第三話
トントン
「ヒロ大丈夫?そろそろ起きなさい。もう朝よ」
土曜日の朝の6:00を少し過ぎた頃に母がドアをノックする音で目が覚めた。
「はあぁ~」
昨日は風呂に入らず、ご飯も食わずに寝てしまった。
体は汗臭くて、皮膚と皮膚がくっつく様なペタペタした感覚で気持ち悪い。
僕はベッドから出て、そのまま浴室に向かった。
シャワーを浴びてものの5分で浴室から出た僕は、用意してあったスウェットのような服を着て、食欲のそそる匂いにつられキッチンの方へ向かった。
そして椅子に座り母が用意してたパン2枚と目玉焼き、ウインナーを食べ始めた。
土日は学校がない。
だから、こんなに朝早く起きてご飯を食うことはないのだけれど、母親は昨日僕がなにも食ってないから今日も朝早くからご飯を作ってくれた。
にしても、すごく腹が減っていたからご飯が進む。
まだまだもっと食える。
昨日とは一変、普通の日常に戻り僕は安心していた。
ピーンポーン
インターホンが鳴った。
まだパンを一枚しか食べ終わってない。
こんな朝早くから来客が来ることはあまりない。
「珍しいね」
一人言のようにボソッと呟く。
母親は皿洗いをしていたが手を止め、「そうね」と眉間にシワを寄せていた。
母は手を拭いて、インターホン越しで「どなた様でしょうか」と聞いた。
「あ、あの…ヒロさんと同じクラスメイトの者ですけど…。ヒロさんいらっしゃいますか?」
僕はインターホン越しからの声を聞いて一瞬はっとなった。
この声は知っている。
紛れもなく沼田芽衣子の声だ。
僕はもしかして…と思い、母親がインターホン越しで返事をする前に玄関へ駆けつけた。
玄関を開けるとそこには沼田芽衣子らしき人がいた。
服装は地味で、ジーパンに水色のシンプルなtシャツだった。
そして髪はボサボサ。学校では髪の毛をきれいに1つにまとめてるいるから、雰囲気が全く違うように思う。
「な、なあ…。俺誰だかわかる?」
沼田芽衣子が話し出した。
でも口調は沼田芽衣子ではない。
一人称もおかしい。
たぶん…そう。
いや、絶対そうだ。
僕は確信していた。
でもあえて僕はこう言うことにした。
「え?沼田さん…でしょ。」
その瞬間、僕の顔を見つめていたたかしは顔が一気に固くなり、しょんぼりした様子になった。
わかっていたが、気づいていない演技をした方がいいんじゃないかと咄嗟に思い付いて、たかしの嫌がる事をあえて言った。
「ヒロ…俺…たかしなんだよぉぉぉ」
たかしが泣きながら言った。
「言ってる意味がわからないよ。沼田さん一人称もおかしいし、何か僕にイタズラしに来たの?たかしどっかにいるんじゃないの?」
「お、俺ぇ…もう何が何だわからねぇんだっ」
「うぇーんっああぁっ…」
たかしはもはや僕の言うことを聞かずただ泣いて俺はたかしだと言うばかりだった。
僕はそのとき、やっとあの女の言ったことを信じた。
あれはあってたんだ。
僕は間違ってなかった。
「うわぁーんっ助けてぇぇヒロぉぉぉ」
玄関で泣き叫ばれても困るのはこっちだ。
どうせ家に寄せてゆっくりたかしの話を聞こうと思っていた僕は、まずこっちから信じてあげなきゃ話が進まないので、信じることにした。
「とりあえず、君はたかしってことでいいんだよね?何でそうなったのか話を聞きたいから部屋に来なよ」
「う、うん…」
急に態度を一変させて信じた様子の僕を見て、たかしは少し驚きながらも家にソロソロと入ってきた。
僕はたかしに自分の部屋に向かわせた。
そのあとお茶を出すために僕はキッチンへ向かった。
「ヒロ、いきなりどうしたの?彼女変わったの?瑠美ちゃんだったじゃない」
僕の彼女である瑠美の事を知っていた母は朝から全く見たことないクラスメイトの女子を部屋に入れてる僕を見て驚いていた。
「勘違いしないで欲しいんだけど、あの子別に彼女じゃないから。ただのクラスメイト。とりあえずお茶出すから入れてくれない?」
「うん…」
母は納得してないような不思議な顔で頷いた。
お盆にお茶を乗っけて、まだ納得してないような顔の母に「別に何もないよ?」と言ってすぐに部屋へ向かった。
部屋に入ると、体育座りをして顔を膝に埋めてる沼田芽衣子…いやたかしがいた。
「お待たせ、お茶…飲みなよ」
「わりぃけど、今何も食えないし飲めねぇや」
しょんぼりした顔でたかしが答える。
「そうか。まあ仕方ないよ。」
姿形はまるっきり沼田芽衣子なのに、
雰囲気と口調はたかしを思わせる。
もしこれが嘘だったとすると、沼田芽衣子がたかしになりきってることになる。
でも沼田芽衣子があの液体の秘密を知ってるはずがない。
昨日、なにも知らずに飲んだのだ。
それはたかしも同様だ。
しかも僕の家を知るのはたけしと瑠美だけだ。
だからこれは完全にたかしと思っていいだろう。
「なぁたかし、お前いつそうなったんだ?」
相変わらずたかしは俯いてるがとりあえず一番気になることを聞いた。
「昨日…夕飯食って、それで…風呂に入ったんだ。」
たかしはテーブルの縁を見つめながら語り始めた。
「そのあと、急に眠くなって早めに風呂上がってすぐ寝たんだけど…そしたらさ…」
少し間を置いてゆっくり言った。
「…朝起きたときには…沼田さんになってた。」
「信じられないかもしれないけど、本当なんだ…。」
部屋に沈黙が広がる。
僕が仕掛けたことだが、そんな単純に知らない間にすでに二人は入れ替わっていたんだ。
「…なるほどね。僕は信じるけど。たかしが嘘いってるようには見えないよ。」
きっとたかしは誰からも信じてもらえてないのだろう。
まっさきに僕の家に来ているんだ。
そして僕はこんなに受け入れているんだ。
「信じる」と言っただけで、どれだけたかしは僕に感謝するだろうか。
きっとたかしは僕に依存するだろう、僕は偽善者的に振る舞った。
「ヒロ…やっぱお前しかいねぇよっ…ありがとう。」
たかしは涙ながらにそう言った。
「…そういえばさ、何でヒロは信じてくれたわけ?最初は否定してたのに。急に信じてきてさ。驚いたぜ。」
たかしは涙が止まり、落ち着いたところでそんなことを聞いてきた。
「何でって…。たかしがあまりにも玄関の前で泣き叫ぶからとりあえず家の中でゆっくり話聞こうと思ってだよ。まぁ後は最初の玄関の時に沼田さんの口調と雰囲気がまるっきり違って、完全にたかしだったよ。そうだろ?たかし一人称俺だし。」
「でも、もしかしたら沼田さんが俺になりきってる可能性もあるぜ?」
「まぁその可能性も考えたけど、僕の家を知ってるのはたかしと瑠美だけだよ?しかもたかしは僕の部屋に一人でまっすぐ向かって行ってすぐたどり着いたしね。」
「…確かに。さすがヒロだよ。あ!と、とりあえず俺はたかしだからなっ何回でも言うけど俺がたかしなのは間違いないから安心してな!」
念を押してたかしは僕に言ってきた。
「わかってるって。そんな何回も言わなくても。」
たかしは安心したのか少しを笑顔見せた。
「なあなあ、あの子はどうなんだろう。」
「え?」
僕は少し惚けた様な返事をした。
「沼田さんに決まってるだろ…。俺が沼田さんになったのなら、沼田さんは俺になってんじゃないのかな。今頃沼田さんは何をしてるんだろう。」
やはりたかしもそこが気になるようだ。
少しピリついた空気が流れた。
「あー確かに。それは十分ありえるね。直接会いに行こう。そうすれば君が嘘をついてないかどうかわかるし。」
「うん。それを証明させるためにも沼田さんという名の俺に会いに行かないと…」
そう言うとたかしは少し決心が着いたような顔つきになった。
「着替えるから廊下出てくれない?」
僕はさりげなくスウェットの上を捲って腹チラさせながら言った。
「だ、だから俺はたかしだって!って…あぁ…まだ完全には信じてないんだな。うん、わかった。」
たかしは少しムッとした表情をしたが、すぐ我に帰り大人しく出ていった。
男の腹チラで何もときめかない様子を見ると確かに、沼田芽衣子ではない。
でも入れ替わったたかしはこれからどうなるのか。
中身は少しずつ女子になっていく可能性もある。
でも今のところは何も変わってないみたいだ。少し残念。
洒落気のない普段着に着替え終わると、すぐに廊下に出てたかしとともにたかしの家へ向かった。おそらくその家にはたかしと入れ替わった沼田芽衣子がいるだろう。
こんな朝早くから家に向かっているが沼田芽衣子が起きていればいいのだが。
たかしは自分の家に向かってるだけなのにこんなに緊張して帰ることはないだろう。
向かってる途中、たかしは両手が握りこぶしになっていて、額には夏の暑さのせいなのか汗がチラホラ浮いていた。
言葉は特に交わさずに僕たちはたかしの家に少しずつ近づいていった。