21頁 はた迷惑な再会
「エイジング様。調査隊の本部が見えてきましたが」
「やっとか……我はもう歩けんぞ」
馬車を降り、なだらかな登り坂を歩くこと約三十分。
少し平坦で開けた場所へと辿り着く。
「はっ……はっ、ひ、ひ弱だな……」
「引きこもりのお主が、それを、言うか」
「僕は、週二回は、外出してる……」
息を切らせながらやり取りを行う僕の低レベルな争いを尻目に、メイド二人は荷物を背負いながら二人を先導していく。
馬車は丘陵の麓へと繋いでいる。調査隊に後で世話を頼んでおこう。
しかし、コレぐらいで息が切れるとはアレだな……僕ももうちょっと体力付けたほうが良いのかも知れない。
アミタならいざしらず、ウィルに至っても僕よりは体力があったりする。
まぁ、魔力で身体を強化している部分もあるのだろうが、それを差し引いても僕を上回っているように思う。
だが言い訳はさせてほしい。一般人かそれ未満の魔力しか無い僕は、体内を巡る魔力量も少ない。
それ故に、魔力によって保たれている身体の恒常性や体力といったものが、人と比べて劣ってしまうのは致し方ないことなのだ。
顔を上げた視線の先には白いテント群が並んでいた。
どうやら調査隊の野営地になっているらしく、テントの他には調査に使用する機材を積んだ馬車が数台見受けられる。
ここが、調査隊の本部で間違いなさそうだ。
その奥には丘陵の斜面にポッカリと空いた穴と、それに容易に近づけないようにする囲いがしてあり、魔導銃や短剣を下げ、簡易な防具を着けた警備の男が二人立っている。
薄緑のローブをまとった者が、数人テントや馬車の間を行ったり来たりしていた。
途中の休憩場所で話しかけられた二人組と同じような格好だ。調査隊の制服である。
そんな中、調査隊の面々が集っていると思われる中心に一人、白衣を着た金髪の女が立っていた。
他の者達にあれこれ指示を出しているところを見るに、この調査隊のリーダー、もしくはそれに準ずるものだとわかる。ああ、本当にいたよ。
「――!?」
「げっ」
と、その当人と不意に目が合った。合ってしまった。体力を使い果たした今の状況ではかなりヤバい。
一呼吸した、その女の顔が喜びの気色に染まっていく。
咄嗟に目を逸らしたがもう遅い。気付かれた。逃げたいが、身体の筋肉がそれを許してくれない。
「お……おっ、お師匠様ぁぁぁ~~~~!」
破顔しながら、こちらへと走り寄ってくる金髪美人。一本にまとめた後ろ髪と大きな胸を揺らしながら、高い声を上げつつ迫って来る。
「おっ、ひっ、さっ、しっ、ぶりで――」
「はァッ!」
「すっぶぺっ!?」
僕に飛びかかって抱きつこうとしたその瞬間、アミタの掌底打が女の顔面を捉えた。タイミングは完璧だ。ナイス!
そこで完全に慣性を殺されたその女は、90度進行方向転換を余儀なくされ、そのまま重力に従いアミタの足元へとへと崩れ落ちた。クリーンヒットしてたぞ。
「こやつ……あの距離からここまで飛びおったぞ」
「……走り幅跳びの世界記録」
「お久しぶりです、エイクリー様」
地面にうつ伏せになったエイクリーに、アミタは頭上からしれっと声を掛ける。
エイクリーは顔を振り、土を飛ばしながらゆっくりと起き上がる。
丈夫だなぁ。
「もうっ! アミタさん! せめて顔はやめてくださいな。あと、私のことはエイク、とお呼びになってと言っておりますのに」
「申し訳御座いません。反射的に手が出てしまいました、エイクリー様」
甘ったるい抗議の声に悪びれもなく謝罪するアミタ。
この二人は顔を合わせると大体いつもこうである。エーリカほどではないが。
「顔じゃなければいいのか」
「頑丈だのう」
非難の声をあげる彼女は、特に怒っているわけではなかった。
アミタはともかく、エイクにとってこのやり取りはもう慣れたもので、僕たちの前で見せるお約束のじゃれ合いだ。挨拶のようなものである。
こういうところはエーリカに通づるところがある。
そしてことあるごとに、僕に抱きついてスキンシップをとろうとしてくるコイツを、今のように止めるのがアミタの主な役目である。
ウィルならともかくとして、黙っていれば相応に美人な彼女がこういうことを人目にはばからずやるのはどうなのか。
「毎回思うが、もうちょっとマシな登場の仕方はないのかお前は」
「うふふ……久しぶりにお師匠様とお会いできるということで、少々舞い上がってしまいましたわ」
あれで少々か。テンション全開だったでしょあれは。本気で舞い上がったら空でも飛ぶのだろうか。
エイクは顔を赤らめつつ、服についた土を払う。
とある出来事が原因で、僕を師匠呼ばわりしているが、決して師弟関係を認めているわけじゃない。と言うか師匠てなんだ。何の師匠なんだ。
エイクは乱れた服装を整え、こちらに向き直った。
彼女がエイクリー・ウェントワース……性格はまぁ見てのとおり? である。
タイトスカートに薄手のタイツ、サマーセーターの上に白衣を羽織っており、普段彼女が庁舎に来る格好と大差ない。
本人曰く、学院の研究所でも同じような姿だという。
室内の仕事とは違い、今回は遺跡の調査のはずなのだが……些か軽装過ぎやしないだろうか。
白衣には何らかの魔法式が付与されているのか、それ自体が魔道具なのか、この陽気でもエイクは汗一つかいていない。
「その格好を見るに、おぬしは調査隊とやらには加わらんのか?」
「そうですわね。今回、私は調査というよりも、積層立体七重封印と出土品の解析で呼ばれましたので」
もちろん、学術的な興味はありますが、と続ける。
彼女の仕事は専ら、こういった遺跡から出土する遺物の解析だ。遺跡そのものを調査することもあるがそっちは二次的なものに過ぎない。
「……じゃあ、お姉さまは中には入らないの?」
「ええ、装備も有りませんし。そもそも積層立体七重封印のおかげで、そこまで奥には進めませんのよ……はぁ、ウィルさんは今日も可愛らしいですわねぇ」
「……むふー」
話の流れの途中で、自然とウィルをその豊満な胸へと抱き寄せ頭を撫でる。
ウィル本人も満更ではないらしく、エイクの背中に手を回して、鼻息を荒くしてその抱擁を味わっていた。
エイクは特務課に来る度、このようにウィルを甘やかして愛でる。
人見知りをするウィルが顔見知りとは言えここまで懐くのは、僕たち以外ではこのエイクぐらいである。
「調査の進捗状況は?」
「それが……とにかく、まずは落ち着ける所でお話致しましょう。此方へどうぞ」
と言って、エイクは自分たちが使っているベースへと僕たちを案内するために、身を翻した。
僕たちは、調査隊のキャンプの前に案内されていた。
テントにはタープが張られており、その下にはテーブルも設置されている。
しっかり日差しが遮られており、また、すぐ隣には風除けとして馬車の荷台が停められていた。
側には冷却用の送風魔道具が設置されており、日陰にもなっていることもあってかなり涼しい。
流石は国が出資する機関ということか。
こういう所に僕たちの税金が投入されていると思うと、しっかりと堪能させてもらわないとならない。
僕が公務員であることはこの際置いておく。
「お師匠様が来られると聞きましたので……普段でしたら、そろそろ引き上げ時だったのですが、もう少し粘ってみようと。むしろ、お師匠様とお仕事ができるだけで私はもう……ッ!」
照れるように頬に手を当て、くねくねと身をよじらせるエイク。
いや、僕を基準に仕事を選ばれても困る。
「どんだけなんじゃおぬしは」
「資料を見た限りだと魔物はまだ見つかってないんだな?」
エイクに付き合っていると話が止まるので、構わずに話を進める。
僕は事前に渡されていた資料である程度のことは把握しているが、この数日に調査が進行している可能性もなくはない。
遺跡には『魔力余剰生物』――すなわち魔物が巣食っていることがままある。
探索者が武装するのも、基本的にこの魔物を相手にする可能性があるからだ。
「ええ、魔物の存在は確認できておりません」
神代の遺跡というのは往々にして、大気中の魔力の吹き溜まりになっていることが多い。
生物が魔素体によって生成する魔力は、その余剰分が身体から染み出し、大気中へと放出されていく。
放出され、大気に溜まった魔力が、消費されることなく何らかの要因で蓄積され高濃度となると、周辺の生態系に異常を及ぼす。
外部からの高密度な魔力に長時間さらされ、それを吸収し続けた生物は、その形態が変形し異形の物と成り果てる。これが魔力余剰生物、魔物だ。
だが、今回は聞く限りだと、その存在は確認できていないとのこと。魔物がいないのなら、攻略は格段に楽になる。安心はできないが。
「一応聞くが、積層立体七重封印の解除の目処は立っていないんだな?」
僕の質問に、はい、と頭を縦に振る。
そもそも目処が立っていたら僕が呼ばれることはないのだろうが。
「残念ながら……。私も実物を見るのは初めてでして、お師匠様ですから言えるのですけれど……全く手に負えないというのが正直なところです。ご存知の通り、この結界は完全な解除式自体発見されておりませんし、どこから手を付けていいのかもわからないというのが現状ですわ」
「僕たちが来た意味はあったか」
「まだまだ私も未熟、ということですわね」
眉を下げ、自嘲気味に微笑むエイク。
そうは言うが、性格は別として中々にエイクは優秀である。この歳で主任を任されているぐらいには。
それだけ積層立体七重封印が強固な結界であるという証左でもあるのだけど。
「気にする程ではなかろうて。そもそも解除の方法がわかったところで、魔力も足りんだろうしの」
「ですが、学院に籍を置く身としては、糸口すら掴めないのは悔しいのです……」
「……お姉さま」
先程までの興奮はどこへやら、今は借りてきた猫のように項垂れるエイク。その姿は幾分か小さくなったようにも見えた。
普段は陽気な彼女もこの件に対してそれなりには凹んでいるらしい。
もしくは、自分が師匠と呼ぶ人物を前にして、不甲斐ないところを見せてしまっている羞恥によるものだろうか。
全く……やっぱり面倒なやつだな。
「僕たちは明日、積層立体七重封印の解除に取り掛かるつもりだ」
「そう仰られるということは無力化する方法があると?」
「まぁ、当たらずとも遠からずってところだけどな」
流石お師匠様ですわね、と呟くエイク。
「では私は外で待機しております。以前のように見ることは許されないのでしょう?」
エイクの言は特におかしいことではない。
確立がされていない――世間一般で発表されていない解除式。
それも結界としては割と知名度の高い積層立体七重封印のものとなれば、世紀の発見である。
過去、積層立体七重封印を五層まで解除した例は数件あるものの、七層全ての解除を成し遂げた例はない。
それはそうだ。もし解除できるのであれば僕はここにはいない。
もし、積層立体七重封印が解除された、となれば歴史上に名を残せるほどの偉業である。
未知の技術というものは、金になる。そして、独占するものだ。
最高レベルの結界の解除式など、防衛やセキュリティの面から見ても、そういったものに関わる者にとっては垂涎モノだろう。
解除式というものは一点物ではない。それを参考にし、そこから多種多様な用途に使用できる解除式へと派生する。
実際、そういった解除式の中には特許をとって使用料を徴収しているものすらある。
だが今回は解除式ではないし、ウィルの魔力は特別だと言っても……エイクが吹聴しなければ特に問題はない。
「いや、別に見ててもいいぞ。まぁ、特務課の仕事上、守秘義務には従ってもらうが」
「お師匠様なら、解除の方法もご存知だとは思っておりましたが……よろしいんですの? もし私が見てしまうと、学院へと報告する必要性が出てきますわ。もちろん、守秘義務の範囲内ですけれど……以前のお師匠様であれば、ひた隠しにされていたでしょうし……何かその、見られてはいけないものもあるのでは……?
「それはそうじゃがの」
「むしろ広めたほうが良いんじゃないかと思うわこれ。あのオカマの悔しそうな顔も見れそうだからな」
「私怨かお主」
尤も、エイジングの言いたいところはそこではないだろう。
アミタは、僕が決めたことなら、と静観を決め込む気でいる。
「別にいい。さっきも言ったけどな、別に隠しておくほどのもんでもない」
方法に関しては。
「ふーむ……お主は何というかめんどくさい奴じゃの」
エイジングが呆れたように嘆息する。ほっとけい。
「ま、参考に出来るならすればいいし、出来ないならそれまでだからな」
「……? よくわかりませんが……そこまで仰っていただけるのであれば、お言葉に甘えさせていただきますわ。本当は私の独力で解明したかったのですけれど、これで遺跡探索界、ひいては魔法技術界の発展に寄与できるというのであれば、小さなプライドなんて捨ててしまいます。もちろん、私一人の成果にするつもりはありません」
彼女はそう迷いなく答えた。
このあたりの人の良さと言うか、自分を捨てることに躊躇のないところは彼女の長所だろう。
エイクは貴族でありながら珍しく、立場やプライドに拘ったりしない。貴族となれば、大なり小なり何らかのプレイドや矜持を持っているものだ。
必要な倫理感は持ち合わせているものの、割と簡単に自分と物事を天秤にかけ、より有益、効率的、コストパフォーマンスに優れた方を選ぶ。
まだまだ貴族の世界では『女は家のために嫁ぎ子を成すべき』という風潮がある。
そういった古臭い枠に縛られず、結婚もせずに学院にで研究に耽っているのが、彼女である。
まぁ、結婚できないのは別の理由があるのかもしれないが。
だからこそと言うべきか、そういったアグレッシブさや慣習に囚われない柔軟な考えを持つからこそ、若干二〇歳にして王立魔法学院の一部署で主任を務められるのかもしれない。
「おう、頑張れ」
超規模魔力による物理的破壊が参考になるのであればだが。
「ええ。胸を借りさせていただきますわ。お師匠様になら私の胸をいくらでもお貸ししますけど」
「何言ってんのお前」
エイクは微笑みながら頷くと、すすっと音もなく隣へと移ってきた。
つけている香水のフローラルな香りが鼻につく距離まで近づいてきたかと思うと、おもむろに口を開く。吐息が掛かりそうなぐらい近い。
「ですが……そうですわね。お師匠様に何の見返りもないというのは流石にこちらとしても心苦しいので……対価として、私の身体を自由にしていただければと! ええ、それがよろしいかと! 私の身も心も差し出しますわ! いえ、元々差し出しているつもりではあったのですが……本来であれば何か金銭的なものをお渡しできれば良いのですけれど、お師匠様そういう物はお断りになるでしょう?」
「アホかおぬしは」
この暴走がエイクの悪い癖である。
「では、今後のことについて打ち合わせ致しましょう。ふふ……。それはもう二人でゆっくりじっとりたっぷりとテントの中で」
そう言って、頬を赤らめつつしなだれかかってこようとしたその瞬間――
ダンッ! と、僕たちの間に割って入るかのように、大きな衝撃を伴い、ティーポットが置かれた。
テーブルの上のものが跳ね上がるが、ポットのお茶は一滴もこぼれていない。
「ご主人様。お茶のお時間です。エイクリー様もどうぞ」
「お茶の時間はさっき取ったじゃ――」
「お茶のお時間です」
「アッハイ」
無表情で言い放つアミタ。エイクの視界から僕を隠すような位置取りで、淡々と用意を進める。
エイクはそれを咎めることもせず、ニコニコしながらアミタがお茶を入れる仕草を見つめている。
「エイジング様はいかが致しますか」
「わ、我も貰おうかの……」
アミタの気迫に狼狽えつつも、どうにか返事をするエイジングであった。
「私にもいただけますの?」
「はい。どうぞ。毒は入っておりませんので」
何で言った。
湯気を立てているカップが僕たちの前に並べられる。
ウィルはウィルで、荷物から茶菓子を取り出していた。
「のう、ウィルよ。アミタのやつ何か機嫌が悪い様に見えるんじゃが」
ウィルの側に寄り、声を潜ませ耳打ちをするエイジング。
「……アミタ姉は多分自覚ないと思う。と言うかこういうことは凄く下手くそ」
「まぁ、なんというか難儀じゃのう」
無言で首を縦に振るウィル。
二人が後ろで何か言い合ってるが、内容は聞こえない。
まぁ、気に留めるほどのことでもないだろう。女同士でしかわからないこともあるのかも知れない。
「それでですね、お師匠様。解析の結果を見ますに推定5000年は経っていると――」
エイクが嬉しそうに調査結果を語る中、僕は渡された調査記録に目を通す。
アミタはそんな僕の斜め後ろにすました顔で立ちながら、いつでも介入できるような構えで一緒に話を聞いていた。
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