矢切の鬼渡し・最悪の結末
バッドエンドとゲームオーバー用の文章です。
その為、暗いです。ご注意ください。
ゲームオーバーは正規版で採用されるかもしれません。
【条件】肉体を入手しないまま、国広で鍛刀部屋に行く。
〈審神者 矢切長義〉
国広は何かに引き寄せられるように、鍛刀部屋に向かって歩き始めた。
「国広! 応えてくれ!!」
長義の必死の呼び掛けを無視し、国広は真新しい通路をフラフラと歩いていく。
足取りはおぼつかず、今にも倒れてしまいそうだ。
長義は国広に群がる怪異を追い払いながら、呼びかけ続ける。
「国広!」
傘を振るいながら、長義は国広の顔を覗き込んだ。
その目は焦点が定まっておらず、声をかけられたことに気づいていないようだ。
それどころか、長義が居ることにすら忘れているように見える。
国広に肉体があれば力づくで止めることも可能だったが、魂しかない今は呼びかける事しかできない。
そうこうしている内に、国広の体が鍛刀部屋の戸をすり抜けていく。
長義は鍵の開いている戸を開け、後を追って中に入った。
入ってすぐに、顕現したばかりの刀が審神者と謁見するための板張りの部屋があった。
謁見の間には特に目立ったものはなく、部屋の隅に座布団が積まれているだけだ。
奥には小窓が付いた鉄扉があり、そこから槌を打つ甲高い音が響いている。
結解が貼られているようで、怪異の姿はない。
鍛刀音が聞こえる鉄扉に向かって、国広は歩き続ける。
嫌な予感が胸中にこだまし、これ以上はいけないと脳が必死に警鐘を鳴らしている。
「ッ! 国広!」
長義の呼びかけを無視して、国広は鉄扉の向こうにすり抜けていった。
長義はドアノブを回して鉄扉を開けようとしたが、鍵が掛かっていてガチャガチャと音がするだけだった。
鉄扉についた小窓から中を覗くと、炎が燃える炉や冷却水の入った箱、乱雑に積まれた資材が見えた。
その部屋の一角で、国広を攫った女が槌を振って刀を打っている。
長さからすると、恐らく打刀だろう。
国広がゆっくりと、女に、刀に近づいていく。
――マズイ……マズイ、マズイ、マズイ! マズイ!!
頭の中で同じ単語だけが鳴り響く中、長義は「国広!」と名を呼び、ドアを叩き続けた。
ドンドンとけたたましい音がしたが、国広がそれに反応することはなく、赤く熱せられた刀に手を伸ばす。
作業をしていた女が国広に微笑んで、それから長義に向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「あ……」
国広の手が刀身に触れた瞬間、その魂が吸い込まれるようにして刀の中に入っていく。
それを満足気に見届けた女は、刀を最後まで仕上げた。
少し離れていて見えづらかったが、仕上がった刀は長義のよく知るものだった。
山姥切国広。
かつて己の写しであった刀がそこにあり、女の手により鍔が、柄が、鞘が装着されていく。
長義はもう叫ぶ力もなく、ただそれを見届ける事しかできなかった。
やがて鞘に収められた山姥切国広を手に、女が鉄扉を開ける。
長義は手にした傘で女を殺そうとして、傘が女の首に触れたところで思いとどまった。
状況が分からない以上、女を殺すことは悪手でしかない。
元の世界に帰れず、国広を元に戻すこともできない、そんな最悪の結末が待っているかもしれないのだから。
「私を殺したければ、殺せばいい。お前は帰れるが、この子はこのままだろうな」
そう言って、女はどこか楽しそうに矢切国広の魂が入った山姥切国広を掲げた。
「この子に会いたいなら、顕現するしかない。
やり方なら覚えている。私が、お前を審神者にしてやろう」
それから、どれくらい立っただろう。
い草の香りが漂う執務室で、長義は目を開けたまま横たわっていた。
その視線の先には、山姥切国広を大事に抱える己の腕がある。
山姥切国広は、長義の熱を奪って、ほんの少しだけ温かくなっていた。
あれから女の指示に従って、何度も顕現できないか試した。
しかしどれも失敗に終わり、その原因は長義にも女にも分からなかった。
女はそれでもいいようで、
「まぁ気長にやればいい。なんなら、お前だけ帰してやろうか?
次の審神者を連れて来ればいいだけだからな」
と度々口にした。
実際、女にはどうでも良かったのかもしれない。
国広が刀になった後に知ったのだが、女は鬼になりかけていた。
まだ完全に鬼になった訳ではないものの、遠からず鬼となり、自我を失ってしまう。
そうなれば死んだも同然だ。死後の事など、彼女にはどうでもいいのだろう。
だが、長義はそうはいかない。
精魂共に疲れ果てていたが、国広のことを思うと諦めきれずにいた。
だからこそ、女が鬼になる前に何としても国広を顕現しなければならない。
戦争が終わった今、恐らくあの女こそが最も顕現の術を知っているのだ。
その彼女が居なくなれば、矢切国広の魂は永遠に刀に閉じ込められたままになってしまう。
長義は、そっと山姥切国広を抱き寄せた。
山姥切国広の中で、矢切国広が意志を持ち、外の世界を認識しているかどうかは分からない。
長義は自分がただの刀だった頃、外の世界を認識していたと記憶してはいる。
だが、今の国広にもそれが当てはまるとは限らないのだ。
ただ、もし意識があるならきっと泣いている事だろう。
少しでも寂しくないように、悲しくないように、安心できるように、長義は国広の刀を肌身離さず持っていた。
「……絶対助けてやるからな、国広」
長義は山姥切国広を抱く腕に力を込めると、数えきれないほどした誓いを唱えた。
【条件】矢切長義操作時にゲームオーバー
〈遠い呼び声〉
怪異にエナジーを奪われた長義は、その場に倒れた。
腕から滑り落ちた傘が、軽い音を立ててどこかに転がり落ちていく。
自然と瞼は落ち、視界が暗闇に包まれる。
だというのに、怪異の集まる気配がはっきりと感じられた。
長義は何とか目を開けようとしたが、強い倦怠感がそれを許さない。
「にぃ! おきて! にぃってば!!」
すぐ傍で国広の叫び声が聞こえ、長義は逃げろと言おうとした。
けれど、唇は少しも動かない。
「いやだ……いやっ! こわいのいっぱいきてる、たすけて!!」
いつものように長義が助けてくれると信じて疑わなかった声が、徐々に絶望に塗りつぶされ悲鳴に変わっていく。
――くそっ……! くそ、くそっ! どうして、どうして動けないんだ!!
心の中で悪態を吐くが、それを誰にも伝えることができない。
国広は尚も何かを叫んでいるが、金切り声になってしまって聞き取れなかった。
長義は再び口を動かそうとして、やはりそれは叶わなかった。
国広の悲鳴が響く中、怪異に触れられた長義は意識を完全に手放した。
【条件】矢切国広操作時にゲームオーバー
〈暗闇の中で〉
怪異に囲まれ、国広の視界は暗闇に覆われた。
「……ッァ!」
慌てて長義に助けを求めようとしたが、それより早く怪異が国広から声を奪う。
国広を取り囲んだ怪異がエナジーを奪い、声を発するだけの力を失わせたのだ。
「国広!」
長義の声がして、国広はそちらに手を伸ばそうとする。
しかし、腕は一切動かなかった。
次第に目を開けている事すら辛くなって、国広は瞳を閉じた。
「くそっ! どこにいるんだ、返事をしてくれ!」
長義の声はどんどん近づいているというのに、彼が国広を見つける気配はない。
そうしている間にも国広の体から力が失われ、徐々に意識が朦朧としていく。
しかし今ここで意識を失えば、もう二度と目覚めないだろうと国広は直感した。
――い、いやだ……っ! にぃ、たすけて!
心の中で叫ぶ。
その時、国広を囲んでいた怪異の内、一体の気配が消えた。
「国広……!!」
耳元で長義の声がした直後、国広の意識は途絶えていた。