9頁 ピンクの小悪魔来襲①
取り敢えず、出頭するのはお昼を食べた後にするとして、僕は再び本に意識を落とす。今から行って戻ってくるとなると、中途半端な時間になるしな。
魔法も運動も苦手な僕だが、どれだけ本に没頭していても周りの会話にはついていけるという地味な得意技がある。人に自慢しても呆れられる特技だが。
「そう言えば。騎士団の中央大隊が遠征から帰ってきたそうですよ」
「そのようですね。もう一月はかかると思っていたのですが」
アンの何気ない呟きに、アミタが僕の空になったカップにコーヒーのお代わりを注ぎながら答える。
「何でも帰還命令が出たらしいです。と言っても戻ってきたのは第三……第四らしいですけど」
騎士団。
それはこのアルカルム王国における、公権力を実行するための暴力装置――と言えば聞こえが悪いが、治安維持のための実力組織のことである。
僕らが所属しているのは治安維持治安管理局ではあるが、どちらかと言うと事務方の仕事が多い……はずである。多分、僕ら特務課には適用されていないのだろうが。
対して騎士団は国内外に対する治安維持、要は主だった実働部隊のそれだ。僕たちは内勤が主だからな。
世界的に見てもこの国の騎士団という組織は練度が高い。たびたび他国への合同演習という形で遠征を行っており、周辺各国への抑止力となっている。
探索者とは違い、騎士団は完全に国の所属だ。故に、王の一存でその万を超える人数を動かすことが出来る。
このアルカルム王国は、実力主義を掲げているおかげで、騎士団や僕らのような内政に係わる公務員の就業年齢には制限がない。アンが16という若さで僕の補佐をやっている点からも明らかだ。
実力さえあれば一定の身分――貴族や平民という意味でなく犯罪者でない、一定以上の教養があるという意味である――があれば、試験に突破することで比較的誰でも公務員となれる。もちろん、試験は簡単ではないが。
その実力主義こそが、このアルカルム王国を短い年月で巨大な国家へと成長させたのは明白だった。
何故そんな実力主義がまかり通るかと言うと、トップである国王陛下が、この国で一番の実力者だからである。最近は事務作業ばっかりで身体が鈍ってきているとボヤいてはいたが。
逆らう者には容赦はしない独裁者という訳ではないが、その力が国内外に知れ渡っているからこそ、この国が大国で在り続けられる一つの要因と言って過言ではない。
「鍵は締めておいた方が良さそうですね」
「承知しました」
アミタがアンの言葉を受けて、出入り口の扉に鍵をかける。
特務課は内務省庁舎の奥の奥にあるので、基本用事がある者以外は訪れることもないし、部屋の前を通りかかることもない。
通信魔道具で連絡は取れるため、わざわざこんな最果てまで来る物好きはいない。
――約一人をを除いて
「やっほーぉう! ダーリン元気してたぁー!?」
高い声と共に、鍵をかけたはずの扉を破り飛び込んでくる人影。
そのままの勢いで、僕の背後に回り、座っている僕の頭を抱きしめるように腕を回してくる。
柔らかな肉を無理やり当てられているせいで少々苦しい。
「苦しいんですけど」
「やだー。だってぇ、一ヶ月ぶりだもーん」
「というか、鍵かけてんのにどうやって入ってくんのお前」
「えぇー? 鍵なんかかかってなかったよ?」
うそつけ。
背後から頭を抱きすくめられているせいで、柔温かいものに後頭部が包まれるが、僕には物理的に振り払う力はないのでなすがままである。
むしろ嫌がると、更に締め付けてくるので質が悪い。
野良犬に噛まれたようなものだと思って、離れるまで待つのが僕にできる最善の策なのだ。
……決して堪能しているわけではない。
「んふふー。やっぱり生ダーリンは最高! もう一人でするのは流石に飽きちゃってぇ。ねぇねぇおっぱい柔らかい? 気持ちいい?」
「エーリカ、そろそろ離れろ」
「実はねぇ。今ノーブ――チッ!」
僕の頭上一〇センチの空間を何かが横切る。
その寸前、エーリカは素早く飛び退き、距離をとる。
「あにすんのよっ!」
「それはこちらの台詞です、エーリカ様。中央大隊が帰ってきたのは聞いていましたが……やはり現れましたね」
包丁を構えたアミタの冷徹な声がエーリカに届く。
エーリカ・ツィン――ピンクのサイドテールを揺らしながらアミタに食って掛かるこの少女は、こんなでも王国騎士団中央第三大隊の副隊長を務める。
「アンタ今、本気で首狙ったでしょ!?」
「半分は」
「――ッ! ほんっと! 腹立つわねぇっ!」
エーリカも合わせて臨戦態勢をとる。
アミタと比べて背が低く、僕とそこまで変わらない背丈だが、黒いインナーと徽章の付いた白いジャケットを窮屈そうに押し上げる女性的な体つきは、アミタとは正反対に映る。
それに加え、黒いショートパンツにサイハイブーツという出で立ち。これは騎士団の制服の一つらしい。儀礼的な者よりも実用性を重視しているのだとか。
犯罪者取り締まり、時には魔物をも駆除する騎士団の装備にしてはやや軽装に思えるが、これは彼女が魔法を主体に扱う『魔法師』だからである。
騎士団にも前衛主体の部隊と後方支援主体の部隊があるが、魔法師は大抵後者に当たる。中には魔法をぶっぱなしながら突っ込んでいくような者もいるが。
魔法自体は誰でも扱うことのできる技能ではあるが、その中でも特に才能があるものはエーリカのように騎士団や王宮に魔法師として採り上げられるそうだ。
「今日という今日は! どっちがダーリンに相応しいか決着をつけたげるわ!」
「ええ、構いませんよ。引導を渡して差し上げます」
何故かこの二人は仲が悪い。
アンに理由を問うても、「クラフトさんは一度死んだ方が良いですよ」としか返事が返ってこなかった。ひでぇ。
「うーん、この……」
「思っていた以上の展開になりましたね。……いえ、いつものことですか」
アミタは包丁を。エーリカは懐から取り出した弓を構える。
弓と言っても狩猟につかうような弓矢ではない。弦楽器を弾くときに使うあの弓だ。
「やるなら外でやれ外で」
僕がここまで落ち着いているのも、このやりとりが一度や二度ではないからである。寧ろ二人が顔を合わせるたび毎回である。
「承知致しました」
「待っててねダーリン。すぐこのまな板の呪縛から解放してあげるから」
「いいでしょう駄肉。三枚おろしにして差し上げます」
「まな板から洗濯板にしたげるわ!」
毎度のことながら意味不明なやりとりである。
だが、いつも冷静なアミタがここまで感情を露わにするのはエーリカ相手にだけである。
ちなみに、当のエーリカは誰に対してもいつもこんな感じなのであまり変わり映えはしない。
まぁ、喧嘩するほどの間柄って言うし、良いガス抜きになっているに違いない。
二人とも僕の言う通り、大人しく外へ出ていった。
その後姿を見送ると、アンが嘆息するように言った。
「今回は扉が壊れなかっただけ良かったですね」
「一応言っておくけど、僕のせいじゃないからな」
「根本的原因はどう考えてもクラフトさんですよね……」
心外である。アミタはともかく、エーリカがあそこまで僕に構ってくる理由が一切わからない。
単なる好意にしては異常すぎる気がするが。
後に聞いた話によると、庁舎の中庭でハイレベルな攻防を続けてる二人の姿が見られたそうだ。騎士団長も見に来てたとか。
その際に両名が口にしていた「まな板!」「駄肉!」と、罵倒の応酬について問いただされたが、僕は知らぬ存ぜぬを貫いた。
いや、もうね。
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