6頁 エイジングという女
「なるほど……それで、こ、ん、な、抗議の連絡がきてるんですね」
「遺憾の意を表明しといてクダサイ」
ブリストルの探索者組合から所属する探索者二人をぶっ飛ばしたことについての抗議文が届いていた。
今回に関してはこちらは絡まれた側……いや、最初に首を突っ込んだのはエイジングなのだが、先に手を上げたのは向こうである。
この件はプロヴィデンスのギルドの責任者であるリチャードからも言質を取っているのでスルー推奨だ。
「まぁ、いつものことだけどな?」
「いつものことじゃの」
「二人ともその考え方はどうにかした方がいいと思いますよ……」
アンが呆れたように言い放つが、こういった抗議文や苦情は珍しいことではないので仕方がない。
まぁ、その大半は根も葉もないデタラメや逆恨みによるものなのだが、たまに本物が混じっているのがミソである。
「そう言えばほれ、完了報告書じゃ」
エイジングが用紙を取り出して、アンへと手渡す。
担当していた案件を完遂させたときに、発行することになっている報告書だ。忘れがちだが僕たちは公務員なので、こういった形式ばったところはやはりお役所的なのであった。
治安維持管理局、特に特務課の仕事というものは多岐に渡る――と言えば聞こえはいいものの、実際のところその殆どが雑用である。
しかも、僕たちの普段の業務は、雑用から更に抽出されたあとの残りカスのようなものばかり回されるのでたまったものではない。
それも遺跡に係わるものであればまだ納得のいこうものだが、他の部署やら、果ては騎士団やギルドから流れてくるものさえあるのだからタチが悪い。
かといって、面倒極まりない特務ばかり振られても困るのだが。
「……はい。確かに確認しました。お疲れ様です、エイジングちゃん」
「ちゃん付けはよさぬか。これでもおぬしのゆうに数十倍は生きておるというに」
「ふふふっ。そんな見た目で言っても説得力ないですよ。もうちょっと現実味のある冗談であれば私も納得しますけど」
「ぐぬぬぬ……」
確かにエイジングの見た目は、13、4歳のそれである。
濡羽色のロングへアーと、釣り眼がちな赤眼を持ち、見た目だけは頭に美がつく少女である。
喋り方こそ古風ではあるのだが、アンにはそれも背伸びをしたい思春期特有の病気と片付けられていたりするので、恐らく彼女の中でエイジングは可愛い妹分みたいな存在になっているのだろう。
見た目こんなでも、公務員となれるのがこの国の実力主義に基づく有難い制度である。
ちなみに彼女のフルネームは『エイジング・ハブ・ハーツ』という。もちろん偽名である。彼女には本当の名前が他にあるのだが、それを知られるのを嫌っており、他人にはエイジング呼びを強要する。
何でも力が弱まるとか何とか。本当かよ。そういうことを言っているからなんちゃら病とか言われるのだ。
基本メイド服しか着用しないメイド二人や、着れるなら何でもいい僕とは違って――とは言ってもアミタがそれなりの物を用意してくれるのだが――、この少女は衣装持ちである。今日もフリルやレースがあしらわれたブラウスと黒のジャンパースカートを身に着けており、髪の色とは対象的に、死体のごとく白いエイジングの肌にマッチしている。
「毎日違う装いというものはやはり良いものじゃのう」とは、エイジングの弁。
そういうわけで服と食にばかりお金をかけているこのお嬢さんは、万年金欠であった。衣食は足りてる割に礼節はないが。
「クラフトっ! お主からも何とか言わんか!」
「何とか」
「そういうボケは求めとらん」
「二人とも……漫才は間に合ってますよ」
意外なことに、この職場で一番仕事を数こなしているのはこのエイジングである。
アミタは僕を優先するきらいがあるため――僕としては楽が出来て大変ありがたいのだが――、質は高いが数はそれほどでもない。
まぁ、エイジングに関してはその質がアレだったりするのだが。
一応、完了はさせるのでこちらとしても文句は言いづらい。
「そういえばもうそろそろボーナスの時期ですね」
「もうそんな時期か……」
僕たち、この国の公務員は、一年に2回、ボーナスという通常の給金とは別に支払われる報奨金がある。
その額は、半年間の仕事ぶり――その者の業務成績によって決まる。
もちろんそれだけでなく、年齢や素行、能力も影響するのだがそれは微々たるものだ。
そして、その評価をするのが、直接の上司である僕である。
ちなみに、僕の評価は局長が行う。
「そう言えばエイジング。お前、仕事で探索者ボコったらしいな?」
上司として、その辺り問い詰めておく必要がある。僕の管理責任も問われるからな。
都合のいい時だけ上司面するなとか言わないように。
「む……バレておったか」
「バレますよ! 相手の方から、ギルド通じて抗議があったんですからね!?」
「仕方ないじゃろ」
「何があった。事と場合によってはボーナスは無いものと思え」
「鬼かお主!?」
探索者同士のいざこざであれば特に珍しいものではない。
お互い自己責任の範疇ではあるし、余程酷い場合か殺し合いにまで発展しなければ、ある程度はお目こぼしされる。発生件数に検挙数が追い付いていないというのが現状らしいが。
今回の件も、相手からの抗議であって、法的な処分や騎士団からお咎めがあったわけではない。そこからして相手側にも非が多分にあるのだろうけども。
「で? まさか探索者を殴り倒すのがお前の趣味というわけじゃないだろ」
「うむ……思い出すのも悍ましいんじゃが――」
エイジングはつらつらと語り始めた。
いつも通り、遺跡と関係のない仕事を担当していたエイジングは、指定された場所へと赴いた。
こういう仕事は騎士団にでも回せと散々声を上げているもの、我々表向き弱小部署の言葉など上には響かない。
……いや、最終手段を取ればどうにでもなるんだけどな?
で、その内容はと言うと、増えすぎた野生動物の間引きらしい。魔物を相手にするわけでもない、何だかんだで、エイジングの実力であれば比較的安全な内容の案件である。
だが、数が数なので、発注者はギルドにも発注をかけていたらしい。ブッキングしたとも言えるが、今回は複数人で共同作業に当たる感じに落ち着いたので、その辺りは問題なかった。
しばらくして、必要人数が揃い、作業が始まった。
前半は滞りなく進んでいったという。内容の割には報酬も悪くないらしく、探索者たちは嬉々として動物を狩っていたらしい。
ただ、僕たち公務員はもちろん公務である。報酬は個別に支払われることはない。
仕事の如何に関わらず、給金が出るのは役所勤めの良いところだが、探索者のように一攫千金を狙うことは適わない。
まぁ、僕としては生きていくのに困らないぐらい貰えれば十分なのだが。あ、本買うぐらいは余裕が欲しいけども。
話を戻そう。
順調に時間は過ぎていったが、問題は昼の休憩中に発生した。
あまりにも簡単すぎる仕事内容のせいか、一人の男――もちろん探索者だが――がエイジングへと粉をかけてきた。
どうにも中だるみしたらしい。馴れ馴れしくエイジングの肩に手をかけこう呟いたという――「このまま二人でフケちまおうぜ」と。
最初の顔合わせの時点で、変な視線を感じていたようだ。まぁ、一応エイジングも美少女の類なので分からなくもない。
だがこともあろうか、その男は肩から腰、挙句には尻にまで手を伸ばそうとしたらしく、元々そういう気を起こそうとしていたのを察したエイジングがそこでキレた。
沸点が低すぎると思わないでもないが、彼女は変に身持ちが固いので安易に触れられるのも良しとしなかったのだろう。
「なるほど……同じ女性としてはその気持ち悪さはわかる気はしますね」
「ギルドの件と言い、探索者ってロリコンが多いのか」
「見た目や歳に関係なく、セクハラは極刑ですよ極刑」
アンが力強く語る。
そうなるとダレスは何度死ななければいけないのだろうか。
「いや、その時点では軽くいなしたんじゃがの」
前半のくだりは何だったんだろう。
「問題は、その後でな……」
昼休憩を終えて、後半の作業に入っていた最中、袖にされた腹いせなのか、件の男から執拗な嫌がらせを受けたらしい。
直接、エイジングに危害を加えるわけでもなく、狩りの足を引っ張るような行動が目立ったという。それも明らかにエイジングを標的としたものだ。
「まぁ、お前なんかに手を出そうとした時点で、その男の器が知れたってことだろ」
「何か引っかかる物言いはよさぬか」
「それで流石に腹を立てて……ってことですか」
「うむ」
エイジングが大きく頷く。
原因はその男にあるとはいえ、魔法治療で全治2ヶ月とはエイジングもやりすぎではある。相手の抗議には適当に返事しておくが、どうもウチのメンバーは血の気の多いのが大い気がする。
アンも同じことを思っているのか、半ば諦めたかのように呟いた。
「はぁ……もう今更ですけど、ウチの立場を悪くするようなことだけは慎んでくださいね……せめてやるならウチと分からないようなやり方にしてください」
「これ以上悪くなる立場なんかあるか……?」
「うむ。次からは気を付けよう。迷惑をかけたの」
物分かりはいいが、これで3回目で常習犯だからな。こいつ。
「さて、昼餉よ昼餉! この後も仕事があるからのー」
エイジングがしれっと席を立ち、食堂へと向かう。逃げたな。
「おっと、もうそんな時間ですか……クラフトさん、お昼からはお仕事してもらいますからね!」
「昼からはちょっと用事があるんですけど……」
「どうせまた本屋さんに行く用事とかでしょう!? 本は取り寄せときますので、お仕事してください、ね?」
アンの冷笑が突き刺さる。
どうやら今日もまた一日解放されそうにない。
お読みいただき有難う御座います!
宜しければ、ブックマーク、★★★★★評価お願いいたします。
また、ご感想もお待ちしておりますので、ご遠慮なくどうぞ。




