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魔王──神に仇なす者、人類の敵対者、常識の破壊者、命の簒奪者……呼び名は数あれど、一貫しているのは悪である、ということ。
勇者──神の代行者に選ばれし者、人類の救済者、歴史を作る者、導く者…てん呼び名は数あれど、一貫しているのは正義である、ということ。
本来であれば、対峙した時点で僕の命はない。
正義が悪を討つ。
勇者は魔王を滅する者として存在し、決してそれが覆ることはない。
だというのに、目の前の青年はあろうことか僕にこう言い放った。
「ボクは君を助けに来たんだ」
「……は?」
何を言っているのだろうか。
目の前に佇んでいるのは、鮮やかな蒼の髪に金の瞳を持つ、今代最強とまで呼ばれた勇者だ。
中性的な顔立ちで、淡い笑みを浮かべている。
腰に刺さる剣は紛れもなく、唯一無二の神遺物。斬りつけられただけで──いや、向けられただけで僕は死に至る。
にもかかわらず、柄に手をかけることすらしていない。
「うーん……まぁ、いきなりこう言われても信じられないか。今の君にはある意味関係ないからね」
「いや、意味がわからないんだが」
「んー、あまり深く考える必要はないよ。僕は君を殺したくないし、助ける術もあるってこと」
「……最強の勇者様が魔王を殺さないでどうするんだ。それ神から授かった使命なんだろ?」
「正しくは聖女様、なんだけどね。授けてきたの」
「聖女は神の代行者だろ。どっちにしろ変わらんだろうが」
勇者は神の代行者たる聖女によって任命される。
任命された者はその瞬間から勇者となり、魔王討伐や人類救済の使命を帯びる。
神々が地上を去って数千年。その神に代わってその言葉を伝えるのが聖女というわけだ。
故に聖女の言葉は神の言葉に等しく、それに逆らうことは許されない。
「ボク、彼女のこと嫌いだし」
「問題発言だな!?」
「まぁ、それはいいんだ。大事なのはボクは君を殺したくないし、他の勇者に殺させたくもないってことで。そして、君を守る術をボクが持っているってことだ」
「……信じられないな」
ひょんなことから、僕が魔王になって数十年経つが、その間、様々な勇者や機関、組織に命を狙われてきた。
中には味方のふりをして騙し討ちをしてくるような奴もいた。
こいつがそうじゃないとは限らない。
だが──どうにも嘘を言っているようには思えない。確信があるわけじゃないが。
「聖女に逆らってまで僕を助ける理由があるのか」
「とある人からの借りを返す、とだけ言っておこうかな。君にも関係ある人だ」
「僕の知り合い……いや、関係者か。ってもエイジングも、アミタも、ウィルもお前に貸しをを作れるはずもないしな……」
「まっ、そこは気にしなくていいよ」
魔王となる前の知り合い、家族も含めて皆死んでしまったはずだ。
もしかすると子孫がいないこともない、かもしれないが、僕が──クラフトが魔王となっていることは誰も知るはずがない。
「別に君を騙そうなんて思っちゃいないよ。殺そうと思えば、今すぐにでも殺せるんだし」
「でしょうね」
数いる勇者の中でも、最強と呼び声の高い目の前の青年。誰が呼び始めたか、銀の勇者とは彼のことである。
「だから、今は僕を信じて欲しい。そう簡単にはいかないだろうけど、任せてみてくれないかな」
「あいつらは……」
「彼女たちは別の場所に隠れてもらってるよ。手を出していないし、誰にも出させはしない」
「なら、いい」
僕に付いて来てくれたアミタにウィル。
最初は仕方なしだったものの、力のない僕を支えてくれたエイジング。
勇者の言葉を信じるなら彼女らは無事だということか。
だが、既に勇者にロックオンされてしまった以上、僕たちの生殺与奪の権は彼にある。
もう成り行きに身を任せるしかなかった。
「で、僕は何をすればいい」
「うん。取り敢えず200年ぐらい行方不明になってくれればいいかな」
「……は?」
「大丈夫、多分痛くないから」
そう言って、腰の剣を抜き放つ。
陽光に照らされたそれは、銀色に輝く直剣。こいつが銀の勇者と呼ばれる所以だろう。
だがあろうことか、勇者はその剣を僕へと向け始めた。
「おい、ちょっと待て」
「大丈夫、死にはしないよ。あ、彼女らのことは任せてくれればいいから」
「待て待て待て待て!」
「時間もないんだ、じゃあ200年後にまた会おう!」
そう言って、勇者は僕に剣を振り下ろした。
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