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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第二章 亀裂
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「誰が為に」

 高宮雪(たかみやゆき)は横浜市内にある高級タワーマンションを見上げていた。

「突然呼び出して、なにか用かしら?」と姉である夏華(なつか)が口を開く。潮風に髪をなびかせる夏華の姿はとても美しい。

 背は雪よりも少し高く、体重も夏華の方が重い。しかし()()()()は何も変わらない。髪型やスタイル、振る舞いも瓜二つだ。


「黙っていてもわからないのだけど?」


 感情のこもらぬ声と冷淡な態度。まるでロボットのように表情1つ変えない。それでも雪には、今姉が苛立っているのが分かった。


「今日のことで、どうしても伝えなきゃならないことがあるの」


「そんなこと聞きたくないわよ」


 夏華は息を吐き出す。

「お願いだからちゃんと聞いて」と雪は夏華を真っ直ぐに見つめる。


「私は画家にはならない」


「だからなんでなのよ。あなたには才能があるの。数年もしたら世界を代表する画家にだってなれるわ。そしたらお父さんやお母さんだって、喜んでくれるに決まってる」


「そんなのどうだっていいの! 私は私の為に生きたいの」


 夏華に生まれて初めて雪は声を荒げる。それでも夏華は表情1つ変えず、軽蔑にも近い目を向ける。


「私が私の為に生きなかったら、お姉ちゃんが私の為に生きてくれるの? 違うよね。お姉ちゃんは私のことなんてなんとも思ってないよね。進学する高校も、東京の芸大に勧めるのも全部自分や家族の世間体のためじゃない。私はあなた達家族のおもちゃじゃない」


 完全に陽が沈むと、マンション下の街灯たちもぽつぽつと照らされていく。


「あの子になにか言われたの?」


 夏華の眉間にシワが寄る。

 あの子ーー綾瀬凛太朗(あやせりんたろう)。夏華を人生で初めて動揺させた人間だ。

 雪は「それは違うわ」と言って、潮風になびく髪を耳にかける。


「あの人は私の決意を後押ししてくれたの」


「決してそんな子には見えなかったのだけど?」


 凛太朗の顔を思い浮かべて、夏華は首をかしげる。

 とてもじゃないがあの少年からは、人を変えるような力を持っているとは感じれなかった。それよりも、人を不快にさせるようなあの目つき。とことん気にいらない少年だ。


「あの人笑ってたの。まるで子供みたいに。私野球のことなんて何もわからないけど、ボールを投げる綾瀬くんはとても楽しそうだった」


「なんの話をしてるのよ」


 夏華の声に少しだけ力がこもる。


「私、今まであんな風に笑ったことなんてなかった。気づくとね、あの人の絵を描いてたの。その時わかったの。私がなりたいのは姉さんみたいになることじゃないって。私はあの人みたいに笑って絵を描きたいの。それをできるのが漫画を描いてる時なの」


「そんなの絶対に後悔するに決まってるわ。あの時、画家を目指せばよかったと思うに決まってる」


「そうね。その時はーー」


 そう言いかけると、風が強く吹き抜けて雪のスカートがひらつく。


「死ぬほど後悔してやるわ」


 雪は悪戯げに笑って言う。

 初めて自分の気持ちを打ち明ける妹に、夏華は開いた口が塞がらない。可愛がっていた犬に噛まれるのと似たような感覚だった。


「もう好きにしなさい。お母さんやお父さんには自分で伝えなさいよ」

 夏華は言った。いつも通り抑揚のない、他人事のような口ぶりだ。

 雪が「さようなら」と言って去ろうとすると、夏華は引き止める。


「そんなことを言う為に来たの?」


 雪は「いいえ」と立ち止まって、


「今のあなたの顔が見たかったからですよ」


 そう言いながら、クスリと笑って振り返る。


「なっーー」


 口調は誤魔化せても、妹に感じる初めての怒りは顔に出ていたようだ。


「さようなら」


 夏華の顔も見ずに短く別れを告げて、雪は道路の脇に停まっているタクシーに声をかける。タクシーに乗り込んでもなお、夏華はその場から離れていなかった。

 雪は、そんな姉の姿を横目で見てから「お願いします」と運転手に場所を伝えて、車を走らせる。街灯やお店の明かり、それを歩く人々、夜の横浜市内はとても幻想的な街並みだった。


 私の人生は私が決める。

 にやつく顔を隠すように、雪は窓の外を見つめる。

最後まで拝読して頂き感謝です!!

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