじゃよ」
「エイジングさん……?」
いつものちゃらんぽらんな雰囲気は何処にいったのか、見ることは殆どなかった真面目な表情を向けるエイジング。
「何か失礼なことを考えておるだろお主」
「気のせいだろ」
エスパーか。
「我も全てを知り得ているわけではないんじゃが……聞いたことはある。先の大戦時、人間が神々に対抗するために作り上げた最終兵器があると」
「……? エイジングさん? それはどういう――」
エイジングが口を開こうとしたその時だった。
それを遮るように、部屋に男の声が響く。
「いやはや――それを知っている人間がいるとは」
振り返ると、部屋の入り口に背の高い男が手を叩きながら立っていた。
歳のころは50代、険しい顔つきではあるが、その表情には笑みが浮かんでいた。
貴族然とした紳士服に包まれたその身は、年齢を考えると筋肉質で若々しく見える。
「誰じゃお主」
「ほう。確かに若いと聞いていたが、予想よりも幾分か……そちらの少年がクラフト君かね?」
男は僕を見つめながら訪ねる。
相手は何故か僕のことを知っているようだったが、あいにくと僕には面識のある顔ではない。
だが、エイクは目を見開いてその男を凝視していた。
「へ、辺境伯……? 何故このようなところに……?」
「お久しぶりですな、エイクリー様。去年の宮中晩餐会以来ですかな?」
▽▽▽
エイクによると、眼前の男はロードアイランド辺境伯。即ちこの地の領主であり、今回僕へと指名を飛ばしてくれた張本人だという。
「そちらのお嬢さん……君は何者だ? 何故これが我々が作り出したものだと? いや、そもそも大戦の存在すら知っているということは――」
「残念ながらおぬしの考えとは違うと思うがの」
「……ふむ、あれをやり過ごした同郷かとも思ったが違ったか。しかしそうなるとますます興味が湧くな」
「ナンパはお断りじゃ」
辺境伯の視線はエイジングに固定されていた。
それは決して友好的なものではない。
「失われた歴史を知る者はこの時代にはいないはずだ。記録の類は全て奴らが焼き尽くしてしまったからな」
「そうじゃのう……物として残るものは全て破棄されたはずじゃな。じゃが、人の記憶までは消せんということじゃよ」
「ふっ、はははははは。なるほど。まさか、あちら側ということはないだろうが……」
「さーての」
エイジングはとぼけるが、辺境伯は何かを確信しているようである。まぁ、恐らくそれはハズレていると思うが。
「この時代に真実を知る者と出会うことになるとは思わなかったが……まぁ、これもある種の運命ということか。皮肉が効いている。全く……私の人生も波乱万丈――ああいや、すまない。それが何か、についての話だったかな? 続けたまえ」
「何ともやり難いのう……まぁ、よいか。うむ、話を戻すぞ? 我も詳しくは知らん。精々、把握しているのは5割というところじゃろうが……大戦の末期、追い詰められていた人類は科学技術の結晶とも言えるこの装置の開発に成功しよった。聞くところによると、これは『世界をやり直す装置』じゃと」
「世界をやり直す……? いや待て、そんなものがあったなら――」
「そうとも。我々人類は勝っていた。あの忌々しい侵略者どもに!」
辺境伯が声を荒げる。
その豹変ぶりに、エイクは身をすくませる。
「どういうことですの?」
「おぬしらは、神を何らかの超常存在だと思っておるようじゃがの、何のことはない、あやつらも我らと何ら変わらん生き物なんじゃよ。ただ、その在り方が少し特殊なだけでな」
この辺りの話は、僕もそのものを実際見るまでは到底信じられなかった。
人が崇拝し、その絶対的存在を信じている神が、実は僕らと同じような生き物であると誰が思おうか。
「昔々の話じゃ。それこそ天地創造よりもずっと前の話じゃ。かつてこの星に君臨していた先史文明人は、ある信号をキャッチした。星々の浮かぶ空の外側と思わしき場所から放たれる弱い信号。それを解析した先史文明人は、それが自らと違う何らかの知的生命体から放たれるものだと断定した」
「…………」
エイクはゴクリと息を呑む。
「……うむ、そして先史文明人は、信号を発する知的生命体と信号を介してやり取りを続けた。そしてある日、その知的生命体はこの星にやって来た」
「未知との遭遇ってやつだな」
「じゃがの、その知的生命体は、先史文明人にとって友好的な者ではなかった。奴らは自らを神と称し、先史文明人への侵略を開始したんじゃ」
自分の中の教義が崩れ去っていこうとしているのか、エイクが顔を青ざめて言った。
「では、エイジングさんのお話がすべて真実だとすると、神は……私が主と呼ぶものは侵略者だったと?」
エイジングは肯定するように深く頷く。
「おぬしたちは神々が人にとって無くてはならない存在じゃと思っておる。じゃがそれは違う。人こそが神々にとって無くてはならない存在なのじゃよ。――存在証明。奴らは他者から存在を観測されないと死に至る」
「我々信奉者が神々の存在を証明していると……?」
「中々に話が早いの。侵略を開始したその知的生命体は、情報存在という定型を持たぬ者じゃった。彼らは自己の保存のために第三者からその存在を知覚されねばならなかった。今の時代よりもより進んだ技術を持っていた先史文明人、それらをも凌駕するほどの技術力を持っていたその者たちですらも、存在証明なくして存続することが不可能だった――」
何ともはた迷惑な奴らである。
知的生命体――便宜上、神々と呼ぶことにするが――、神々は自らのためだけに侵略を開始し、先史文明人を根絶やしにした。
「だから侵略し、自らの存在を知らしめることが必要だった――そういうわけですのね? ですがそうでしたら、先史文明人の方々との共存の道もあったのでは? 技術供与などすればお互いに……」
「そうであれば良かったんじゃがなぁ。先史文明人との侵略戦争に勝利した神々は、彼らに代わる新たな人類を産みだすことにした。自らに従順で、決してその存在を忘れることのないような者たちを。決して反旗を翻そうとしない都合の良い存在が必要じゃった。先史文明人の技術はの、既にその時点で神々を打倒し得るものでな。神々は僅かな可能性すらも摘んでしまおうと考えたんじゃな」
「それは……酷い」
「うむ。そうじゃの。さて、ここで少し質問じゃが、魔力というものが何か考えたことはあるかの?」
「魔法を使うためのエネルギー……体内で生成され、魔法や身体の恒常性に必要不可欠、そういったものではありませんの?」
「そうじゃな。間違っておらん。神々は我々を産み出す際に、決して逆らえないよう楔を一つ打ち込むことにした。自らが使っていた魔法という名の技術、そしてそれを行使するために必要な魔力。魔力というものは神が分け与えた細分化された神々の一部、その情報体なんじゃ」
人が魔力を持つ限り、魔法を使う限り、神々はその存在を決して失うことが無い。何せ魔力自体が神なのだ。
そしてその魔力では神を打破することは適わない。それ自体が神自身なのだから。
魔導技術がこれほどまでに進歩し、人々の生活に切っても切り離せない存在となっている以上、もはやこれらを手放すことなど、人には出来る余地もない。
「そんなわけで無事、人類総奴隷化計画は完了したというわけじゃな。めでた――いや、めでたくはないの」
「……では私たちは――」
「すばらしい! パーフェクトだお嬢さん! 歴史学の講師にでもなってみてはどうかね? 伝手を紹介出来るが」
それまで黙って話を聞いていた辺境伯が、手を叩きながら大げさな所作をとる。
「たわけ。褒められても嬉しくも何ともないわ」
「くっ、くくく……そこまで知っているのであれば、この装置が何なのかも予想がついているのではないのか?」
部屋の中央に佇む巨大な装置。
未だ生きていると思われるそれを、辺境伯は笑みを浮かべながら指さす。
「ふーむ……言ったとは思うが、我とて全てを知っておるわけではないからの。大戦末期、先史文明人が神々打破に向けて、運用しようとその修復を試みていたと聞いておる――『都合の良い新世界』。世界をやり直す装置じゃと」
「デウス……」
「エクス……」
「マキナ……?」
「フフフ……確かにそれでは5割というところだな。コンピューターァ! シークエンス開始!」
辺境伯が叫んだ声に呼応するように、都合の良い新世界が音を立てて稼働を始める。
『アクセス権限シックスニヨル命令ヲ受諾。第一シークエンスヲ開始シマス。演算終了マデアト600秒――』
ホールで聴いたものと似た無機質な音声が響き渡る。
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