とある雨の日
初投稿です。
雨が降っていた。雨足はかなり強く、土砂降りといっていい。
その光景を学校の昇降口から、俺はため息をつきながら眺めていた。
「はぁ、傘持って来てないんだよな。予報では今日は大丈夫って言ってたはずだが」
下校時刻くらいまでは確かに晴れていたが、暗くなるにつれ急に天候が変わった。
そのせいでたまたま遅くまで残っていた俺が、昇降口で途方に暮れる羽目になったのだ。
「正直、困っているからと置き傘に手を出すのもな」
傘立てには誰かの置き忘れた傘が複数立っているが、持ち主の許可無く使うのは窃盗に当たるので、真面目で通っている俺としては避けたいところだった。
せめて誰のものかわかれば許可を得た上で使うのだが、今どき傘はおろか所持品に名前を書くような無防備な人間は居ない。
「止まないものかな。これがまだ梅雨とか夏なら濡れて帰るのもありだったが」
今の季節は冬。それも今日は今年一番の冷え込みだそうで、冷たい豪雨に晒されればどうなるかなど、考えるまでも無かった。
「はぁ」
「はぁ」
何度目かわからないため息をつくと、近くで俺とは別のため息が聞こえてくる。
ため息の方へ向くと、同じクラスの女子が、俺と同じように外を恨みがましく見ていた。
「何で今日に限って降るのよ。しかも傘を持ってない時に限って」
どうやら彼女も同じ境遇らしい。
「はぁ」
そしてまたため息をつく。
全く会話したことも無い間柄だったが、見るに見かねて話しかける。
「傘ならあるが? 誰のか知らないが」
「それ置き傘でしょ? 無断で持っていったら犯罪よ」
「知ってる。言ってみただけだ」
どうやら彼女はかなり真面目な性格らしい。俺も同じなのでシンパシーを感じた。
「でしょうね。あなたもここにいるってことは、置き傘使うのに抵抗ある人でしょう?」
「まあな。むしろあるからって勝手に使う奴の気が知れない」
「それは言い過ぎよ。私達みたいな状況かもしれないじゃない」
確かにそうかもしれないが、勝手に使われた側からはいい気はしないだろう。
「それでも持って行けないのが私なのよね。あなたもそうよね。全く、無駄に真面目だと損よね」
そう彼女は自嘲する。確かに、無駄に真面目で損をしている俺としては同意するところだった。
「そうだな。俺は先生の手伝いしてたらこんな時間になったわけだから、余計にそう思う」
「そうなのね。私も似たようなものよ。本当、真面目なのも考えものよね」
「わかる。だからって放置したり無視も出来ないよな」
「ええ。全く同意見だわ」
クラスメートに真面目で責任感の強い同類がいることを、俺ははじめて知った。
「この雨も、案外悪くないのかもな」
「そうね。お仲間を見つけられるきっかけになったわけだし」
「まあそれはそれとして早く止んで欲しいがな」
「無理っぽいわよこれ。だんだん強くなってるから」
彼女の指摘に、俺は数分前より明らかに雨音が激しくなっていることに気付く。
「もうここまで来ると傘も意味なさそうだな。こうなったら最終手段だ」
「最終手段?」
「残ってる先生に家まで送って貰う。そもそも手伝いが無ければ普通に帰れたんだ。生徒の安全という理由も付け加えればいけるだろう。さらにあんたも居れば確実だ」
少なくとも彼女の方は通るだろう。仕事を手伝った未成年女子を夜、豪雨の中一人で帰宅させるのはいくらなんでも風聞が悪いからだ。
「優等生さんが悪い顔してるわよ?」
「これは雨のせいってことにしてくれ。よし、職員室に行くぞ」
「はいはい、わかったわよ」
そうして職員室に向かうと案外あっさり、むしろ先生の側から送ると言われたので拍子抜けした。
「お前ら真面目だから、このくらいはしてやるさ。というか傘が無いなら最初から言え。まだ残ってて驚いたぞ」
とは先生の弁だ。
俺と彼女、どちらかが最初から傘を持っていないと言っていたら、多分もう片方はまだ昇降口で外を眺めていただろうから、結果的にはこれでよかったと思う。
そして、先生に車で家まで送って貰い、彼女の家に先に着く。
「先生、ありがとうございます」
「おう、いいってことよ」
「あなたもありがとう。あなたと会わなかったらまだ昇降口で黄昏れてただろうから」
「それは俺も同じだ。こっちこそありがとうな」
彼女と会わなければ置き傘を使うかどうかで今も悩んでいただろうから、きっちり礼は告げておいた。
似たもの同士だからこそ、俺が告げた感謝の意味も正確に伝わったようで、彼女は苦笑を浮かべていた。
「本当、お互い様よね」
「全くだ。じゃあまた明日学校でな」
「ええ、また明日」
こうして、ほとんど交流の無かった俺と彼女は、普通の友人みたいに明日の約束をして別れた。
「なんだお前ら、そんなに仲良かったのか?」
「まさか、今日初めて話したくらいですよ。似たもの同士だから意気投合しただけですって」
「そうか。お前らみたいなのは一人だと潰れるから、二人居てちょうどいいくらいだ。仲良くしとけよ」
妙に心に刺さる忠告をされたところで、俺の自宅前まで到着した。
「先生、ありがとうございました」
「また遅くなるときは遠慮するなよ。お前ら二人のおかげでまじで助かってるからな。じゃあな」
先生の車を見送り、自宅の扉を開き帰宅した。
こうして、とある冬の雨の日は終わりを告げた。ここから彼女との長い付き合いが始まり、交流が交際へと変わっていくのはまた別のお話。
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