15頁 辺境伯
ロードアイランド領はアルカルム王国の東南に位置する比較的森林の多い地方である。
また、海にも面しているため交易も盛んで人の出入りはそれなりに激しい。
それこそ建国当初は戦争の影響もあって公益が途絶えた時期もあったらしいが、戦争が終結してからというもの他の大陸との物資が行き交う貿易都市として栄えている。
それに伴い、経済は発展していったが、その理由は交易だけでなく、十年ほど前に領主に命じられた、辺境伯による経済改革の結果によるところも大きい。
クラフトたちが、探索者協会にてリチャードと面会したその二日後。
デクスターとその秘書チャールズは、辺境伯邸の応接間にて、局長室のものよりも質の良いソファに身を沈めていた。
辺境伯へ状況の進捗を行うためである。
時に他の国の貴族や、王家に連なるものすら迎えることのあるこの応接室は、局長レベルの給金では、とてもではないが手が出ないような豪華な装飾品や調度品で彩られ、辺境伯という肩書を十二分に誇示していた。その中には国王から下賜されたものもあるという。
ロードアイランド領はアルカルム王国内でも随一の経済発展都市として栄華を誇っており、その税収は王国内の何割かを占めている。これを現領主が一代で成したというのだから驚きである。
そんな辺境伯を屋敷の執事が呼びに行ってから、既に二十分は経っている。
「辺境伯様遅いですね……」
「先客がいるみたいだし、仕方ないんじゃないのー?」
チャールズは今回の件について、少し引っかかるところがあった。
辺境伯のような、公的組織に多少なり影響力を持つ貴族が、裏から手を回すことはそう珍しくはない。それが法的に認められるかはまた別の話だが。
しかし、わざわざ個人を、しかも名指しで指名するなどあり得ない。……いや、あり得なくはないのだろうが少なくともチャールズは聞いたことが無い。
特務課の課長であるクラフトとは、彼が治安維持管理局に赴任してからの付き合いだから2年程は経つが、あの少年が辺境伯と個人的な繋がりがあるとはとても思えなかった。もちろん、特務課の課長を任されるぐらいだから、見た目と持つ力は必ずしも一致しないのだろうが。
上司であるデクスターも、何の疑いも迷いもなくクラフトへと一任している。
この件は、ギルドから引き継がれた案件だ。その重要度は高い。
だというのにもかかわらず、特務課へ全部丸投げというのも変な話である。
辺境伯からの個人的な指名がある、という意味では特務課課長であるクラフトを頭に据えるのはまだ仕方ないとはいえ、そうであれば一課や二課から優秀な者を補佐に付けてもいいはずだ。
特殊任務であれば、表向きの偽の任務をでっちあげても良い。彼らが素直に特務課に従うかは分からないが。
顔見知りのことを悪く言いたくはないが、特務課に対する周りの評価はお世辞にも良いとは言えない、とチャールズは思う。表沙汰にできないとはいえ、取り繕う必要はなかったのだろうか、とチャールズは訝しむ。
飄々としているが、デクスターは有能だ。伊達に一課でその名を馳せていただけはある。だからこそチャールズはデクスターを信頼し、その秘書を務めているのだが……。
隣で悠々とお茶を飲んでいるデクスターを横目に、色々と思考を巡らせていたチャールズだが、そうこうしているうちに応接間の扉が開き、一人の男が入ってきた。
二人は揃って起立し、その男を迎える。
「失礼するよ」
「お久しぶりです、閣下」
デクスターが口を返した相手こそ、ロードアイランド領辺境伯である、ジョンストン・カルロス・ロードアイランドであった。
五十も半ばで、険しい顔つきをしているが、その雰囲気は柔らかい。
十年ほど前に事故で妻と二人いる娘の内、嫡子を亡くしてしまっており、独り身で、このロードアイランド領を治めている。ジョンストンの意思で、妾のたぐいはいない。
下の娘はまだ若く、領内統治には将来的に関わるのだろうが、まだ成人しておらず今は勉強中の身だ。
ジョンストンは年齢こそデクスターと一回りは変わるが、その身体つきは二十代の若者には負けないぐらい若々しくがっしりしている。
趣味で郊外へ狩りに出かけることがあるというから、その為の身体つくりをしているせいだろう、とチャールズは考えていた。
「待たせたな局長。すまない」
「滅相もございません」
ジョンストンは二人に座るよう促すと、自分もその対面のソファへと腰を下ろした。
ジョンストンの前に、執事が茶を注ぐ。
「今日は遺跡の件かね?」
「ええ。閣下のご依頼通り、相応しい者……ウチのクラフトに振っています。お話を聞かせてもらったときはまぁ、驚きましたがね。問題はないでしょう。ですが何故期限を設けたのです? 未踏破遺跡の調査はそれこそ年単位です。数か月であればまだしも、半月はあまりにも」
「君の言いたいことはわかる。だが……ここだけの話、これ以上理事会に入られるわけにはいかん。その理由は君も十分承知だと思うが?」
ジョンストンの鋭い眼光が、デクスターを貫く。
これ以上は聞くな、そう視線が語っていた。
「承知しておりますとも。それが閣下の命とあれば尚更です」
「ふむ……そうか。良しなに頼む」
そう言って、ジョンストンは一口茶を含む。
「私の予想としては断られる可能性の方が高かったのだが」
「まさか。辺境伯閣下直々のご指名ですよ。喜びこそすれ、断る輩はおらんでしょう」
「そうかね」
デクスターはジョンストンの顔を真っ直ぐに見やる。
二呼吸程の無言。
切り出したのはジョンストンだった。
「何かあるのかね」
「いえね。何故ウチへのご指名だったのかなと思いまして。閣下であれば、理事会へも顔が効くのでは」
「先ほども言ったが、奴らの介入はなるべく許したくはない。クランには悪いが、今回失敗してくれて私としては有難い限りだ。……で、彼は評判の通りなのかね?」
一瞬、ジョンストンの眼光が更に鋭くなった――気がした。
それだけでチャールズの心拍数は跳ね上がる。
普段の物腰は柔らかだ、と聞いてはいても、こうやって対面すると貴族特有の圧を感じてしまう。
「ええ。評判通りと言えば評判は悪いです……が、何だかんだでやる奴ですよアイツは。ポートゥクストの件も結果だけ見れば解決はしましたし。知人の推薦もありまして、彼以上の適任者はいないだろうと」
「解除できるのであれば何の問題もない。だが、特務課の評判を聞く限りでは、そうは思えんのだがな」
「それはわたしもおかしいとは思っているんですがね? ただ、本人はともかく、アレの周りは一課どころか国内でも上位の実力者たちです。正直なところ、何故特務課に留まっているのが分からないぐらいに」
「局長がそこまで褒めるのは珍しいな。まぁ、期待しておこう」
ジョンストンはにやりと笑った。
確かに、デクスターがここまで人を褒めるは珍しい。普段のやり取りがやり取りなだけに、とチャールズは思った。
「差し出がましい口を挟みました。申し訳ありません。本音を言うと、わたしも彼がどう動くか楽しみにしているんですよ」
デクスターが笑みを浮かべるのにつられて、チャールズも思わず頬が緩む。
「そんなに謝らなくても良い。君の言い分も理解はしている」
「有難う御座います」
「局長。私はね……いや、私が言うのもおかしな話かもしれないが、やれ貴族だ平民だだと血脈や魔力で差別をするのは間違っていると常々思っているのだ」
「はぁ……」
唐突な話の変わりように、デクスターは気の抜けた返ししかできなかった。
「その件の彼は貴族ではないのだろう?」
「そうですね。今は、家名は持っておりません。元貴族の次男で現在は平民です。まぁ、家督を継ぐ予定だった長男も亡くなり取り潰されています」
デクスターの認識ではそういうことになっているが、もちろんこれは用意された偽の経歴である。
一般的にファミリーネーム――家名を持たない者は平民とされる。
平民から貴族になれば家名を名乗ることができるし、逆にお家が取り潰しになると、その家名は剥奪される。
このように貴族のみが家名を名乗ることを許されてはいるのだが、実力主義を謳っているアルカルム王国ではあまりその区別は意味をなさない。
戸籍上の処理が変わるぐらいで、家名がないからと言って不都合は生じない。
ただ、古くからの名残りで未だ各国では貴族主義が横行している。
一部では民主制や共和制を敷いている国もあるのだがその数は遥かに少ない。
このアルカルム王国も、貴族と平民の差別は公には無くなったとはいえ、未だに貴族の地位や立場と言った影響は強い。このジョンストンがいい例でもある。
特に名家と呼ばれる古い血筋の貴族たちの中には、古い慣習やしきたりを忘れられない者もいる。
能力の優劣、すなわち魔力量が優秀か否かということは、個人差があるとはいえ、それは親に影響を受ける。
後天的に魔素体が増えることはなく、その増減は主に血によって代々受け継がれる。才能は遺伝するのだ。
それ故に、元々優秀な血を持つ貴族は、貴族同士結びつき、その尊い血を更に濃くしていく。
そしてその血により、優れた能力は受け継がれていく。
貴族が多くの高名な魔法師や魔導技術士を排出しているのは、その受け継ぐ血筋のためである。
魔力至上主義――魔導技術最盛期の今、それも無理からぬ話だ。
「高貴なる義務とは言うが、そのように振る舞えている貴族がどれだけいるだろうか。私はね、局長。血だの家柄だの立場だのそういう拘り、いや偏見……じゃないな、ある種の差別か。そういったものを本当に無駄だと思っているんだよ。まぁ、この国は比較的穏やかな方だがね」
「閣下――」
「……すまん。話が反れてしまったか。報告は受け取った。無理を通してすまなかったな。私としても出来る限りのサポートはさせてもらおう。よろしく頼む」
軽く目を伏せるジョンストン。
「勿体ないお言葉です閣下。それだけわたしを信頼していただけている、というものなのでしょう」
「ああ。頼りにしているとも、局長」
話は終わりだ、と言わんばかりに立ち上がるジョンストン。二人もそれにつられる。
ジョンストンは笑いながらデクスターの肩を軽く叩き、応接間を出ていった。
後にはデクスターと、チャールズだけが取り残される。
「信頼、ねぇ……」
「局長?」
「いや、何でも。あ、そうだ。帰りにどっか寄ってっちゃう?」
「奢りですか?」
「経費……で落ちないよねぇ。ま、いいよ。たまにはね」
お読みいただき有難う御座います!
宜しければ、ブックマーク、★★★★★評価お願いいたします。
また、ご感想もお待ちしておりますので、ご遠慮なくどうぞ。




