28頁 調査とその代償
「――ッ!」
――一閃。
突如、アミタが目にも止まらぬ速さで暗闇の通路へと駆けだす。
振るった右腕は、ドローンの頭部を難なく斬り落とした。
「これで13体目……ですね」
戻ってきたアミタが、疲れた顔一つ見せずに呟いた。
アミタは手に持った包丁をしまうことなく、そのまま周囲を警戒する。
足元には、ホールで戦ったドローンと同じものが力尽き、横たわっている。
僕たちは通路を進んでいく過程で、何度かコイツらと接敵していた。
向こうは警戒していないのか、そもそも動作していないのかは不明だったが、アミタがその冴えわたる感覚と戦闘技術で、真正面から不意打ちの刃を振るっていた。
「もし普通の人とか出てきた場合、大丈夫ですの?」
「流石に人との区別は付きます。ただ、このような未踏破遺跡の奥から現れる者など普通の人ではありませんので、斬り捨てたとしても問題はないと思われますが」
いや、大有りですよ?
確かに、僕たちが苦労して入った遺跡の奥から出てくる人とか怪しさ満開ではあるけれども。
第二班と別れてから二時間ほどが経った。途中、休憩と調査していたこともあって思うように進めていない。まだ先は長そうだ。
だというのに、僕たちはこれまでに計13体のドローンと会敵し、これを撃破していた。ちょっと多すぎないだろうか。
「頻度が増えてきた気がするんじゃがの」
「コイツが遺跡の守護者のような存在なのだとしたら、核心に迫りつつあるのかもしれないな」
通路自体は、出発してから周囲の見た目が殆ど変わらない。
そのためかどれぐらい歩いたか、距離の感覚が定かではなくなってきている。
アミタの見立てでは、多少蛇行はしているものの、ほぼ北へ向けて進んでるらしい。
歩数換算でざっと1900メートル。そしてやや勾配がついており、緩やかに下っているということだ。
壁の所々に見たことのない記号や図形が描かれているが、今の僕たちでは解析のしようもない。
アミタも見たことはないと言うし、僕もどの文献でも見たことはなかった。それは後発の調査隊の役目だ。
「さっすがアミタさんですわね! ベテラン探索者が一人いるだけで調査が捗ります」
「褒めても何も出せませんが、エイクリー様」
「んもうっ! 私のことはエイクと呼んでくださいと言っておりますのに」
「承知しましたエイクリー様」
何かの拘りなのか、決して愛称で呼ぼうとしない。
そもそも彼女が愛称で呼んだり、呼び捨てにする存在は手で数えるほどしかいない。
本人曰く従者としての立場を弁えているということだが、何か違う気もする。
会話も一段落したちょうどその時、目の前に大きな金属製らしき光沢のある扉が見えてきた。
通路の突き当り、この他に道はない。
よくわからない記号と図形のようなものが描かれているが、やはり分からなかった。
時間をかければもしくは解読できるかもしれないが、それは今は後回しだ。
重厚な扉は、僕の予想とは裏腹にあっけなく開いた。さて、何が出るのか――
「――――っ!?」
特に鍵のような物もなく、このような場合では在り来りな、何か特殊な封印が施されているわけでもなく、観音開きのそれは押しただけで簡単に開いた。
そして――飛び込んできた光景に、僕たちは目を奪われ、声も奪われた。
部屋の中央には直径が十五メートルはあろうかという円柱が、天井に向かって伸びていた。
ただの円柱ではない。それ自体が何らかの装置であるような、様々な機器や計器のようなもので構成されている。
天井も光が届かないぐらい高く、先が見えない。おおよそ50メートル以上はあるだろう。下手をすると丘陵の頂上部に匹敵するかもしれない。
円柱の表面には血管のようにいくつもの管や配線のようなものが走っている。
柱から壁を伝っているかのように、様々な太さの管のが四方八方に伸びていた。巨大な樹木が枝葉を生い茂らせるかのようだ。
部屋には照明があるものの、天井が高いせいで、その明かりは上部にまで届いていない。
周囲には円柱を取り囲むように四角い箱ような装置がいくつも並んでおり、表面に貼り付けられたガラスのようなプレートが、赤や緑、青色に点滅している。
更に床にも、壁に這っているような無数の管が所狭しと走っていた。
稼働している――完全に生きている。
「なんですの……これ……」
「恐らくですがここはフェデラル丘陵の真下、最深部と思われます」
「むしろ、この遺跡がフェデラル丘陵になったとも言えるかもな……」
エイクが茫然自失となっている。僕も流石にこれほどの物は見たことがない。
そんな僕たちの横で、エイジングが歯噛みしていた。
「くっ……やはり……考えたくはなかったが、これは――」
「……? えっちゃん、どうしたの?」
「いや、うむ……何でもない。何でもないんじゃ」
訝しむウィルをよそに、エイジングは憎々しげに円柱を見上げていた。
恐らく僕も似たような顔をしていただろう。ウィルが心配そうに覗き込んでくる。
僕と、エイジングの予想が悪い方向へ当たっていた。ある意味エイクには朗報なのかもしれないが。
「お師匠様、どうされましたの?」
「エイク、良かったな。世紀の大発見かもしれないぞ」
首を傾げるエイクに、僕は口を開いた。
▽▽▽
クラフトたちがちょうど11体目のドローンを倒した頃、地上のベースキャンプでは調査隊の第三班が慌ただしく動いていた。
学院へは早馬を飛ばし、事の顛末を報告している。早ければ今日の夜には着いている。
事の詳細は栄光を掴むもののメンバーが説明の予定である。
今回の調査では、遠距離用の通信魔道具は持ってきてはいなかった。
学院との距離となると恐ろしく大掛かりな設備になってしまうため、馬車では運びきれないからだ。
そのため、直接報告に赴く必要があった。
ホールに降りていた調査隊第二班の一人、班のリーダーを任されている黒縁眼鏡の男は、先の戦闘があったホールへと赴き、アミタによって解体されたドローンの残骸を調べていた。
他の隊員たちは、瓦礫や残骸の処理でてんやわんやしていたが、自分はこの奇妙は自動人形をじっくりと調べることが出来る。
リーダーならではの特権だった。
ウィルの魔法でその殆どはバラバラになり原形は保てていないが、散らばった残骸の部分部分を繋ぎ合わせるとその全容は見えてくる。
見たこともない造形に見たこともない構造をしているこの自動人形は、彼の探求意欲を掻き立てていた。
「魔法式の跡が一切ないな……それに魔力の痕跡もない、どうやって動いてたんだこれ」
内部から覗く歯車のようなものや管のようなものを見るに、機械仕掛けではあるのだろうが、どういう機構なのかさっぱり分からない。
見たことのない装置も取り付けられている。
そもそも、作られている材質が金属なのか粘土なのか全く違う素材なのか、それすらわからない。
物質の構成や材質を魔力による解析が行える測定器を以てしても判断ができなかった。
「うーん……主任はどう考えてるんだろ。何となくロマール……いや、ボレア期の物に似てる気がしないでもないし、ちょっと判断がつきにくいな。一度学院に引き上げて、詳しく見てみる必要があるか」
「――いや、その必要はない」
魔導灯が創り出した影が、男の足元へ差し掛かると同時に、背後から唐突に声が掛けられた。
ドローンに没頭していた黒縁メガネの男は、その声に驚き立ち上がったが、振り返ってその声の主を見ると安心したかのように脱力した。
顔見知りだったからだ。何度か職場で顔を合わしたことがある。
「ははは、ビックリしましたよもう。いきなり声を掛けないでくださいよ……いついらしたのですか?」
「今さっき着いたところだ。調査の方はどうだ? 進んでいるか」
眼鏡の男はバツが悪そうに頭をかき、苦笑いで答える。
相手は立場のある男だ。嘘はつけない。
「いえ、その……色々と手間取ってまして。2時間ほど前に結界の解除には成功したので、解析部の主任は更に奥へと調査に向かってます」
「そうか。解除はできたのか。わたしとしては正直、期待はしていなかったんだが」
「ええ。ホントびっくりです。あのクラフトって人何者なんですかねぇ……あ、そうそうこれ見て下さいこれ! どうも自動人形のようなんですが、今までのものとは全く違う、新しいタイプのものなんですよ!」
シートの上に転がしているバラバラになった残骸を指差し、興奮したように捲し立てる。
それはもう新しく買ってもらったおもちゃを自慢する子供のように。
「ボレア期の物に似てはいるんですが、材質も中の機構も全く見たことのないもので出来ていまして! 新発見ですよこれは!」
一度話し始めると、相手のことを考えずに話し続けるのはこの男の悪い癖だった。
止めなければこのまま小一時間は喋り続けるだろう。
「……で、ですね、僕の見解としてはボレア中期の警備型自動人形の一種だと思うのですが、この形状はロマール辺りの流れも汲んでるようで――」
「それは迎撃ドローンベータ弐型、と言ったかな確か。施設の保安に用いられていたが、最大の特徴はその継戦能力にある」
「――ですから、その時代の物とは異なる様相を……はい?」
自分の話を遮られたことよりも、聞き慣れない単語に首を傾げる男。
何を言っているのか一切が理解が出来なかった。
「防衛能力はそれなりでね。大戦終期には主に不法侵入者拿捕を目的としてよく使われていたらしい。対魔装備も持つことから苦労させられたものだよ」
「何を言って――え?」
聞いたことのない単語の羅列も気になったが、周囲の音が止んでいたことに男は疑問を覚えた。
ついさっきまで耳に入っていた、このホールをベースキャンプとする準備をしている他の調査員の声や機材設置の音が、今は全く聞こえない。
ゆっくりと周りを見回す。
時間にして約二秒。頭の回転の良い方である彼でも、その光景を理解するに時間を要した。
床が、壁が、赤黒い液体と飛沫で彩られている。
血だ。それがおびただしい量の血と臓物であることを理解するのに、2秒かかった。
そしてその血液が誰のものかを理解するのに更に2秒かかった。
「えっ……?」
それが最後の言葉だった。
腹に違和感を感じ、視線を移動させると、そこから鋭く尖った何かが飛び出していた。
何処かで見たな、と思った矢先に意識が途切れる。
そのまま崩れ落ちると、彼はその一生を終えた。
「残念ながら、どの時代のものでもない。まぁ、考え方は良かったとは思うがね」
血濡れた腕を布で拭いながら呟く。
同じようにしてホールの調査班を皆殺しにしたその影は、ゆっくりと通路の奥を目指す。
「……しかし、珪素繊維製のボディを切断するとは。積層立体七重封印を解除せしめたことといい、魔王というものはこうもイレギュラーな存在なのか。……助かったといえば助かったのだがね。いやはや、まったく……いつも計算を狂わせる――前倒しが必要か」
ドローンの綺麗な切断面を思い出しつつ、誰に聞かせるでもなく、その影は独りごちて歩みを進める。
「しかし、イベントとしては楽しくなってきたか」
そう呟いた男の顔は、邪悪な笑みで溢れていた。
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