「私の英雄」
ほんと僕の執筆の遅さには呆れます。
1日1000文字書けるかどうかでしょうか。
うー。集中力が欲しい。。。
桜峰商業高校の部活動では放課後と登校時間までの早朝に練習をする事が認められている。いわゆる朝練だ。
当然、男子野球部も朝練を行う。放課後だけでは練習量が足らなさすぎるからだ。
しかし、凛太朗は早起きをするのが苦手で、朝練を始めると聞いたときは絶句した。
今日も母親に叩き起こされる。食卓からはバターの焼けた、いい匂いが香ってくる。トーストだ。普段ならご飯や味噌汁を食べるのだが、朝練が始まってからはトーストのみだ。
凛太朗の朝練メニューは下半身強化練習で基本的にボールを使う事はしない。まあ、これがしんどい。他の部員たちは下半身強化や素振りなどを行う。そして最後に食堂に集まりご飯を食べる。これが地獄なのだ。
大きな丼にパンパンに盛られた白米を3杯食べなければならない。まだ慣れていないせいもあり、大半の人間が完食できないでいた。凛太朗もその一人だ。だから、凛太朗は家での朝食を最低限に済ませている。
「わぁー。綺麗な絵ねぇ」
母はキッチンからテレビを眺めていた。朝の情報番組だ。
自分よりも早起きして、仕事をしているのだからご苦労様だ。凛太朗は、最後の一切れを口一杯に頬張る。
「しかも美人さんじゃなーい」と感心したように一人呟く。眠すぎて母の独り言に反応する元気もない。
それでもほとんど開かない目でテレビを見てみる。画面には綺麗に描かれた町並みと、それを描いた作者が紹介されていた。画面越しでも分かる艶やかな髪の毛と、くっきりとした二重。街中で歩いていたら視線を奪われそうだ。これぞ美人ってやつか。
ーーどこかで見たことあるような無いような。寝ぼけていてよく思い出せない。
首を傾げて凛太朗はトーストを飲み込む。それから素早く身支度を済ませて玄関の取っ手に手を伸ばす。
そして「はあ」と大きくため息をついて、まだ少し薄暗い外へ出る。
◆◆◆
放課後の練習も終わり、小さな部室でごった返しながら制服に着替える部員たち。凛太朗の横で「駅前にできたラーメン屋行こうぜ」とネクタイを結びながら勝部は言った。
「まあ別にいいけど」
「綾瀬が断らないなんて珍しいな。もちろん友希もいるぞ」
勝部が三嶋と顔を合わす。「ほんとお前ら仲良いな」と凛太朗は言って部室を出る。勝部と三嶋に限らず、男子野球部は割と仲が良いのだと思う。
まず部員全員が自転車通学で、駐輪場まで全員が一緒になって移動をする。練習でクタクタになっても談笑したり、じゃれあったりして、あまり輪に入らない凛太朗も相槌くらいはうつ。
そうしていつもの様に凛太朗は集団の後方にいると突然、勝部が「あ、高宮さんじゃん」と呟いた。
校舎から長い髪をなびかせて校門へ向かう少女を、すっかり周りも薄暗くなった中で勝部は、一瞬で高宮だと判断してみせた。
そして凛太朗は丁寧に折り畳んだあの絵のことを思い出す。
「先にラーメン屋行っててくれ」
「は?」と勝部は驚くが、それを無視して凛太朗は走り出す。
さすがに足が重たい。なんでこんなに自分が必死になってるのかは分からない。けれど、この絵を高宮に渡さないといけない気がしてならなかった。
「たかみや!」
ゼェゼェと息を切らしながら呼び止めると、高宮は飛び跳ねる様に驚く。背後からいきなり声をかけられたら無理もないか。
「・・・・なにか用ですか」
明らかに警戒をした目つきで凛太朗を見る。
「別にそんな怖い目で見なくてもいいだろ」
「あなたには言われたくありません」
「ーーなっ」
「用がないのなら、さようなら」
変わらず凜とした表情で、凛太朗に背を向けて歩き出そうとする。
「ちょ、ちょっと待てって。お前に渡したいものがあったんだ」
凛太朗はバッグから一枚の絵を取り出す。そして半ば強引に高宮の右手に預ける。
「ほら、昨日ぶつかった時にお前が落としてったんだよ。俺がずっと持っとくのも変だし、渡さないとけないと思ってさ」
「・・・・なんで」と高宮が声を震わせて呟いたのが聞こえた。
「なんで、捨ててくれなかったのよ! しかもわざわざ持ってくるなんて・・・・」
初めて高宮が大きな声を出したからか、凛太朗は少し気圧される。
絵を握る高宮の右手は震えていた。
「じゃあなんで持ってたんだよ。捨てる機会なんていくらでもあったろ」
「それは・・・・」
すると一台の車が物凄い勢いで、こちらへ向かってくるのに気づいた。
黒塗りのセダンで左ハンドル。名前こそ分からないが、見れば分かる。高級車だ。そんな車が凛太朗たちの横に停車したのだ。
大きな音を立てて運転席のドアが開いた。出てきたのは今朝テレビで見た美人だった。しかし、テレビで見た穏やかそうな雰囲気とは違い、氷のような冷たい顔をしていた。
「ーー夏華姉さん」と高宮が洩らした。
「姉さん?」
雪ときて夏とは季節を感じる。これで母親が秋とかだったら面白いのだけど。
「この子は誰? 友達?」
高宮姉は、凛太朗に対して全く表情を変えずに冷やかな目を向ける。
「えっと」と高宮が言葉に困っていると、凛太朗がすぐさま「違います」と否定する。
「ふーん。ま、そんなことはどうでもいいんだけどね」
高宮姉が発する言葉1つ1つから冷気のようなものを感じる。「そんなことより」と変わらず無表情な顔で高宮をジッと見つめる。
「あんた私が薦めた高校にも行かず、大学も芸大を目指さないってどういうことかしら? 全部パパとママから聞いてるんだからね」
「私は・・・・画家じゃなくて漫画家になりたいの」
「馬鹿なこと言わないでよ。雪、私がヨーロッパに行ってた間になにかあったの? 家も出て行ったきり、お婆ちゃんの家にいるみたいだし」
「私はお姉ちゃんみたいにはなれないから」
高宮のか細い声は今にも消えてしまいそうだった。
その瞬間に凛太朗は、あの絵に描かれていたのが目の前にいる夏華だと理解した。実物と比べても見劣りしないくらいの美しい絵は、今はもう高宮の手によってくしゃくしゃに握り潰されている。
「だからそれを馬鹿だと言ってるのよ。あんたには私なんかよりも絵の才能があるのよ? なんでそれがわからないの?」
「・・・・」
「いいこと? 絶対芸大に行きなさい。私は行って良かったと思ってるし、行かないと後悔するに決まってるわ」
そう言って高宮姉は妹の華奢な腕を掴んで、無理やり車に連れ込もうとする。それでも「家には帰りたくないの!」と高宮は手を振りほどいて抵抗してみせる。
「別に高宮の自由にさせてあげればいいじゃないですか」
先程まで酸素同然だった凛太朗が口を開く。すると高宮姉妹は大きく目を見開いた。
ついに凛太朗は見るに耐えられなくなった。なによりも高宮姉の考え方が気に食わなかったからだ。
「はあ? あなたになにがわかるの?」
「なにもわからないです。でも、あんたもこれから先の高宮なんてわからないだろ」
「あなたみたいにろくに何もしたことがないような人間なんかよりは、わかるわ」
顔も口調もずっと冷たいままだ。まるでロボットだ。
「そうかもしれないっすね。けど、高宮の人生は高宮のもんだ。あんたが進んできた道を押し付けるのは間違ってる。あんたが後悔しなかっただけで、高宮が後悔するなんて限らないだろ」
「知ったような口聞かないでくれるかしら」
「なにも知らないから言えるんですよ。別に俺は高宮の人生なんて、全く興味ないしどうでもいい。後悔するなら死ぬほど後悔すればいいと思ってます。ただそれも、全部高宮の自由だ。あんたが決めることじゃない」
高宮姉の表情が一瞬歪んだように思えた。
それから凛太朗は畳み掛けるように、
「だいたい、あんたは妹を救ってる気になって勝手に気持ち良くなってるだけだ。あんたが言ってきた言葉は、学校の先生とか親にクソほど言われることだ。だから姉のあんたくらいは妹の背中押して、味方になってあげろよ」
「よそ者のあなたになにがわかるのよ・・・・」
「なんにもわかんないです。そもそも人の人生なんて誰にだってわかんないっすよ」
凛太朗は高宮を見て言った。しかし、高宮はずっと俯いてるままだ。そんな高宮を見向きもせずに小さな声で「子供のくせに」と高宮姉は言って、車に乗り込む。黒塗りの高級車はあっという間に凛太朗たちの前から消える。
最後まで高宮はなにも言ってない。勝手に凛太朗が横から口を出しただけだ。
高宮からボソッと「ありがと」そう聞こえた気がした。
「いや、別に感謝されるようなことじゃないよ。俺はただお前の姉ちゃんの考え方が嫌いなだけだよ」
あんな風に自分の価値観を押し付けたりする人間が大嫌いだ。なぜ、もっと高宮本人を見てあげられないのだろうか。どうして、周りの人間と比べてしまうのだろうか。
そして誰かと比べられて生きる辛さは凛太朗が一番分かっていた。
高宮に握り潰された絵。おそらくあれは高宮がなろうとした姿だ。しかしそれを拒んだ。だからあんな風に黒く塗り潰したんだ。親や姉に進むべき道を決められ、自分の自由など利かない人生。考えるだけでゾッとしてしまう。
突然高宮はクスリと笑って、
「綾瀬くんの顔、すっごく悪者みたいだった」
「え?」
高宮の初めて見る笑顔に、凛太朗は驚く。
高宮は頬を赤く染めて「助けてくれてありがとう」と言って頭を下げる。その姿はとても可愛らしく普段からは想像できないほどだ。
「顔は悪者なのにな」
凛太朗は嫌味っぽく言った。
すると高宮は「ううん」と首を横に振って、
「綾瀬くんは私の英雄だよ」
小さな声だったが確かにそう聞き取れた。
「は? どういうーー」
戸惑う凛太朗を余所に高宮はそれだけ言い残して走り去っていく。
教室で見る高宮の顔は、あの姉と同じように氷のような冷たい顔だ。しかし今見せた笑顔は、春のように暖かなものだった。
ーーあいつ笑えるんだな。
◆◆◆
「なあ、なんで俺ら隠れてんだ?」
「なんだか見たらいけないようなもん、見ちゃったからだろ」
勝部と三嶋は校門の壁に背中を預け、隠れるように凛太朗たちを覗いていた。
「ラーメン食うか?」
三嶋が言う。
「いや、お腹一杯だな」
勝部の返事に三嶋も「だよな」と言って、忍び足で駐輪場に向かう。
凛太朗はなにも知らされないまま、ラーメン屋の前で1時間程待ち、中止の連絡を聞かされる。
後日怒りの収まらない凛太朗に、勝部と三嶋はラーメンを奢れと迫られたのだった。
最後まで拝読ありがとうございます。
次話は高宮雪に焦点を当ててみようと思います!




