16頁 元序列一位①
デクスターが辺境伯邸を訪れた翌日の夕刻。
アミタは夕食の足りない材料を買いに、スピー通りへと足を運んでいた。
必要なものを買い揃えたその帰り。
姿はもちろん、自分のアイデンティティであるメイドの服を着用したままである。
スピー通りはいつもアミタが利用しているレイル通りと違い、夜になってもまだ開いている店が多い。
大抵は売り切れてしまっている食材も、店頭に並んでいることがある。
早く閉まる専門店のようなところで扱っているものと比べると些か質は落ちるものの、急な入り用に対処できるのはありがたいことだった。
「(そこまで良いものとは思えませんが、あの子なら問題なく調理できるでしょう……)」
クラフト家の台所を預かっているのはウィルである。
こと、調理にかけては、舌の肥えた貴族連中を唸らすレベルであり、現在は庁舎の食堂でその腕を振るっている。
局長のデクスターですら、彼女の出す料理目当てで食堂に顔を出すこともままあるほどだ。実際、王都にある有名レストランから引き抜きの話が来たことすらある。
貴族個人の引き抜きもあったりしたが、アレはまた別の目的なので、話は割愛する。
対して、アミタの調理スキルは壊滅的で、一度、試作したものをダレスが口にした際、泡を吹いて気絶したという逸話があるぐらいである。
ダレス曰く、泥を食ったほうがまだまし、とのこと。
それ以降、ウィルが台所の一切を取り仕切り、アミタもそれを理解しているので、食材を切ったり盛り付けといったレベルの手伝いはするものの、調理自体には関わろうとはしない。
食材を抱えたまま、未だ喧騒の冷めやらない大通りから一本横道に入るアミタ。
魔道灯が少ないこの裏道は、昼でも薄暗く、夜になると月明かりがない夜は殆ど先が見えないぐらいに暗くなる。もう日も落ちようとしているこの時刻では住宅の窓から漏れる明かり以外、道を照らす光源は無いに等しかった。
また、表通りと違い舗装もままならず、土肌が所々に見え隠れしていた。
女子供は基本避けるこの道は家に帰るまでの近道だ。急ぎの場合は利用しない手はない。
だが今回は、近道で時間短縮することに加え、もう一つの目的があった。
「(二人……途中で一人になりましたが、二手に分かれたようですね。足跡は消せていますが気配までは十分に消せていない……中の下というところでしょうか)」
アミタは商店を出てから、何者かに尾行されている気配を感じ取っていた。
そのまま帰ることができれば良し、何か用があるのであれば――腕づくでも――対処することができるように、わざとこの人気のない道を選んだのである。
「(そろそろですか……)」
相手の気配から察するに、そろそろ声をかけられるタイミングだとアミタが読んだ瞬間――
「ようよう、おねーちゃん。ちょっと待ってくれよ」
アミタの背後より男の声が飛ぶ。思ったとおりのタイミングだ。
何のひねりもないそのセリフに、軽くため息をつくアミタだったが、男はそれを知る由も無い。
「久しぶりだなァ。あん時は世話になったぜ」
「……? どちら様でしょうか」
振り返ることすらせず、歩を進めようとするアミタの前に、もう一人の男が立ち塞がった。
20代の前半ぐらいだろうか。軽薄そうな笑いを浮かべた顔に、日に焼けた浅黒い肌。頭のバンダナ。軽装で腰には短剣をぶら下げている。
肩には隣町の探索者組合に属するクランの紋様が掘られていた。
先回りしたのは二手に分かれた瞬間か。バンダナの男がアミタの行方を遮っていた。
数日前、ギルドで成敗した探索者たち――その片割れだ確かビリーと呼ばれていたか。
視線を動かし、後ろを確認すると、なるほど。やはり先日蹴り飛ばした無精髭の男――エイスがニヤついた顔で立っていた。
距離にしておよそ10メートルほど。距離をとっているのは、アミタを警戒しているからかも知れない。
二者が二人共、似たような軽装に短剣を装備しているのは、決して流行りとかそういうものではなく、単に取り回しとコストパフォーマンスに優れているからだ。
探索者としてはテンプレート的な装備でもあり、良くもなければ悪くもない、といった具合の格好である。
だが彼らは――ギルドでの一件でもあったが――探索者と言うよりはもうチンピラに近い、そのような男たちが、見目麗しい少女の退路を塞いでいるというのは、傍から見ても異常な光景ではあるが、それを咎めようとする者はいない。
どこの街にもこのように治安の行き届いていない闇の部分が存在する。もちろんそれは王都と言えども変わりはない。
一つ道を違えば、このような場所に足を踏み入れることもある。
「おいおい、忘れたとは言わせねぇぞ」
「あぁ……あの時の探索者――いえ、ただの下郎でしたね」
アミタは嘆息しながら呟いた。
それが気に触ったのか、エイスは激高して声を荒げる。
「……ッ! てめぇ! フザケやがって……!」
「エイス! 落ち着けって。言われたこと忘れたのかよ」
アミタの眼前に立つビリーは、エイスを宥めすかす。
エイスは大きく舌打ちし、封筒をアミタの足元に投げてよこす。
アミタの3メートルほど手前に、ドサッと音を立てて落ちた封筒からはリル紙幣の束が見えた。
「1万ある。これで受けた仕事を辞退しろ」
1万リルとなると、平均的な成人男性の稼ぎ4ヶ月分ぐらいにはなる。結構な大金だ。
だが、アミタは封筒を一瞥したあと、淡々と告げた。
「金銭でどうにかなる問題とでも? 抗議であればギルドを通じて治安維持管理局までどうぞ」
そもそもこちらは公的組織だというのに、それすらも判断できないのか……と、アミタは思ったが口にはしない。
それでは、と一礼して横を抜けようとするアミタだが、横に伸ばしたビリーの腕が行方を阻む。
「おーっと、ここは通行止めだ。俺たちのお願い聞いてくれるまでな」
「お断り致します」
「どうするエイス? このねーちゃん聞いてくれる気なさそうだぞ?」
眼前の男はアミタの肩越しに、投げかける。
聞くも何も、アミタではその判断はしかねるので、正式な手続きを踏めと言ったつもりではあったのだが。
どうやら男たちにはその真意までは届かなかったらしい。
面倒なので実力で排除しようと思ったが、主人からはあまり目立った立ち回りはするなと厳命されている。そしてやるなら正当防衛を主張しなさいとも言われている。
「じゃあ、聞いてくれるまでお願いするしか無いよなぁ……?」
エイスは顔をニヤつかせる。
つられて、ビリーの顔も下卑た笑みに染まる。
「おいおい、エイス。この前ボコボコにされたばかりじゃねぇか」
「うるせぇ! あの時は油断しただけだぜビリー。準備さえしてりゃあどーってことはねぇ」
ビリーはやれやれと嘆息するが、その顔は笑ったままだ。
「魔法で縛っちまえば、女一人ぐれぇ問題ねぇよ」
「エイスは中々エグいからなぁ……ま、あん時は不意を打ったつもりだろうが、今回はそうはいかねぇ。大人しくしときゃ痛くはしねぇよ、へへっ」
こういった男の考えることは一つである。
自分たちよりも弱いと見た相手に対しては、徹底的に残酷になれる。
彼らの頭には先日のギルドでの件は既に頭にないのか、それともその準備とやらで勝てると踏んだのか。
今のアミタにはそこまで判断出来なかったが、それを差し置いても負けるような要素はない。
そもそもアミタに勝てるのであれば、今こんなところでチンピラまがいに落ちぶれているわけが無いのだ。
「身体は貧相だけどよ、顔は中々だよなぁ」
舐め回すような男の視線。頭の中には下衆な妄想が膨らんでいるのだろう。
わざわざ言葉にして出しているのは、半ば脅しも含まれているようだが、アミタには憐憫の情しか湧いてこない。
「(何故この手の輩は、こうもテンプレートなセリフと思考回路しかないのでしょうか。あと、貧相は余計です)」
心の中では呆れつつも、無表情を崩さないアミタ。
このあとに行われる行動を予想し、悟られないようにいつでも動けるよう機を窺う。
「俺、メイドプレイやってみたかったんだよなー。店の女はこういうの着てくれねーしよ」
「まぁ、楽しみにしとけよビリー……オラァ!」
勝利を確信した顔でエイスが掲げた手には、指輪が一つ光っていた。
怪しげな紫色の閃光が走り、刻まれた魔法式による魔法が放たれる。
直線状にいる対象の身体の自由を奪う魔法――それがエイスのもつ指輪型の魔道具から発動した。
魔法を発動させるタイプの魔道具の強みは、そのタイムラグにある。
魔法式が既に刻まれている魔道具は、魔力を通すだけでその魔法を発生させる。
本来であれば、人が魔法を行使するにあたり、魔法式の構築や、ある種の詠唱、所作が必要になるが、魔道具はそれを必要としない。
よって、魔道具によって放たれる魔法はその種類にもよるが、並の人間ではかわせるはずが無いのだ。
そう、並の人間であれば。
「おいエイス! 何やってんだ!」
「なっ……!? どこ行った!?」
ビリーの前に立っていたメイドの姿がない。
対人用の拘束魔法。本来であれば眼前の女を動けなくしているはずだった。
「この手の魔法は、見飽きましたので――」
ビリーの背後に黒い影が差す。
いつの間にか背後に回っていたアミタが静かに呟いた。
「な、何だと……!?」
「ごふっァ……!」
空気の塊がビリーの腹から吐き出される。
前触れもなしに、身体を貫くような衝撃がビリーを襲う。
予備動作無しで背面に放たれた、ゼロ距離からの背中を使った体当たり。
何が起きたか理解せぬまま、ビリーは浮遊感を感じた直後、アミタの右回し蹴りを脇腹に受け、吹っ飛んだ。
もちろん、ガードする暇などはなかったが、この場合運良く防ぐことができたとしても、その防御の上から飛ばされていたのは明白である。
「がっ、はっ……!?」
細い女の脚で繰り出された蹴りだったが、ビリーの身体はくの字に曲がり、地面をバウンドしながら勢いよく飛んでいき――容赦なく道脇の壁へと鈍い音と共に叩きつけられた。受け身など取るべくもない完全な奇襲。
ふわっとロングスカートが翻り、純白のガーターニーソックスに包まれた美脚があらわになりそうになるが、ビリーには見惚れる余裕もない。
余程の衝撃だったのか打ちどころが悪かったのか、ビリーは気を失い、ピクリとも動かなくなる。
「今どきの探索者はこの程度なのですか?」
いつの間にかビリーの腰から抜いた短剣を突き付けながら、アミタが言い放つ。
「な――!? テメェ、何しやがった!?」
何が起こったかエイスには理解できなかった。むしろ見えなかった。
よそ見や気を抜いていたわけでもない。確かに魔道具から魔法を放ったはずなのだが……。
「拘束魔法自体はそれなりに見慣れていましたので……かわすことは造作もありません」
そう淡々と言い放つアミタ。
買った食材はいつの間にか足元へと丁寧に置かれていた。
「あ、ありえねぇ……」
エイスの頬を汗が伝う。
魔法をかわす、というのは口にするのは簡単だ。
相手を見据え、詠唱からどのような魔法が発動されるかを予測し、備え、対処する。確かに不可能ではない。
だが、魔道具から発動されるような、詠唱を伴わないものに関しては話が変わってくる。
発動のタイミング、種類、どちらも初見であれば予測は不可能に近い。
それを、目の前のメイドは見てから避けたと言った。おおよそ常人では知覚できない刹那の瞬間を見切ったというのだ。序列が一桁、世界の頂点に立つ探索者であれば可能かもしれないが、自分には到底真似できない──エイスは戦慄する。
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