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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第二章 亀裂
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「また今度」

もう気づけば3月ですね、、、

僕は3月、4月のよく晴れた朝が大好きです。

まあ、お布団の中にいるんですけどね。

 父親の仕事の関係で幼稚園を卒園後にアメリカに移り住んだ真帆は、友達もできず寂しい日々を送っていた。

 父親はそんな娘を見かねて、野球場に連れ出した。何か良いきっかけになればという思いだった。

 野球に興味がなかった真帆は渋々父親に手を引っ張られ、球場に着いても帰りたいと駄々をこねていた。ーー凛太朗に出会うまでは。


 やっぱりあいつの投げるマウンドは光り輝いてる。あの時もそして今日も。

 真帆は打席に立ち、凛太朗をまっすぐに見つめる。

 ニヤつく顔を隠そうとするのも、あの頃から何も変わってない。


 ベンチで「あの人の投げる姿、真帆に似てない?」と先輩に訊かれた時、とっさに否定してしまった。

 しかし、実際には似ている。それも瓜二つ。

 初めて凛太郎を見たあの日から真帆は、ネットに上がっていた凛太朗の投球シーンを夜通し見た。そして父親に投げ込む姿をカメラで撮ってもらい何度も、何度も見比べたりした。

 あの人と同じ様に投げられるようになれば、何か分かるかもしれないと思っていた。

 あの時どんな気持ちだったのか、どれほど楽しい場所なのか。


 中学生になった真帆は父親に頼んで、地元のクラブチームに入団した。

 アメリカでは女子が男子に混じって野球をするのは珍しく、日本人という事もあってか上手く馴染めなかった。しかし真帆が試合で活躍すると、周りの態度は一変した。日本人の女子中学生がアメリカの男子達を次々と三振に仕留める姿は、アメリカの一部で話題になった。そのお陰もあってチームの中心選手になり、友達やチームメイトに囲まれて、毎日を楽しく送ることができた。


 ある日の試合中だった。どれだけ投げても投げ足りない、楽しくて仕方ない。そんな気持ちで心が一杯になった。それが溢れて、表情に出そうで恥ずかしくなる。あいつが顔を隠したくなる気持ちも分かる。

 野球がーー綾瀬凛太朗が全て教えてくれた。だから野球と自分を繋いでくれたあの人に、直接感謝の気持ちを伝えたかった。野球さえ続けていればいつか必ず会えると信じていたから、どんなにきつい練習も耐える事ができた。


 桜商男子野球部との練習試合が終わると、女子野球部は監督から郊外ランニングを言い渡される。

 真帆は誰よりも早く学校にたどり着く為にランニングというより、もはや徒競走のような走りで同級生や先輩部員たちを置き去りにする。

 そんな事をすると流石に息も上がるし、足だって乳酸が溜まって重たい。

 真帆は誰もいない駐輪場を見渡して、乱れる息を整えながら電柱に寄りかかる。なんだかひんやりとしていて心地がいい。ふと髪の毛が変にハネているのに気が付いて帽子を深く被り直す。きっと全力疾走したのと汗の所為だ。

 すると階段から一人の男が降りてくる。


「なんでお前がいるんだよ」


 真帆を見ると、目つきの悪い男は開口一番に言い放った。


「・・・・いたって別に良いじゃない」


 真帆は「ふん」と鼻を鳴らす。すると凛太朗は面倒臭そうな顔をして、


「ああ、じゃお先に」


 そう言って真帆の前を素通りしていく。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ・・・・」


「なんだよ」


 凛太朗は明らかに不機嫌な眼差しを真帆に向ける。


「だからその・・・・」


 いきなり「あなたが私の人生を変えてくれた」なんて言ったらドン引きされるに決まっている。

 真帆は唇を噛んで俯いてしまう。すると凛太朗が何か思い出したような顔をする。


「もしかして俺に文句でも言いに来たのか?」


「・・・・は? なに言ってんーー」


「だからお前、あの時変な顔してたじゃん。なんか三振したくせに嬉しそうだった、けど悔しそうにも見えたんだよ。まじでわけわかんねぇから。」


「へ、変な顔って言わないでよ! だいたい・・・・あんたに三振なんかして嬉しいわけないでしょ」


 あいつが投げた最後の一球は低すぎてワンバウンドすると思った。だけどしなかった。

 まるで浮き上がってくるかのような直球。あんな球は反則だ。努力とかそんなもので簡単に手に入るものじゃない。鳥肌が止まらなかった。ーーやっぱりすごい。

 悔しいはずなのに頬が緩んでしまいそうになった。


「まあでも、ありがとな」


 凛太朗は少し照れ臭そうに頭を掻いて言った。突然の言葉に真帆は目を大きく見開く。


「ーーなっ、なんであんたにお礼言われなきゃいけないのよ」


「なんつーか、あの日の夜にお前が背中押してくれたから今の・・・・今日の俺がいるっていうか。・・・・とにかくお前に出会ってなかったらマウンドに立ちたいとすら思えなかった。だからありがとう」


 ーーなんであんたが言っちゃうのよ!

 しかもまるで照れたような感じではなく、いつも通り死んだ魚のような目つきで、平然と言ってのける。


「そんな事言って恥ずかしくないわけ?」


「はあ? 別になんとも」


 それから「あと」と言って、


「最近のお前の態度はなんだったんだよ。明らかに避けてたろ」


 凛太朗が食い気味に聞いてくる。早く帰りたそうだったくせに。


「あれはその・・・・山県先生に頼まれたのよ。あんたを投げたくなるような気にさせてくれってね。でも、正直どうして良いかわからなくてーー」


「あの野郎の仕業か。どうりでいつにも増してうざかったわけだ」


 凛太朗は舌打ちをして、何かぶつぶつ言いながら立ち去って行こうとする。


「ちょ、ちょっと私まだなんにも言えてないんだけど!」


 真帆が呼び止めると、ポケットに両手を突っ込んだまま、


「あー。また今度聞くわ。わりぃなっ」


 と言って走り出す。真帆がなにを言っても立ち止まらない。


「・・・・ほんとに勝手なやつ。だいたい今度っていつよ」


 また今度という言葉はあまり信用できない。あいつなら余計にだ。

 信用はできないーーけど嫌いじゃない。

 あいつにまた今度と言われる日が来るなんて想像できただろうか。

 やっぱり野球をやってて良かったんだ。

 そんなことを思っていると、駐輪場の奥の方から聞き慣れた先輩部員たちの声が聞こえてくる。すぐそばまで来ていた。


「やば」


 頬を軽く叩いて帽子を被り直す。深く被りすぎた所為で次は変にぺったんこだ。

 それから「よしっ」と息を吐いて、真帆は階段をダッシュで駆け上がる。


 ちゃんと伝えよう。ーーまた今度。

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