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公務員生活も楽じゃない!? ~執筆の魔王は今日も色々振り回されてます~  作者: 宇佐美
一章 僕たち治安維持管理局特務課!
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17頁 元序列一位②

 エイスは、自分の獲物である短剣を抜き、その切っ先をアミタに向けた。

 理解し難い状況から生まれた恐怖を隠すかのように。

 それを持つ手は震えており、腰も若干引けている。

 わかっている。理解している。この女は自分よりも遥か上のランクに位置する存在なのだと。

 だがその考えを払拭するかのようにエイスは激昂する。


「……くそっ! ぶっ殺してやる!」

「短慮ですね」


 エイスが振りかぶって、駆けようとした瞬間。

 メイドが、視界から――消えた。

 そう、何の予兆もなく、瞬きの刹那で、最初からそこに存在しなかったかのように、エイスの目の前のメイドの姿が忽然と消えてしまったのだ。


「え……?」


 一瞬の出来事に理解が追いつかず、構えのまま、動作が止まるエイス。

 消えたと脳が認識した瞬間、視界の隅で何かが動いた。

 と、ほぼ同時に、聞こえる風切り音。

 防げたのはたまたま偶然の産物か、それとも本能が意識よりも先に反応したのか。

 アミタが持つビリーの短剣による疾速の突きを、エイスは構えた短剣で弾くが出来た。

 だが間髪入れず、エイスに編み上げブーツによるハイキックが放たれる。


「が……はっ!!」


 これで蹴られるのは二度目。

 高速かつ重い蹴りは的確にエイスの顔面を捉えていた。

 そこから流れるように、腹部への強烈な蹴りが打ち込まれる。

 ビリーほどではないが、衝撃で吹っ飛んだエイスの手から短剣がすっぽ抜け、宙を舞う。

 アミタはくるくると落ちてきたその短剣を、思い切り蹴り飛ばした。

 それは転がっていったエイスを追いかけるように勢いよく飛んでいき、その眼前に突き刺さる。


 これだけの騒ぎになっているにも関わらず、周辺の住民が我関せずを貫いているのは、この通りではこういった揉め事はさほど珍しくないからであろう。

 反応は精々、関わり合いにならないよう窓のカーテンを締め切るぐらいだろうか。


「ちくしょ……何なんだちくしょう!」


 うつ伏せに倒れたエイスは鼻血を流しつつ、前歯が抜けた顔を上げ、アミタを睨みつけた。意識はあるようだ。

 アミタはゆっくりと近づき、持っていた短剣をエイスへと突きつける。


「(なんなんだこいつは、動きが全く見えないどころか、その()()()()()()――)」


 彼らの仕事は、クラフトたちが受けた仕事を辞退するように仕向けること。

 金で解決できるなら良し、そうならない場合は多少強引な手段を持ってしても構わない、と()()()から言われている。 

 こんな、蹴りだけで大の男を吹っ飛ばしたり、10メートルの距離を予備動作無しで詰めることのできるメイドの話など聞いていない。


 だがこれこそが、アミタの真骨頂とも言うべき、白兵戦能力である。

 魔法を使うわけでもなく、ただ極めた体術のみで繰り出される、ありとあらゆる対人戦闘術。

 ゼロから加速度運動なしにトップスピードに至れる彼女の身体操作技術。

 2()5()0()()()の歳月を持って磨きに磨かれた、主人を守るために振るわれる彼女の力である。

 普段は表に出す必要がないこの力も、自分に危害が及ぶ時、またそれ以上に身内に被害を加えようとする相手に発揮される。


「何なんだお前……メイドじゃねーのかよ!」

「メイドですが。ええ。今は治安維持管理局に勤めております」

「お前みたいなメイドがいるか! ……クソが!!」


 唾を飛ばしながら喚き散らすエイス。もはや最初のような軽余裕は一切なかった。

 その顔は驚愕と恐怖に染まっている。


「残念ながら此処に。さて、これはどなたからの依頼ですか? ……恐らく、我々のことを良く思っていない何処かのギルドマスターあたりだと思いますが」


 あまり手入れのされていない濁った刀身がエイスの顔を反射する。

 切っ先が眼前から喉元へと移される。

 次の瞬間、エイスはその意味を理解した。

 短剣で成人男性の首を斬り落とすなど普通に考えれば難しい話だが、このメイドは何故かやれるという凄味を見せている。


 このまま続けるのか、見逃してもらうのか。

 元より、安い駄賃で受けた仕事である。こんなことなら投げた1万リルを持ってバックレれば良かったとエイスは思った。

 だがもう、遅い。

 エイスはゴクリと唾を飲み込む。

 答えは一つしかなかった。


「そ、そうだ……っ! 辺境伯からの依頼なんぞ、おめーらには勿体無いってな!」

「なるほど……そうですか」


 アミタは持っていた短剣を勢いよく地面へと突き刺した。

 エイスの顔のすぐ横を通った刃が、髪を何本か巻き込む。


「それでは……依頼主様に宜しくお伝え下さい」


 それだけ言い残すと、メイドは購入した食材と1万リル入った封筒を拾い上げ、スカートをつまみながら軽く一礼してそのまま歩き去っていった。

 その背中を見つつ、毒づくエイス。


「ちっくしょう……何だよ! 楽な仕事じゃなかったのかよ!!」


 アミタの姿が見えなくなると、エイスは毒づきながら、ゆっくりと立ち上がる。

 依頼主からは難しい仕事ではないと聞かされていたのだ。魔道具まで渡され、探索者組合(シーカーズギルド)での不意打ちとは違う、こちらも構えた状態。

 だが、多少の誤差はあるにしろ、こんな結果は誰が予想できようか。


 しかも相手は手加減していた。もし、本気なら既に自分たちの命はなかったに違いない。

 いや、ビリーはもう死んでいるかもしれないが。

 エイスはぶるりと身を震わせる。

 蹴られた箇所がまだ痛むが、鼻血は止まっていた。

 口の中が切れて、溜まっていた血を唾棄する。


「……おい、ビリー、生きてるか?」


 エイスは、壁まで蹴飛ばされたビリーに声を掛ける。

 返事はなかったが、身体が声に反応して、動いたので、まだ生きてはいるだろう。

 頭を押さえながら、ゆっくりと壁際まで近づく。


「なぁ、エイス」


 意識が戻っていたのか、ビリーは仰向けになりながら、ふと思い出したことを呟く。

 痛みが麻痺してきたのか手加減されていたおかげなのか、二人共言葉尻にある程度の余裕が見えてきた。

 そもそも、アミタが手加減無しで蹴ったのであれば、打撲や骨折程度では済まない。その部分が抉り飛ぶぐらいの威力はある。

 本気を出せば、彼女の膂力は樹木や石材ですら粉砕できる。


「序列ってちょっと前に更新されたよな」

「何だいきなり」

探索者(シーカー)の序列だよ序列」


 倒れるビリーの横へ腰を下ろし、壁へともたれかかるエイス。

 意外と彼には余裕があるようだ。心配して損したかと、エイスは思った。


 探索者(シーカー)には理事会により、序列と呼ばれるランク付けが行われている。

 単純に成功させた依頼の難易度や、発掘した神遺物(アーティファクト)の希少価値により査定されるので、純粋な戦闘力を比べる(すべ)としては序列はあまり参考にならない。評価は攻略可能な遺跡の難易度に比例するものだからだ。


 全てを序列で測ることはできないが、序列上位に位置する探索者(シーカー)には、単独で高難易度の遺跡を踏破した者も存在するし、凶悪な魔物を討伐したという者も存在した。

 そもそも、探索者(シーカー)の強さというものは、遺跡に巣食う魔物へ対してのものやその生存能力のことであって、純粋な対人戦闘に対して評価するものではないのは確かだ。

 だが、総合的に見たその者の強さを測る目安にはなる。


「まぁ、聞けよ。今の序列一位って、確か万編創造(ビブリアクラフト)だろ? でもよ、それが代変わりしたって結構最近なんだよな……」

「旧序列一位の話か? 銀閃(クイックシルバー)つったか確か。……いや、マジかよ。んなもん、ありえねぇだろ」


 探索者(シーカー)というものは誰でも就ける、という職業柄、社会全体で見るとその地位は高くない。

 ヒエラルキーとしては最下層だ。特に必要な資格も身分もなく、承認さえ降りれば身体一つで就ける仕事なのだから、それも致し方ないことなのだが。


 しかし、そんな探索者(シーカー)もトップクラスの実力を持つ者になると世間の見方は変わってくる。

 未知の遺跡に潜り、無事生還するということは、シンプルながら続けるのは難しい。この職業平均生存率は、活動期間が長くなればなるほど低くなる。それでも近年は上昇傾向にあるのだが。


 そんな入れ替わりの激しいこの職業において、生き残ったうえでなおかつ功績を上げ続けている者は実力者として名を馳せることとなる。

 そして、知名度が上がるということは、それなりの立場も確立されるということだ。


 遺跡攻略の貢献度が高かった者は、平民の出身ながら貴族としての爵位を授かっていたりするし、国の要職に就いたものもいる。

 探索者組合(シーカーズギルド)の支部長であるリチャードはその最たる例で、過去の実績により現在は貴族と同列、またはそれ以上の権力を保持している。

 そういった経緯で有名になった者には二つ名、通り名が与えられる。これらは本人の意思を無視して付けられる称号みたいなものだが、探索者(シーカー)の間ではそれが序列と合わさって一種のステータスとなっていた。

 故に、誰もが知っている称号。それはそのままその探索者(シーカー)の知名度を意味する。


「俺は他にバケモンみたいな強さの奴は知らねぇ。無詠唱魔法に近い魔道具の発動をかわすなんざ序列一桁でも出来るか怪しいぞ」

「いや、まさかそれはねーだろ……俺らが生まれる前の話だろ銀閃(クイックシルバー)とかそれ……お前何かごっちゃになってねーか」

「まぁ確かにクソ昔の話だし、生きてたとしてもあんな若いわけ……ないよな」


 ははは……と乾いた笑いを漏らす二人。

 もしかしたら本人かもしれない、という一抹の思いが頭を巡ったが、すぐに忘れることにした。

 もう、メイドに関わるのはこれっきりにしたいもんだ、とエイスは思った。恐らく横の相方も同じ思いだろう。思い出す度にトラウマを発症してしまうレベルである。こういった手合はすぐに忘れるに限る。

 犬に噛まれた不幸な事故だ。


「ビリー、立てるか?」


 エイスはゆっくり立ち上がると、ビリーへ手を伸ばした。

 おう、と小さく返事をしながらその手を掴み、ビリーはなんとか立ち上がる。

 若干足元がふらついているが、歩けないことはなかった。


「明日、魔法治療でも受けに行くか……一応」

「ああ、俺めっちゃ脇腹いてぇわ。これぜってぇ折れてる」


 だろうな、とエイスは笑いながらビリーに肩を貸す。

 日が沈み、夜の帳が下りようとしている裏通りを後にした彼らの行き先は、まずは酒場だ。

 こんな日は飲まないとやってられない。依頼主に言い訳も考えないといけないのだから。

 それに何より、酔ってでもないと今日のことは忘れられそうにない。



お読みいただき有難う御座います!

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