「お前も遅刻だぞ」
商業高等学校・・・・・・主に経済、ビジネスなどの知識を習得することを目的とする高等学校。狭義には「商業に関する学科」(商業科)を中心に学科が構成されている専門学科ないし専門高等学校を指し、広義には「商業に関する学科」や「商業の課程」が設置されている高等学校全般を指す。
僕は商業高校でした。女子は多かったですが、もちろんハーレムなんて起こりませんでした。
「やべぇ。遅刻しちまう」
桜並木の道を全速力で自転車を漕ぐ少年は、高校の入学式だというのに、お得意の寝坊をかましてしまったのだ。
寝癖もまともに直さないから、髪はボサボサだ。
この目つきの悪い少年ーー、綾瀬凛太朗は地元から、自転車で一時間もかかる神奈川県立桜峰商業高等学校へ進学したのだった。桜商は神奈川県屈指の就職率を誇る商業高校だ。元女子校ということもあって、男女比は三:七と圧倒的に女子が多い。
自分のことを知っている人間のいない高校へ進学したかった。だから地元から離れたこの高校を選んだ。
現に凛太朗のいた中学からは、誰も桜商には進学していない。
「もうちょい近めの高校にしとけばよかったか」
息を切らしながら愚痴を吐く。
凛太朗に高校を選べるだけの学力はなく、毎日死ぬ気で勉強してやっと桜商に合格したくらいだった。
凛太朗のママチャリは、地面に落ちている桜を再び舞い上げる。だがその努力も虚しく、あともう少しというとこで学校のチャイムが鳴る。
凛太朗は肩を落とす。
桜商の校舎は丘の上にあるため、自転車を押して進む。
「どんだけ高いとこあんだよ」
自転車を押しながら、丘の上にそびえ立つ校舎を睨みつける。
やっとのことで駐輪場に着くと、自転車を置いて忍び足で校舎に入り込もうとする。
昔よく見た、忍者映画の真似をしながら。
「おい!! お前! なにしてんだ!」
「げっ」
下駄箱の前で立っていた先生に、あっさりと見つかってしまい、首根っこを掴まれる。
「お前新入生だな? お前も入学早々と遅刻するとはいい度胸してるじゃないか」
「⋯⋯お前も?」
強面のスキンヘッド頭は、首根っこを掴み生徒指導室と書かれてある部屋に投げ込む。
生徒指導にはもう一人、同じ制服を着た男が立っていた。
男の髪は長く、色も少し赤みがあるだろうか。
凛太朗は横に立たされる。
横に立つと少年との身長差に驚く。凛太朗は中学三年間で20センチも伸びたのだ。しかしこの少年は180センチはあるだろう。自分よりもよりも10センチ近く高いのだ。
「お前ら入学早々、遅刻して恥ずかしくないのか? 特に勝部と言ったな。なんだその髪色は! ここは商業高校なんだぞ! この意味がわからないのか!」
スキンヘッド頭ーー、おそらく生徒指導の先生は、顔を近づけ怒鳴り散らす。
しかし勝部は髪の毛を触りがなら、
「これ、地毛なんですよね」
と笑顔で答える。
「地毛申請してると思うんですけど、もちろん申請書見てくれてますよね? 商業高校に勤める先生ともあろうお方が、目を通してないわけないですもんね?」
「ごほん」と先生は一度咳払いをし、
「あー。そういえばそんな申請があった気もするな。すまんすまん。しかし遅刻は良くないぞー」
おい。お前絶対知らなかっただろう。
そしてすぐに先生の怒りの矛先は、凛太朗へと向けられる。
「お前! 名前は!」
「綾瀬凛太朗です」
「綾瀬! これから社会人になっていこうという人間が遅刻をするなどありえんだろう!」
唾が顔に飛び散る。臭い。
「⋯⋯そうですね」
「なーにがそうですね。だ! お前は反省文書いてこい! 明日提出だからな!」
「なっ!」
予想もつかなかった事に思わず声が出る。隣で勝部がほくそ笑んでいた。
「今日の所はこれでよしとしてやろう。二人も今日の事は反省するように! さあ、もうみんな入学式も終わって、クラスに分かれただろうからお前らもそれに合流しろ」
「はい」
二人は短く答える。そうして部屋を出ると、階段の踊り場にはクラス表が貼り出されている。
「おー、俺と君、同じクラスじゃん!」
「君じゃない、綾瀬だ」
「はいはい、綾瀬ね。これからよろしくな」
勝部はニコニコしながら、手を伸ばしてくる。
凛太朗はそれを無視して教室を目指す。
「あれ? 俺嫌われてんの? もしかして自分だけ反省文なの怒ってる? まあ、遅刻は良くないからな。次から反省して、遅刻しなきゃ良いんだよ」
勝部は笑いながら凛太朗の背中を追う。
「言っとくがお前も遅刻なんだぞ」
凛太朗は振り向き、勝部を上から睨みつける。
それでも勝部は、詫び入れるそぶりもなく笑うだけだ。
「実はさ、この髪自分で染めたんだよ。地毛って嘘ついて申請したんだけど、案外いけるもんなんだな」
「なぜそれを俺に話す。俺が先生に言ってもいいのか?」
「綾瀬は言わないだろ? 全部がめんどくさいって顔してるもん。そんなやつは、わざわざ言わねーよ」
勝部は顔を覗き込んでくる。
もちろん言わない。というのも関わりたくないからだ。
「まあ、とにかくちゃんと反省文書くんだぞ」
勝部は肩を軽く叩き、凛太朗を追い抜いて教室へと辿り着く。
だからお前も遅刻したんだよ! くそっ。こいつといると調子が狂う。
勝部が勢いよく教室ドアを開けると、一気に視線が二人に注がれる。それも仕方ない、入学早々に遅刻をし、入学式に出席しなかったのだから。
「すみませーん。遅れました」
勝部は視線を気にすることなく、ケロッとした態度で教室へと入る。凛太朗も勝部の陰に隠れる。
こいつが大きくてよかった。
こっそりと自分の席へ座る。
なんだか教室が騒がしい。
「ねぇねぇ。勝部君ってちょーかっこよくない?」
「それそれ! 背も高いし素敵よねー」
女子達は勝部を見るなり騒ぎ立てる。お陰で凛太朗のことなど誰も見向きもしない。
そう、それでいい。誰にも関わることなく、このまま卒業していくのだから。
遅れた来た者達にざわつく教室をよそ目に、頬杖をついて窓から青空を眺める。