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矢切の鬼渡し・開幕

〈開幕〉

「にぃ! たすけて!」

 コンビニに矢切国広の叫び声が響き渡る。

 レジで会計していた矢切長義はこれに素早く反応し、小さく舌打ちをしながら駆け出した。

 彼の視線の先には、女に連れ去られる国広の姿がある。

 桜色の長い髪を一つにまとめた女は、茶色い着物から覗く腕でしっかりと国広を肩に担ぎ、レジで並ぶ客の間を器用にすり抜けていく。

 振り落とされないよう女の肩に掴まりながら、国広が助けを求め叫ぶ。

 周囲には店員も客も大勢いたが、誰一人その異変に気付いている様子がない。

 何も知らない人間の好奇に満ちた目が、長義に突き刺さった。

「待てッ!」

 長義は女に向かって叫びながら、どうしてちゃんと国広を見ていなかった、と己を責めた。

 油断していた。

 国広は子供らしくお菓子や玩具に興味を惹かれていなくなることはあるが、それでも大人しく保護者の傍に居るような子だった。

 だから、多少目を離しても居なくなるなんてことはないと思っていた。

 走りながら、武器として、店内の傘立てから誰かのビニール傘を引き抜く。

 持ち主が非難する声が背後から聞こえたが、今はそんなもの雑音にすらならない。

 女は走りながらチラリと振り返り、長義を見て口元に笑みを浮かべた。

 自動ドアが開く。

 その向こうは闇だった。

 梅雨の雨に濡れる駐車場、傘を差す人々、水溜まりを跳ねながら走る車、雨に霞む家々。

 本来それらが見えるべきはずの場所には、ただ深淵の闇だけが広がっている。

 明らかに現世ではない。

「国広ッ!」

 女と共に闇に飲まれていく国広を追いかけ、長義は躊躇うことなく後に続いた。


〈???〉

 い草の香りで、長義は目を覚ました。

 気が付けば畳の上で仰向けに倒れており、杉板張りの天井が視界いっぱいに広がっている。

 ぼんやりとした頭で何が起こったか思い出そうとした長義は、握っていた傘の感触で国広が攫われた事実を思い出した。

「国広!」

 慌てて上体を起こし、部屋を見渡す。

 作業机、本棚、姿見、箪笥。

 極端に物が少ないその部屋で、国広がスヤスヤと寝息を立てているのが見えた。

 一瞬だけ案慮しかけた長義だが、すぐにその顔を険しくさせた。

 国広の体が半分透けていた。

 本来なら体で隠れているはずの畳が、その目までしっかり確認できてしまっている。

 国広の状態に心辺りがあった長義は、まずいな、とその表情を険しくさせた。

 幽体離脱。

 肉体から魂が抜けだす現象で、今の国広はその状態にあった。

 周囲に体が落ちていないということは、自然現象ではなく、誘拐犯の仕業である可能性が高い。

 魂が抜けるだけで死に直結するような現象ではないが、しかしだからといって楽観もできない。

 体に戻れなければ餓死や衰弱死する危険性があるし、外部から肉体が攻撃されても反応できないどころか、気づくことすらできないからだ。

 女が誘拐という手段をとった以上、目的は国広を殺すことではないだろう。

 だが、今後も無事だという保証はない。

「おい、国広! 起きろ!」

 長義は咄嗟に国広を揺さぶろうとするが、実体がないためその手はあえなくすり抜けていく。

 仕方なく何度か呼びかけると、ようやく国広は目を覚ました。

「にぃ?」

 長義の顔を見て国広は安心したような笑みを浮かべ、すがるようにその手を伸ばした。

 しかし、その手は長義の体に触れることができない。

「?」

 最初こそ国広は不思議そうな顔をするのみだったが、次第にその顔に不安の色が見え始めた。

「……大丈夫だよ。俺が何とかするから」

「……うん」

「いい子だ」

 不安にさせまいと長義は一切事情を説明しなかったが、それでも国広は長義の「大丈夫」という言葉を無条件に信じたようだった。

 長義は部屋を出ようと襖に手をかける。

 しかし、何故かビクともしなかった。

 国広がすり抜けられるかどうかも試してみたが、何らかの術が掛かっていてそれもできない。

「他に出口があるといいんだが」

 そう思い周囲を見渡した長義は、ふと見慣れた封筒が本棚に収められているのを見つけた。

 そのA4の封筒を開けてみると、長義の予想通り、それは時の政府が審神者に送った戦績が入っていた。

 これがあるということは、ここは本丸、それも審神者の執務室で間違いないだろう。

 どこの本丸か特定するために戦績を見た長義は、そこに書かれた数字を見て息を飲んだ。

『刀剣所持可能数2/80口 刀装所持可能数1/100兵 馬0/14頭 部隊1/4隊 鍛錬所1/4軒 手入れ部屋1/4室 景趣1/58種』

 どの数字をとっても心許なく、この本丸がまだ発足間もないということが分かる。

 刀剣所持数の2口ということは、恐らく初期刀と初鍛刀しか居なかったという事だろう。

 下手すれば、会津への出陣すら認められていなかったのかもしれない。

 一つだけその本丸に心当たりがあった長義は、慌てて審神者の名前を確認した。

「…………」

 そこには予想通り、『暁』と一文字だけ書かれていた。

 発足初日に時間遡行軍に襲撃され、審神者だけが生き残った本丸。

 審神者の名前は、そこの主と同一だった。

 長義の記憶が正しければ襲撃から一週間経ったある日、本丸は審神者と共に忽然と姿を消してしまったはずだ。

 四季折々の花が咲く庭、庭で咲いていた大きな桜の木、新築の建物。

 それらが一切の痕跡を残さず消え、後にはまっさらな土地だけが残っていたという。

 当然政府はくまなく捜索したが、一切の手掛かりがつかめないまま終戦を迎えてしまった。

 今いるのが姿を消した本丸そのものなのか、時を渡ってまだ運営されていた頃に居るのか、はたまた本丸の姿をした別の場所なのか。

 それは長義にも分からなかったが、ただ建物の構造が本物と同じであるならば、緊急用の隠し通路が存在している可能性が高かった。

「国広。ここのどこかに秘密の出入口があるはずだ。それを探そう」

 戦績を元に戻すと、長義は国広にそう提案した。

 長義のすぐ傍にいた国広が、「わかった」と大きく頷く。

 程なくして、それは見つかった。

 国広が、姿見の裏に扉が隠されていることに気が付いたのだ。

 壁と同じ色をしたその扉は、よくよく観察してみれば小さな取っ手があり、横にスライドするようになっている。

「よくやった。さすがだね、国広。花丸をあげよう」

 長義が褒めると、「えへへ。やった」と国広は嬉しそうに目を細めた。

 その笑顔に長義は軽く微笑むと、二人はその部屋を後にした。


〈隠し通路〉

 隠し扉は通路に続いていた。

 襲撃された際に囲まれるのを防ぐためか、その幅は人一人がやっと通れる程度しかない。

 その通路には黒く丸い塊がいくつも存在し、モゾモゾと蠢きながら長義達に近づいてきた。

 長義は、この黒い塊をよく知っている。

 とても力の弱い怪異で、明確な意思を持たず、人間の発するエネルギーに反応して近づく。

 そうして、人間からエナジーを奪うのだ。

 今は魂しかない国広もその対象とはなるが、大した脅威ではない。

 奪われるエナジーはそれ程多くないし、動きも緩慢で逃げることが容易だからだ。

 おまけに今は人間でしかない長義でも、霊力を込めた一撃であっという間に霧散させることができる。

 廊下が狭いので逃げるという選択肢は取れないが、それなら撃退すればいいだけの話だ。

 幸い傘もあるため、間合いも広い。

「国広、俺の傍を離れるんじゃないよ」

「うん! わかった!」

 国広の元気な返事を確認して、長義は改めて通路を確認した。

 新築の真新しい木の香りが漂う通路は、左右に真っすぐ伸びていた。

 左手に裏口、右手に『鍛刀部屋』と表札がかけられた扉が見える。

 鍛刀部屋からは、トンカンと槌を打つ懐かしい音が漏れていた。

 何故この場所で刀が打たれているのか気になった長義は、鍛刀部屋に行こうとした。

 しかし、慌てて足を止める。

 何となく近づいてはいけない気がしただけだったが、自身の勘に絶対的な信頼を寄せる長義はそれに従うことにした。

 代わりに裏口に向かう。

 案の定というべきか、執務室と同じく鍵と術がかけられ外に出ることは叶わなかった。

 諦めて通路に戻った長義達は、執務室以外に三つの隠し扉があるのを見つけた。

 一つは『山姥切国広』とあり、こちらは鍵が掛かっていて開かない。

 残り二つは、それぞれ『乱藤四郎』と『居間』と書かれており、こちらは中に入ることができる。

 長義はひとまず、乱藤四郎の部屋を開けた。


〈乱藤四郎の部屋〉

 ここが件の本丸ならば、乱藤四郎は顕現したばかりのはずだった。

 だからだろうか、室内は彼に似つかわしくない程質素だった。

 机に座布団、箪笥。

 家具はそれしかなく、おまけに政府から支給された物なのでデザインも簡素だった。

 隠し扉の反対側に襖があり、試しに開けてみると縁側に繋がっている。

 縁側は雨戸で固く閉ざされ、外に出ることはできない。

 縁側から玄関に行くこともできたが、こちらもやはり開かない。

 他に新しく行ける場所もなかったので、長義はすぐに乱の部屋に戻った。

 物が少ない部屋であるが故に、机に置かれた写真立てが妙に目立つ。

 部屋を漂う怪異を避けたり倒したりしつつ近づくと、中に入っている写真を確認できた。

 そこに大きな桜の木が写っており、長義はここの審神者が桜の木だったことを思い出した。

 審神者というのは、何も人間ばかりがなるものではない。

 時として、人間に好意を持ち、害の少ない怪異が審神者として選ばれることがある。

 ここの審神者はその一例で、時の政府は山奥に立つ大きな桜 暁に歴史を守るよう頼み込んだ。

 暁はそれを承諾し、すぐさま桜の周囲にあった木々はなぎ倒され、本丸が建設され、審神者となった。

「このひと、にぃににてる」

 横から写真を覗き込んだ国広が、写真を指差して不思議そうに呟いた。

 桜に気を取られていたが、写真には二振の刀と審神者が写っていた。

 布を目深にかぶり顔を隠した山姥切国広。

 笑顔でピースを作る乱藤四郎。

 無表情にカメラを見つめる、桜色の髪をした女 暁。

 そして暁は、矢切国広を誘拐した女だった。

 写真の暁を軽く睨んでから、長義は国広が指した男士に視線を移した。

 布の隙間からカメラを真っすぐ睨む写しの顔は、国広の言う通りどことなく長義に似ている。

 しかし素直にそれを認める気にはなれず、長義は「そうかもね」と曖昧に答えた。

 長義は写真を元の場所に戻すと、他に何かないだろうかと箪笥を開ける。

 中には乱が愛用していた可愛らしい戦装束と、ピンクのレースがあしらわれた白い箱が入っていた。

 その箱だけは乱が選んだものなのか、長義が知る彼が好みそうなデザインをしている。

 中はアクセサリーケースになっていて、ヘアピンや髪留めのゴムが少し収められていた。

 長義はヘアピンでピッキングができることを思い出し、二つほど拝借する。

 それから持っていたスマホで「ヘアピン ピッキング」と検索し、ペンチでヘアピンを変形させればピッキングできることを確認した。

 他にめぼしいものはなく、長義は居間に向かった。

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