7頁 厨房の妖精
内務省の庁舎は王城に隣接している。
内務省に限らず、各庁舎は王城から徒歩で数分以内に移動できる場所に建てられており、各組織の行き来を円滑にすることで政務の効率化を図っている。
治安維持管理局もその多分に漏れず、王城の一区画隣に存在する。
そんな管理局の庁舎から二区画ほど離れたところに、僕たちが住む家がある。
大通りから少し離れた場所に建つそれは大きくもなく、さりとて小さくもなく、僕らが過ごすにはちょうど良いサイズだ。
ここは僕らが特務課に所属する少し前に、アミタが見繕って購入した拠点である。
元々は王城に襲撃をかけるための拠点として購入したとか言っていたが、僕は聞かなかったことにしている。
小さいながらも庭がある、石造りの二階建てだ。
一階にはリビング、厨房兼食堂、風呂トイレが完備されており――もちろん厨房はウィルのリクエストもありそこそこ良い設備にしたらしい――、二階には各寝室が4つ。
ダレスを除く僕ら4人で住むにはちょうど良かったのであるが、2年ほど前からアンが「クラフトさんは目を離すとすぐにサボりますからね」などと言って、寝食を共にしている。
そのせいというわけではないが、アミタとウィルが同室になった。
ちなみに、ダレスはよく女を連れ込むので出禁になった。
ある朝、僕は息苦しさで目を覚ました。
温かな重みを腹の上に感じる。この感触は以前に何度か経験していたので覚えがある。
膨れてる布団をめくってみるとそこには、僕の予想通り、銀に近いプラチナブロンドのロングヘア―を持つ幼女が寝息を立てていた。メイド服のままで。
「ウィル、起きろ」
柔らかな頬を指で突くと、ウィルが目をこすりながらゆっくりと起き上がった。
アミタと同じく僕の従者である彼女は特務課ではなく、現在は庁舎の食堂でその腕をふるっている。
眠そうな表情しながら、僕の上で頭をゆっくり左右に振っている。未だ微睡から抜け出せないらしい。
「……ご主人、おはよう……くー」
「起きたそばから寝るな。ここで何してんのお前」
常に眠たそうな表情をしているせいか、本当に眠いのかどうか判断に困る時があるが、今は本当に眠いらしい。
僕の疑問に、舌足らず気味に答えるウィル。
「……んー、添い寝?」
「いや、状況を聞いてるわけじゃあない、理由だ理由」
「……寝たいから?」
添い寝というより、もうガン寝じゃねーか。
要領を得ないのはいつものことなので、もうこれ以上問答を続けても仕方がない。
「取り合えず起きるから、そこを降りなさい」
「……うー、もうちょっと」
そう言って、僕のシャツを掴み、胸元に倒れこむウィル。
いつもであれば。朝の時間帯となると階下の厨房で準備にてんやわんやしているはずなのだが。
何故か今朝は僕から離れようとしない。こうなると僕の力でウィルを引きはがすのは困難だ。物理的な意味でも。
もうめんどくさいので、甘えてきたウィルの頭をわしゃわしゃ撫でる。
「……ご主人、もっと」
「そろそろ来るぞ」
「……だいじょぶ。アミタ姉は今忙しいはずだから」
「朝飯はアミタが作ってるのか?」
アミタが忙しいならウィルも忙しいはずなのだが、僕の考えを読んだのか、普段の抑揚のない表情に珍しく笑みが浮かぶ。
「……完全自動調理で料理は完璧。少なくとも15分は問題ない」
「前に言ってたアレ完成させたのか」
「……これでこの時間はご主人とイチャイチャできる。えへへ」
鼻息荒く、どや顔を見せつけるウィルだが、相変わらず表情の変化に乏しい。普段との違いが判るのは僕を含めたごく一部の身内だけだ。
「……じゃあご主人。一緒に寝――」
「何をやってるんですか――ウィル!」
大きな音を立てて寝室の扉が開かれる。
そこには、トレイを持ったアミタが、これまた冷静な表情で立っていた。
ウィルが僕に乗ったまま少し驚いたような表情で、戸口に立つアミタを見つめる
「……? 添い寝?」
「状況ではなく、理由を聞いているのです」
「……アミタ姉? 野菜いっぱい置いてたはずなのに……どうして」
「そんな小細工をしてたのですか……少し本気を出せばアレぐらいは捌き切れます」
残像を残すようなスピードで食材を切り刻むアミタの姿が目に浮かぶ。
「……計算を間違えた」
「ほら、行きますよ」
アミタがウィルの首根っこを掴み、僕から引き剥がす。
エイジングよりもさらに幼く、背も低いために、アミタぐらいの膂力であれば簡単に持ち上げられるようである。僕には無理だが。
ここで暴れるようなウィルではないが、恨めしそうな声をアミタに向けた。
「……アミタ姉ばっかりずるい。ウィルにもご主人といちゃつく時間を用意すべき」
「だ、だっ誰がご主人様と――」
「この前だって魔力の……」
「ウィル! ほらまだ配膳が残ってますから! 戻りますよ! では、ご主人様、失礼致しますっ」
アミタはウィルを腕に抱きかかえたまま、慌てて部屋を出ていった。
いつも冷静なアミタには珍しく、顔を赤らめていたのは見間違いではあるまい。
▽▽▽
朝の騒動から数分。
身支度を整えた僕は、階下の食堂へと顔を出した。
食堂と厨房は繋がっており、ここで食事をとるのが日課になっている。
朝食や夕食は皆で一緒に取ることが多いのだが、個人で起きる時間がまちまちなので、時間が合うかと言われると微妙なところだ。
「いつも通りというか、あれだな……」
僕は誰もいない食堂の空いていたスツールに腰を下ろした。
そこに小さな影がトレイを持って近づいてきた。ウィルである。
「……ご主人、ごはん」
「ん? ウィルが持ってくるのは珍しいな」
ウィルは調理担当であるからして、基本的に僕の配膳をするのはアミタの役目のはずだった。
背の低いウィルでは配膳するにも一苦労だ。
だがこの少女はどこか楽しそうに、皿を並べ、カップにコーヒーを注ぐ。
「……今日はアミタ姉に代わってもらった」
「ああ、そういうことか」
なるほど。朝の騒動はこうやって停戦条約が結ばれたらしい。
ぎこちなく並べられた朝食は、どこかいつもとは違って新鮮味がある。
配膳を終えたウィルは、隣の空いていたスツールに座る。
どうやら僕が食べ終わるまで見ているらしい。
「……あーん、する?」
「その気持ちだけ受け取っとく。ウィルはもう食ったのか?」
「……うん」
流石に誰かに見られる可能性がある場所でやるのもどうかと思うので――無くてもやらないが――そこは丁寧に断っておく。
今日のメニューはフレンチトーストと聞いてたが……何故かロール状になっている。
皿の上にはロール状に巻かれ、軽く焦げ目の付いたキツネ色のフレンチトーストが3本縦に並んでおり、粉砂糖が薄くまぶされている。
小さく刻んだイチゴとベリー、ミントの葉が添えられており、見た目にも華やかだ。
「フレンチトーストだよなこれ」
「……新しく思いついた。名付けてフレンチロールトースト。食べて」
そのまんまのネーミングである。
促されるままに、ナイフを入れると、切り口からジャムが溢れ出る。
あぁ、ジャムを巻いて焼いたのか。なるほど。
口に含むと、甘すぎないベリージャムの風味、卵と牛乳のコクがマッチしていて、一言では表せない美味さが広がる。
トーストは柔らかすぎず硬すぎず、しっとりしているがふわふわという普通のパンでは味わえない食感だ。
鼻に抜ける甘い香りは……バニラエッセンスか。
「美味い。朝からこれだと重すぎるように思ったけどそんなことないな」
「……作り方はいつもと同じ。今回は卵液にバニラエッセンスを加えてみた」
意外とサクサク食べられる。
1本目を切り分けて口に運ぶ。今度はジャムの代わりにヨーグルトソース。
酸味が邪魔をするかとも思ったが、ソースはそれほど酸っぱくなく、程よい甘さに仕上げられている。
「……ヨーグルトのソースにはちょっと砂糖多めに入れてある。酸味が抑えられてると思う」
こうなると、残りも何か違うものが入ってるな――と、思った僕の予想通り、最後の1本はチョコソースだった。
ビター過ぎず、かといってフレンチトーストそのものの甘さを邪魔しない程度に抑えられている。
うん。考えられてるな。
朝食にそこまで力を入れる必要はないと思うが、ウィルは料理に関して妥協はしない。
「……美味しかった?」
「ああ、いつも通り美味かった。いつも通りのフレンチトーストなら粉砂糖だけだしな。これは新鮮だ」
そう言って隣に座るウィルの頭を撫でてやる。
嬉しそうに目を細め、堪能するウィル。
「朝から……高カロリー摂取できるのが羨ましいですよ……」
と言いつつ、恨めしそうな目で僕たちを見やるのは寝起きのアンだった。
手には野菜と果物で作ったと思われるスムージーを持っている。
「……あっちゃん別に太ってないよ?」
「別に気にする必要性もないだろ」
「ありますよっ! 私はアミタさんみたいに細くないですし! 最近ちょっと危なくなってきてますし!!」
「それで、朝はそれだけか」
「……朝は食べないと力が出ない」
コップを握りしめながらぐぬぬ、と唸る眼前のダイエットガール。
「わかってます! わかってるんですよそれはぁ……でも乙女には耐え忍ばなければならない時があるんです! 特にウィルちゃんのご飯は美味しすぎてついつい食べ過ぎてしまうのが……」
「乙女」
「……おおぅ」
アンの心の叫びに気圧される僕とウィル。
「それほどでもないとは思うけどな……育ち盛りにご飯を食べない方が身体に悪いぞ」
アンの体型はそれほど太ってるようにも見えないし、かといって痩せ過ぎているようにも見えない。
むしろ、同年代ではスタイルは良い方……と、某貴族の女から聞いたことはある。
「維持するのに必要な経費と言いますか……って、クラフトさんどこ見てるんですか」
「……ご主人、えっち」
「心配せんでもそんな気はない」
「それはそれで何か悔しいですけどー……まさかそっちの趣味が!?」
アンの抗議を無視し、コーヒーを啜りながら地方紙を広げる。
ほー、最近郊外で新しい遺跡が発見されたのか。
「聞いてるんですか! クラフトさん!?」
「うーむ……朝から騒がしいのう」
頭を押さえながら、寝ぼけ眼をこすりながらエイジングが僕の対面へと腰を下ろす。
「……えっちゃん、二日酔い?」
「うむ……昨日、ダレスの奴に飲まされてしまっての。シジミ汁はあるかの」
「んなもんあるか」
「……作ればある」
「あるんですね」
ダレスと二人で晩酌とは危ない絵面である。
ちなみに、この国の法では飲酒に関する年齢制限はない。他の国では成人まで禁止されているところもあるらしいが。
まぁ、そもそも見た目と実年齢が合わないことなどそれなりにあるので、その辺り取り締まっているとキリがないからかもしれない。
「それはそれとして! 何か美味そうなものを食べておるではないか! 我も我も!」
「ウィル、用意してやれ……」
「……おっけー」
椅子を飛び降りると、とてとてとキッチンへと向かっていく。
その後、ウィルの新作にいたく感動したエイジングは、しばらくの間毎日同じフレンチロールトーストを食べていたが、それを見るアンの目つきが段々ヤバいことになっていたのはここだけの話である。
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