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アミタを伴い、案内された部屋は何の変哲もない応接室のようだった。
大体5メートル四方ぐらいの広さだろうか。
だが、よくよく見ると、防音はもとより魔法式による抗魔法処理が部屋全体に巡らされており、この中では攻撃魔法はおろか、まともな生活魔法も使えなくなっているに違いなかった。
暴力に訴えるような客に対するものなのだろう。ローテーブルを挟み、僕の対面に座る司会者──ナポリタノの後ろには屈強な黒服の男が二人、無表情で立っていた。用心棒だろうか。
対してこちらは、同行者が可憐なメイドが一人である。
「では、お客様。改めまして……当オークション支配人のナポリタノと申します。此度は落札頂き誠に有り難う御座いました」
相手が子供のような僕に対しても丁寧な態度を崩さないのは流石、と言うべきか。
この界隈、見た目と年齢が合わないことも多々あるからかもしれない。
「ひとつ聞きたいんだが、コレは本物なんだな?」
ローテーブルに置かれた、魔像。
嫌になるぐらい、艶やかで怪しい光沢を放っている。
「ええ、もちろんですとも。当オークションは贋作など取り扱い致しません。入手経路は明かせませんが、正真正銘の神遺物と保証させて頂きます。契約魔法にて保証も可能です」
扱うものに対して絶対の自負があるのか、胸を張って答えるナポリタノ。
僕がアミタに視線を送ると、黙って頷いた。彼女も本物だと判断したらしい。
「出品者は?」
「……お客様。お分かりかと思いますが、品物の出処は一切お答えできません。もちろん落札された方の情報もお答えする事も御座いません。それが我がオークションの信念であり、今まで騎士団の目に触れずに存続出来ている理由で御座います」
だろうとは思っていたので、僕はそれ以上追求しなかった。
僕の心を読んだのか、ナポリタノが続けた。
「では、落札代金190万リルですが、どのようにお支払いされますか?」
さて、モノが本物だと分かったところで、後は回収するだけである。
どうにか揉めないようにスムーズにいきたいところだが。さて。
「金は払う気はない。そもそも、神遺物の個人所有は禁止されてるはずだ。 それともこれは理事会の承認を得ているとでも?」
「──は」
ナポリタノは一瞬面食らったかのように目を見開くが、すぐさまその思考を切り替える。
「これはこれは、面白いことを仰る。ご冗談は程々に御願い致します、お客様。これは取引です。私どもは品を提供する、お客様はそれに対し対価を払う。子供でも知っていることです」
「残念ながら法を犯している奴にその理屈は通じないし、通さない」
「はっはっは! 法ですと! 我がオークションに参加された方で、そのような世迷い事を仰ったのは貴方が初めてですよ」
「そうか。じゃあこれが最初で最後だな」
ナポリタノの後ろに控えていた黒服が、ソファーの横へと歩み出る。
「さて、どうされますか。落札品のキャンセルは、落札額の5割を頂戴する決まりとなっておりますが」
「だから払わんと言ってるだろ。大人しく物を渡して、騎士団に自首することをお勧めする」
ナポリタノは放っていた空気が変わる。
笑いを浮かべていた口元はその口角を下げ、瞳は今や、こちらを完全に敵とみなした色を放っていた。
「……お前、何者だ。協会の回し者かッ!?」
「治安維持管理局特務課──世界法第47条違反、神遺物の違法所持と違法取引における現行犯だ。令状はこれ」
僕は懐から取り出した、逮捕令状をナポリタノへ突きつける。
それを見たナポリタノは顔面を蒼白──にすることなく、不敵に笑った。
「くくくっ……管理局というのはこれほどまでに頭が悪いのか。お前のようなガキに何が出来る?」
ナポリタノの態度が豹変する。
まぁ、さっきまでのは接客用の仮面ということか。
「これまでも、何度か管理局や騎士団、探索者ですら俺を捕まえようと乗り込んできたことがあるが、俺がどうして無事なのか分かるか?」
「さぁな」
「その全てを処理してきたからだ。この部屋もそうだが、屋敷の中では俺に対する攻撃魔法はおろか、探知魔法も医療魔法も使えない。力尽くでどうこうしようものなら、彼らがいる」
右に立っていたドレッドヘアーの黒服は、いつのまにか手に籠手のような物を着けていた。反対側の禿頭の黒服は静かにナイフを取り出す。
「彼らはこれでも探索者としては序列二桁の猛者でね。攻性魔法が使えなくとも闘うことの出来る優秀な者たちだ」
ナポリタノが見せる絶対的な自信。
それが本当であれば、彼らは世界でもほんの数パーセントに属するほどの腕前ということになる。
「アミタ、見たことあるか?」
「……いえ。名前が分かれば思い出すかもしれませんが」
「神遺物の違法取引は現行犯でしか捕まえられない。そのもの自体が見つからなければ、違法所持にすらならない。見つからなければ犯罪じゃあないのさ。この俺がそれすら知らないとでも?」
「随分詳しいな」
「昔取った杵柄というやつだ。さて、ここで単純に暴力に訴えることも可能だが……」
ナポリタノは懐から葉巻を取り出し、火をつける。
一吸いし、紫煙を燻らせる。
「大人しくしていれば、そこのメイド共々痛い思いはすることはない。ちょうど若い奴隷を欲しがっている奇特な客がいてね。抵抗するならそれなりに痛めつけなければならんが……」
「自首する気は無いんだな? 大人しくしていれば、そこの黒服共々痛い思いをすることはないぞ?」
「……やれ」
左右の黒服が動いた瞬間、何故か二人は同時に吹っ飛び、後ろの壁に叩きつけられた。
意識はあるものの、打ちどころが悪かったのか、立てずに蹲っている。
ドレッドの籠手と禿げのナイフは既に粉微塵に砕かれていて、使い物になりそうもない。
「……は?」
ナポリタノの葉巻から、ポロリと灰が落ち、床を焦がす。何が起こったのか理解できなかったのだろう。
単純な話である。アミタが余人には捉えられないほどのスピードで、黒服たちにカウンターを決めただけだ。
僕とアミタは仮面を取り去り、言い放った。
「公務執行妨害の罪状も追加だな。アミタ」
「承知しました」
壁に叩きつけられた黒服たちは、体勢を整えようと、立ち上がる。
「あ、あん――」
ドレッドヘアーがアミタと目を合わせると、一瞬驚愕の表情を浮かべた。が、その隙を見逃すアミタではない。
一呼吸にもならない刹那の瞬間、黒服たちの延髄に一撃を見舞い、昏倒させる。
「違法所持に、違法取引に加えて他にも埃が出てきそうだな。まぁその辺りは僕らの管轄外だが」
「なっ、何なんだお前たちは……ッ!?」
「治安維持管理局特務課だっつっただろうが」
言いたいことはそういうことではないのだろうが。
「クソッ、クッソォォォォォォ!」
「トイレに行きたいなら今のうちに済ませとけよ」
ナポリタノは何かを取り出そうとしたが、瞬く間にアミタに拘束され、床へと押さえつけられた。
その手からは、小型の魔導銃がこぼれ落ちる。
「取り敢えずこれで逮捕完了だな」
アミタはどこからともなく取り出した手錠で、ナポリタノと気絶している黒服二人を後ろ手に縛っていた。
「管理局の狗どもが……!」
「僕も好きでやってるわけじゃあないからな。大人しくしてろ」
「チッ……クソガキが」
見た目年齢だけな。
「アミタ、何か噛ませとけ」
無言で頷いた従順なメイドは、ナポリタノに猿轡を噛ませる。
さて、これで仕事の半分は完了だ。
元々、神遺物の回収がメイン業務だったが、この出処も調べる必要がある。ナポリタノを捕縛できたのは大きい。
「あとはコイツ持って帰るだけか」
「……! ご主人様、何者かが近づいてきます」
「エイジングか? それにしては早い気がするけどな──」
別動隊とはまだ連絡は取っていない。だとすれば別人か。
応接室の扉が勢い良く開かれる。
息を切らしながら入ってきたのは、オークション会場にて僕に競り負けた黒ローブの男。
その目は血走っており、ローテーブル上の魔像に注がれていた。
「なっ──!?」
「それはァ! 私のものだァァァァァァッ!!」
叫びながら、魔像へと手を伸ばす黒ローブ。
アミタがすかさず手を抑え、その身を床へ押さえつける。
「ぐっ……!」
「すげー執念だな……」
「それは、私のものだッ! 我らが教団から失われた聖なる像! 我が父タサイドンを喚び降ろす神遺物!」
あれで聖なる像とか言われたら、死刑囚ですら聖人扱いできるぞ。禍々しさしかない。
しかし思わぬところで入手経路が判明したようだ。
「それを寄越せぇぇぇッ! それは本来、我らが手にあるべきものなのだッ!」
「タサイドンを祀る教団か……邪教じゃねーか」
「逮捕致しますか?」
アミタは男を押さえつけながら、手錠を掲げる。何個持ってんの。
「邪教の話も聞く必要あるしな……公務執行妨害つーことで逮捕しとこう」
「畏まりました」
公務執行妨害とは本当に便利な罪状である。
ちなみに、僕たち特務課には逮捕権が付与されてたりする。もちろん、こういった特殊な任務の間だけであるが。
「ふっ……ふっふふふふふはははははは──!」
「どうしたおっさん。バグったか」
「誰も私を止められるものか……! ――終末よ終末よ終末よ! 我ここに願う。我ここに誓う。ナミルハの名の下に現れ契約せよ! 降り立ちて退廃と堕落をこの手に……!」
「――アミタ!」
アミタがおっさんの口へと猿轡を噛ませようとするが、間に合わず。
呪文に呼応するかのように、魔像が細かく震え、暗い靄を纏いだす。
「おっさん、使ったな!?」
「ふふふ、はははははは――ッ! そうとも! その像は我らが父、タサイドンを喚び降ろす神遺物ッ! 神を顕現させる化身の役割を果たすものだ! これでお前たちは終わりだァ! はははははは!」
「阿呆! 知らないのか! 魔像はな! 使用者の命と魔力を媒介に、地獄とのゲートを開く神遺物だ! タサイドンみたいな邪神を喚べるもんじゃない」
「はははははは――――はぇ?」
狂ったように笑っていたおっさんが、引きつった顔でその笑いを止める。
「そ、そんな……! では我らは一体何のために……! ひっ、あがっ!」
「おっさん!?」
アミタが押さえつけているその下で、おっさんが苦しみだす。
異常な事態にアミタが飛び退くが、なおもおっさんは白目をむき、泡を吹いている。
「あぐっ! あぶぶうぶぶぶぶぶぶ……」
「――ッ!?」
目の前の怪異に、拘束されているナポリタノも思わず後ずさる。
おっさんは……だめか。
「ご主人様――」
「来るぞ……!」
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