第四話
家を出てから約15分、一戸建ての家が並ぶ中一つだけ茶色くて古いアパートが見えてきた。
「着いたな」
「う、うん…」
たかしはこのアパートの2階に住んでいる。
ただいまの時刻は6:55。
まだ7時になっていないが、普通ならたかしの母さんはすでに仕事へ行ってる時間だ。
もし居たとしても、何とかしてたかしのお母さんを説得して中身が沼田芽衣子のたかしに会わないといけない。
「ふぅ、大丈夫」
たかしは自分の気持ちを落ち着かせるように呟いた。
そしてゆっくり階段を上がっていく。
僕もその後を着いていった。
階段を上がり、一番左の奥から二番目にたかしの家がある。
いつもなら鍵を出して、ドアを開けるだけだが今日は違う。
ピーンポーン
たかしがインターホンを押す。
が、しばらく沈黙が続いた。
「…やっぱり寝てるか」
たかしはシュンとした。
「もう一回押してみようぜ、寝てるのならインターホンの音で起こせるかもしれないだろ」
「だ、だよな。簡単には諦められないよ…」
たかしはまた自分に言い聞かせるように言った。
ピーンポーン
ピーンポーン
ピーンポーン
…
これだけ押しても誰も出てこない。
それどころか物音すら聞こえない。
「はぁ…」
たかしは深くため息をついた。
早くこの状況を理解したい、解決したいと願うたかしは心底残念そうな顔をしていた。
「やっぱ時間を置いてまた来ようと思うわ」
「まぁ、そうだね。」
そんな言葉を交わして僕たちは階段の方へ体を向け歩き出そうとしたその時、
ガタッゴソッ
たかしの家から物音が聞こえた。
たかしと僕はその音を聞き逃さずに瞬時に振り返った。
ゴソッ…ガタッ
また音が聞こえた。
たかしと僕は顔を見合わせて、頷きあった。
《これは確実にいる》
確信した僕らはまたドアの方へ立ち、インターホンを押した。
ピーンポーン
ドンドン
「誰かいませんかー」
今度は声を出してドアも叩いてみた。
しはらくすると、足音がゆっくりドアの方へ近づいて来る音が聞こえた。
「…やっぱりいたんだっ!」
たかしは表情を変えて、小さくガッツポーズをしていた。
「ちょっと待て、家に居るのは沼田芽衣子だ。だとすると、沼田芽衣子のお前が最初から顔を出してきたら確実に混乱するぞ。とりあえず、僕が最初に挨拶して事情を説明するよ。」
「あ、あぁ…確かに。でもよく沼田芽衣子ってわかるな!」
「たかしのお母さんはいつも返事してから出てくるからな。第一今たかしのお母さん仕事だろ。お前が一番分かってることだろ。」
「な、なるほど!」
「ほら、来るからそこに隠れてろ」
「う、うん」
たかしはドアの裏側の方で隠れた。
ガチャり
スゥー
ドアがゆっくり開いた。
そこに立っていたのは、たかしだった。
いや、正しくはたかしの姿をした沼田芽衣子だ。
沼田芽衣子の表情は少し癖がある。
笑う時歯を見せないし、鼻をかいたりして笑ってる表情を隠すような仕草をする。
たぶん、自分の笑顔を見せるのが恥ずかしいのだろう。
僕はそう思っている。
「えっ…お、おはよう…」
沼田芽衣子は少し動揺してぎこちなくあいさつをし、歯を見せないような独特な笑みをしていた。
やはり癖とか特徴は変わってないようだ。
でも沼田芽衣子はいつも通りで、たかし程ショックを受けてないようだった。
「おはよう。たかし」
「…おはよう。その…いきなりなんだけど……君は沼田芽衣子さんだよね?」
「え!…何で……」
「っておい!まだ沼田さんに事情説明してないだろ!出てくるの早すぎだよ!」
ドアの裏側で隠れていたたかしがいつの間にか出てきてさっそく一番大事な事を言った。
たかしは僕の言葉も無視して沼田芽衣子を見つめていた。
沼田芽衣子はたかしが出てきたことで、もっと驚いていた。
そりゃそうだ。
目の前にいるのは自分自身。
受け入れ固いのは当たり前だ。
でもそのあと沼田芽衣子はやっぱりというような顔になり、少し安堵していた。
「…う、うん。私、沼田芽衣子です。」
「そ、そうか。良かった…俺はたかしだよ…何が何やらだけど…」
「フフッ、あ、ゴホッ」
ぎこちなく答えた沼田芽衣子だが、声や見た目は完全にたかしだから僕から見たらまるで沼田芽衣子のモノマネをするたかしのようで不自然に感じて笑ってしまった。
その瞬間たかしと沼田芽衣子がこちらを向いた。
「いや何にもないよ。朝からシャワー浴びてて髪乾かさないまま外でたから、やっぱ寒いな。」
「そうか。何か付き合わせちゃって悪いな!ごめんヒロ」
「えーと全然大丈夫だから。それより沼田さんが朝から起きてて本当良かった。あっ、こんなところで話して誰かに聞かれたらマズイし中で話さない?事情は中で説明するからさ」
「あ、そーだな!入ろ入ろ」
「う、うん」
はぁ、こんなところで笑ったら今までたかしと築いてきた友情が終わってしまうところだった。それどころか困っている友人を嘲笑うクズ男と学校中で噂されて孤立しただろう。
でもこんなの笑われずにはいられない。
まぁ、僕以外にこんな状況を信じてくれる人はいないだろう。
だってこの二人は体が入れ替わるという嘘みたいな事が起きてるんだから。
誰も二人を信じはしないだろう。
中に入ってからある程度事情を説明し終わると、今度は沼田芽衣子が話し出した。
「そ、そうだよね。私も起きたときびっくりした…まだ夢でも見てるのかなって。
でもたかしくんのお母さんがご飯用意してくれてて、あったかいご飯食べたら夢じゃないって気づけたんだ。
たかしくんのお母さんが仕事に出てから一人になって、インターホン鳴ったときに勝手に出ていいのかわからなくて…その…出てくるのが遅くなってごめんなさい。」
沼田芽衣子は申し訳なさそうな顔で頭を軽く下げて謝った。
「いや、謝ることないよ。こんなこと起きたら誰でも混乱するからね……」
「所で沼田さんも朝起きてから気づいたの?体が入れ替わってるって。」
「うん、そうなの。
たかしくんのお母さんが料理してる音が聞こえて…だから4時には起きてたんだ」
「そうだったんだね」
「うん。
あと、たかしくんのお母さんすごい優しかった。ご飯も忙しい中作ってくれて、すごく美味しかった。たかしくんのお母さん、羨ましいや。えへへ」
「あぁ、そ、そうかな。ちょっと恥ずかしいぜ」
たかしは照れたようにして顔を赤らめた。
自分の母親との関係をクラスの人に見られてるのは恥ずかしい。
思春期なら尚更だ。
「…俺と沼田さんいつ元に戻るんだろ」
「うん…何でこんなことになったんだろう…私たち何か悪いことでもしちゃったのかな」
「こんなの何も解決策なんてねぇよ…ねぇヒロどうしよう…俺たち戻らなかったら…助けてぇ…」
たかしは今にも泣き出しそうな顔で僕を見つめてきて僕の腕を掴んできた。
たかしがこんな風になってしまったのは僕のせいだ。
そしてこんなに僕にすがってきて、助けを求めてきてる。
そんな状況がもっと僕を興奮させる。
今だったら僕はたかしを支配できるだろう。
そう思うとニヤニヤしてしまう。
でも横には沼田芽衣子がいる。
何も出来ないのが惜しいところだが今は仕方ない。
って何考えてるんだ…
僕って結構変態だったのかもしれない。
たかしや沼田芽衣子にバレないよう表情だけは冷静に保つようにした。
「今日は土曜日。明後日は学校がある。それまでに戻らなかったら…また何か解決策を考えないといけない。」
とりあえずそれらしいことをテキトーに言った。
「…そう…だね。とりあえずいつ通りに過ごしてみるわ。でもこの見た目だし俺は沼田さんの家で沼田さんは俺の家で家族にバレないように過ごすしかないな。まぁバレてもいいんだが、たぶん信じてくれないだろうし…」
「うん!私は全然構わないよ。たかし君は大丈夫?」
「うん…こんなことになったんだから仕方ないよね。僕も大丈夫!」
たかしは一瞬何となく悲しい表情になったきがする。
沼田芽衣子は逆に少し嬉しそうだ。
この二人の差は何なんだろ。
沼田芽衣子はたかしになって嬉しくないだろうに。
沼田芽衣子を交えて三人で話していたらあっという間にお昼になっていた。
「もうお昼だ。そろそろ帰る?」
「そうだね。もう話すことは話したしそれじゃあ僕らは帰るか」
「う、うん。わかった。わざわざ家まで着てくれてありがとう。」
「うん!また何かあったら電話するからよろしくね」
「うん!」
「バイバイ」
沼田芽衣子と別れたあと、僕たちはゆっくりとしばらく無言で歩いていた。
「なぁたかし、僕の家来る?」
唐突に僕はたかしを家へ誘ってみた。
「ん?あぁ…ど、どうしようかな…」
たかしはまだ落ち込んでるようだ。
そりゃいつ戻るかわからないし、戻れるのかもわからないからな。
「あっ、新作のゲームあるよ。たかしとやりたいなーって思ってたんだよね!」
「え!まじで!うん!もちろんやるやる!」
ゲームの話をすると目を輝かせて見つめてきた。
たかしは本当に単純なアホ。
他の男にも同じこと言われたらホイホイ付いていきそうだ。
そして親友の僕がどんな奴かも知らないで。
本当にかわいそうなたかしちゃん。
まぁ騙したのは僕だから精一杯責任取るよ。
ンフフ…そしてあわよくば…ニィヒヒヒ…
「どしたヒロ?ニヤニヤしててキモいぞ!」
「おっ、お前顔近いよ!別に何もないから。新作のゲームが楽しみで待ちきれない顔なの」
「あ!なるほどね!」
そんなこんなで家につき、それから6時までゲームを楽しんでいた。
「ねぇ…ヒロ…俺帰りたくない…」
突然たかしがそんなことを言ってきた。
「あっそう。別に泊まってもいいよ。わかると思うけどゲストルームあるし」
「うん。でも俺…帰らないとなんだ。」
「ん、あー女の子だし親に心配されるよな。悪い悪い」
「いや、そういうことじゃなくて…」
たかしは俯いてて嫌そうな顔をしていた。
「じゃあどういうこと?」
「沼田さんのお母さんがちょっぴり怖くて」
「何で?何か言われたのか?」
「そうなんだ…。まぁ俺が起きたときの話なんだが……」
俺が起きたとき、そこは知らない所で物が散乱してた。
自分の体を見ると俺の体ではなくて明らかに女の子の体だった。
近くにあった鏡を恐る恐る覗いたらそこには沼田さんの顔が写っていた。
俺は頭の中が混乱していたが、すぐ隣あるキッチンの方にもう一人知らない人がいた。
その人は俺のことを見ると、
「やっと起きたの!もうほんとに役立たず!このバカ娘が!」
と怒鳴られた。
何が何やらわからずボーッとしているとまた
「もうっ早くご飯食ってどっか行きなさい!あっそれと早く帰ってきなさいよ!前みたいに遅く帰ってきたらただじゃおかないからね!7時になる前にはいるんだよ!」
という感じで怒鳴られて、冷凍食品のご飯とハンバーグとインスタントの味噌汁を食わされ、さっさと出てきたわけだ。
つまりあの人は沼田さんのお母さんなのだ。
「なるほど…あまり良いお母さんじゃなさそうだな。」
「そ、そうなんだよ…はぁしんどい。まさか沼田さんのお母さんがあんな人だったなんて…」
たかしは弱音を吐きつつ、そろそろ行くわと言って僕は玄関のところまで見送った。
「じゃあな」
「おう、また」
明日も会うかどうかわからないが、恐らく二人は明日になっても明後日になっても何も元に戻らないだろう。
その日は早めに夕飯を食べていつも通り勉強し、11時には就寝した。