11頁 こんなんでも局長
特務課から治安維持管理局の本局までは少し距離がある。
一課と二課も本局に部署を置いているが、何故か僕らだけ外れた庁舎の隅っこだった。まぁ、歴史の浅い部署ということもあるのだろうが。
……そう考えると完全に特務課だけ差別されてる気もするな。
まぁ、本部のゴタゴタに巻き込まれず静かに仕事出来る良い環境ではあるので、そのことに関しては文句はない。
「……失礼します」
一応上司に当たるわけだし、この辺りの礼節は体裁だけでも取ることのできる僕である。
局長執務室の入る前にノックし、返事を待ってからゆっくりと扉を開けた。
局長がいるのは前もってアンがアポを取っていたので問題はない。
アンを伴い執務室に入ると、机に肘をつき、両手を口元で組んだ局長がいた。
何やら難しそうな顔をしているが、逆光になっておりその表情はこちらからは確認することが出来ない。
歳のころは40前後。顎のラインに髭を生やしたナイスミドル、というには些か若い。
だがまぁ――
「おはようクラフト君。今回君に与えられた任務は――」
「おい、今度は何を見たんだ」
部屋に入るなり真剣な目つきで訳の分からないことを言い出した局長をスルーし、僕はその隣に立つ局長秘書へと問うた。我ながらアホ質問である。
アンより少し上の、20歳ほどの青年――局長秘書のチャールズは諦めたように言った。
「今度は任務が成功不可能なスパイものにハマったらしくてですね……」
「何でこんな奴が僕の上司をやってんだ」
「……それ、クラフトさんが言います?」
このように色んなものに感化されやすい奴なのである。この前は国際的特務機関の司令官だったか。
しかも本人はそれがカッコイイと思っているのだから質が悪い。子供か。
「もし、君の部下が捕らわれ、あるいは殺されても当局は一切関知しないのでそのつもりで」
「いや、そこは関知しないとダメだろ局長。むしろそんな任務振るなや」
「五秒後に消滅してください」
「君たち辛辣過ぎない!?」
デクスター・ウォード――
この治安維持管理局の局長であり、悲しいかな僕の上司でもある。普段、僕たち以外の前では立場相応の立ち振る舞いをするのだが、これは僕たちが侮られてる、もとい舐められているからなのだろうか。
40という若さで、局長の席に身を置いているのは彼がそれなりに名家の出であることもあるが、それを持っても余りあるエリート街道を歩んだから、らしい。
詳しい経歴は知らないが、こんなのでも元々は一課で活躍していたのだとか。
世も末である。
「もうちょっとノってくれてもいいと思うんだけどなー?」
「せめて脈絡を付けてください」
「アンちゃんきっついなー。昔と比べて可愛げが無くなっちゃったな―。オジサン悲しくなっちゃうよ」
めそめそと泣き真似するデクスター。
ナイスミドルと言った僕の評価を返して欲しい。
「で、コント見せるために僕を呼んだわけじゃないだろ」
「そっそ。で、クラフト君。前々から遺跡に関するお仕事が欲しいって言ってただろう? じゃあ、あげよう」
切り替えが早い奴である。
「いらん。それに、んなこと一言も言っとらんわ。魔導書に関わるような仕事ならまだ興味も湧くけどな」
にべもなく断る。僕とデクスターが直接やり取りをするときは大体こんなである。
と言うか、向こうもそれをわかっていてやってるので文句は言わせない。
「うるせぇ! 黙って受け取れ! いっつも暇してんだろお前は!」
「暇じゃねぇよ! 本読んだり本買いに行ったり本整理したり忙しいんだよこちとらァ!」
「本しかねぇのかお前は!」
「ねぇよ!」
僕たちの応酬に呆れ顔で見つめているアンとチャールズ。
「えぇと、チャールズさん。私たちだけで話進めます……?」
「そうしたいのは山々なんだけどね。僕も詳細はあまり聞かされてないんだ」
「はぁ……」
▽▽▽
「では改めて……よく来てくれた」
「今更かっこつけんな」
「せっかく仕切りなおそうとしてるのに、君は何でそんなこと言うの!?」
「話が進みませんよクラフトさん……」
ひとしきりやりあった後、デクスターは何事もなかったかのように話し始めた。
アンの「無駄な時間とカロリー使いましたね。あー私もカロリー消費したいです」と皮肉が飛んできたのはこの際無視しよう。
「クラフト課長。わたしから君へ特殊任務のお話だ」
「だからいらんと言ったろーに」
「仮にも上司の指示を撥ねつける部下ってどうなんですか……」
「ホントだよまったく……残念ながら、これはわたしよりももっと上、辺境伯からの直接指名だ。どう言おうと断れる類のものではないよ」
辺境伯とは、簡単に言えば地方の広大な領地を任されている領主のことだ。貴族としての爵位はそこそこ上ではあるが、実力主義のこの国では半ば形骸化しているのも事実である。
隣国に接していることが多い領地であるため国防の観点上、他の領主よりも高い地位にあり、その権限も大きいとされる。
その広い領地から経済力もあり、国内での発言力は割かし高い。
「と言うかさぁ、辺境伯から直で君を指名されちゃってるんだよねー。頼むよぉー。オジサンも流石にノーとは言えないんだよぉ」
「情けねぇ……」
「下手すりゃオジサンのクビもかかってるからねぇ。もう形振り構ってられないさ……」
遠い目をして語るデクスターに哀愁が漂っている。
実際彼の言っていることは正しい。いくらデクスターが名家の出だと言っても、辺境伯ほどの権力者をどうにか出来るほどではない。
そしてそれは僕にも言えることだった。
この国の公務員は、貴族平民問わず実力主義であり、その身分に関しては公正公平なはずではある。身分によって差別されることは、法規上はない。
が、貴族というものは歴史を持つ家柄だ。下手をすると、この国よりも長い歴史を持つところもある。そして、そういった力の影響力というものは未だなお健在だ。特に、国内ではさほど影響がないとしても、対外的にはまだまだ有用らしい。
他国のように、露骨な貴族主義とまではいかないが、それなりに力を持っているのは確かである。
一応、デクスターも名家の出ではあるが……何かこいつに対してはこう、逆らいたい欲が出るんだよな。
「とにかく話だけでも聞いてくれるとオジサン嬉しいんだけど」
「……仕方ねーな。話せ」
「クラフトさんめっちゃ偉そうですね。一応上司なんですけど」
今にも心中しそうな――僕を巻き込みかねないデクスターを見ていると、流石に僕も頭ごなしには断れなかった。
仕方なく、備え付けられている革張りの高そうなソファーに腰を下ろす。
完全に立場が逆転している僕らを見て、アンも呆れながら座る。
「どうせまた、面倒な話なんだろ……」
「クラフトさん、流石にポートゥクストよりも酷い話なんてそうそう……あー、辺境伯からの直接指名でしたっけ」
僕とアンを順に一瞥したデクスターは、こほんと一つ咳払いをし、今回僕を呼びつけた理由を話し始める。
「まぁ、そんなに複雑な話じゃないよ。最近、辺境伯領――ロードアイランド領で新しい遺跡が発見されたんだ。まぁ、それについては別段珍しくはない。都市の近くという点では珍しいかもしれないけどね」
「あー……そう言えば新聞で読んだ気がするな。『フェデラル丘陵』の話か?」
「あったりー。オジサン、話が早くて助かるよ」
遺跡が発見されること自体は、デクスターの言う通り珍しいことじゃない。
神代に無数に造られたとされる数々の遺跡は、今なお、地に埋まっていたり、前人未到の地にそびえ立っていたりするのだ。
専門家の話によると、全世界で発見された遺跡の数は、存在するとされているものの僅か三割にも満たないらしい。
世界の大陸のうち、未だに未開拓な場所を含めると、未発見の遺跡はもっと多いとのことである。
フェデラル丘陵は、アルカルム王国の南東部に位置するロードアイランド領の、中央部に位置する。
中央都市であるダウンシティの郊外に存在しており、そう考えると、都市部の近郊で新しく遺跡が見つかるのは珍しい。
「そのフェデラル丘陵の遺跡――便宜上、フェデラル遺跡と呼ぶことにしたんだけど、そこでの発掘作業が思いのほか難航してるらしくてね。チャールズ君」
「はい」
チャールズが一つのブリーフケースを手渡してくる。
そこには赤い字で大きく極秘、と書かれていた。デクスターの眼が光った気がするが無視する。
封を開け、中の資料を取り出す。
横からアンが背を伸ばして覗き込んでくる。女の子特有の柔温かい感触が腕を通じて伝わってくるが、今はそれよりも邪魔だという感覚のほうが強い。
「発見は1ヶ月前か……」
発掘作業の進捗状況が、文章と図でまとめられている。
写真を見るに、丘陵の内部に遺跡全体が埋もれているようだ。
遺跡にも色々あるが、古いものほど地に埋もれていて、全容が分からないことが多い。
僕は遺跡発見のニュースは、新聞で記事を読んだぐらいの情報しか把握していないし、その件の丘陵に関しても、存在こそ知ってはいたものの、実際に行ったことはない。
「遺跡とは言ったものの、本当に遺跡なのかどうかは確定してないんだけどねぇ。単なる倉庫のようなものの可能性もある。まぁ、それも遺跡っちゃあ遺跡だけど。何せまだ中を確認出来てないんだ。学者たちの話によるとほぼ間違いないだろうというお話」
「ウチが動くと言う事は、完全に国預かりなのですね?」
アンの言葉にデクスターは無言で頷く。
基本的に新しく発見された遺跡は、探索者が発見したものであれば、探索者組合が主導権を握る。
原則、内務省国土局――国内の領地に関する部署だが――、要は国が遺跡に対して干渉できるのは、ギルドの手が入った後か許可が出た後か……もしくは、ギルドが諦めた場合だ。
おそらく今回は……。
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