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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「どいつもこいつも」

最近ウイルスやなんやらで物騒ですよね。

僕はよく会社で少し体調が悪いと、インフルだーインフル。

と喚くので最近は全く相手にされません。

 試合が終わるとデコボコになった地面を、丁寧にトンボやモップで均す。

 女子野球部専用グラウンドはとても広く、いつも小さなグラウンドしか使えない男子野球部にとっては整備も一苦労だった。

 そんな男子野球部を余所に女子野球部は、試合が終わったばかりだというのに校外をランニング中だ。

 留守の間に敗者は整備でも終わらせておけ、という事だろうか。

 顧問である山県も文句を言いたげな顔をしながら汗を流す中、気怠そうに凛太朗はスパイクで踏み荒れたマウンドを、平川と二人で均していた。


「なあ、お前ってすげぇんだな」


 平川が整備する手を止めて言った。夏休みに入ってからずっと野球部と過ごしているが、平川に話しかけられたのは初めてだった。


「別にすごくなんてないだろ。本当にすげぇのは、今日投げてた()()()だろ」


 マウンドで楽しそうに投げる西野の姿を思い浮かべる。


「確かにあいつも相当だな。けど綾瀬の方がすげぇっていうか・・・・」


「意味わかんね」


「お前ずっと野球やってなかったんだろ? それでもあんな球投げられんのは反則だろ。しかも最後に投げた球、あれは打てねぇよ。だから・・・・すげぇっていうか気持ち悪い」


「お前それ褒めてんのか、けなしてんのかどっちだよ」


「どっちもだな」


 凛太朗の指先には、最後に投げた球の感触がはっきりと残っていた。

 球の縫い目にしっかりと指がかかり、球が離れる瞬間まで全身の力が指先に集中したような感覚だった。

 なぜか打たれる気が全くしなかったし、結果的に西野を三振に打ち取ることができた。

 それなのにあいつの顔は、悔しそうにも見えたしどこか嬉しそうにも見えた。ーーやっぱりよく分からないやつだ。


「でも、平川こそ良い球投げてたじゃん」


「はあ? 今の流れで、それは嫌味にしか聞こえねぇよ。これだから才能あるやつは好きになれねぇ」


 黒縁眼鏡を中指であげて、平川は顔をしかめる。


「別に俺、才能なんてないから。もっとすげぇやつ知ってるし」


「ーーったく。それが嫌味だって言ってんだよ」


「・・・・」


 平川はチッと舌打ちをしてから、「じゃあ、後は任した」と言って凛太朗に背を向ける。

 すると突然振り返って、


「あと、俺にもう投げさすなよ」


 少しだけ白い歯を見せた平川は、それだけ言い残して去っていく。凛太朗は「ああ」と短く返す。

 自分が言うのもなんだが平川は、愛想が良くない方だと思う。いつもムスッとしてるし、言葉遣いも悪い。自分が言うのもなんだが。

 それでも勝部や村上と話すより全然楽だし、見た目ほど悪いやつじゃない。最後に見せた笑顔だって、普段からは考えられないほど感じの良いものだった。


「投げさすな、ね」


 すっかり綺麗になって、試合前と変わらない状態になったマウンドを見つめる。


 ーー綾瀬凛太朗はすごい。私が何回だって何十回だって言ってやるわ。


 あの夜の言葉が凛太朗の胸を震わす。

 どいつもこいつも勝手な事ばっかり言ってくれる。



「おーい、あーやせっ! 集合だぞ! 早く来いよー」


 山県を囲んだ円の中から、村上が手を振り上げて叫ぶ。

 駆け足で輪に入るや否や山県に「感傷に浸るのは家帰ってからにしろよ」と嫌味たっぷりな顔で言われたので、凛太朗は「うっす」と適当に返事をする。


「まあ、今日の女子との練習試合は、コールド負けという惨めな結果に終わったわけだが・・・・当然だよな?」


 年季の入ったベンチに脚を組んで座る山形は、うざいくらい横柄な態度で確認するように言った。


 村上達は口を揃えて「・・・・はい」と弱々しい声を出す。


「けど、次は絶対負けねぇ」


 三嶋が手に持った帽子を叩いて言った。

 それに釣られるように、


「次は全打席ホームランぶっ放してやる」


 手のひらを拳で何度か叩いて、林が豪語する。

 ボソボソと「俺だって」「次こそは」「見返してやる」そんな言葉が聞こえてくる。

 すると山県が突然吹き出し笑い出す。


「ほんとお前らが馬鹿で良かったよ。女子に負けるなんて、そこら辺の球児たちなら辞めたくなってるだろうよ」


 部員達は顔を見合わせる中、山県はベンチに踏ん反り返って空を見上げる。


「烏合の衆って言葉知ってるか? 規律も統制もなくて、ただ寄り集まってるだけの集団の事を言うんだけどよ、お前らにピッタリな言葉だよな? いや、お前らはまだ烏にもなれちゃいないな。卵だ、卵。お前らは卵合の衆ってとこだな」


 山県はひとり納得したように言うが、凛太朗は眉をひそめる。

 上手い事を言ったつもりなのだろうか。

 部員達の反応が薄いのを気にしたのか、「ゴホン」とワザとらしく咳払いをして、


「この夏、お前らを徹底的に鍛える。いいな? 明日から地獄のような日々の始まりだ、ついてこれない奴は辞めても構わん。その代わり、乗り越えれた奴だけが味わえる楽しんで勝つ喜びを、俺が教えてやる。覚悟はできてるだろうな?」


 そう言って、ニヤリと不気味な笑みをこぼす山県はとても気味が悪い。

 格好をつけているつもりなのだろうが、身なりが駄目だ。偉そうな事を言う前に、そのボサボサ頭と無精髭をどうにかした方がいいに決まってる。

 それでも村上を筆頭に全員が「はい!」と元気よく答えて、山県から解散の指示が出された。


 ミーティングが終わり、着替えを済ましているとラーメン食いに行こう、と勝部と三嶋に誘われる。しかし、金が無いと適当に嘘をついて断った。

 野球部に入ってから今日まで、行きも帰りも必ず誰かがいた。だから今日の帰りくらいは、ひとりになりたかった。


 グラウンドに忘れ物したから先に帰っててくれ、と部員達に頼んだ甲斐があったと凛太朗は、ひとり階段を降りながら思う。

 こうまでしなくては、ひとりの時間なんて作れはしない。


 今日だけは、日が落ちた夏の風を心地よいと思える。いつもなら生暖かいだけでうざったいくらいだ。

 風が運んでくる夏の匂いを凛太朗は、鼻から思いっきり吸い込んで一息つく。

 長い階段を下り終えた凛太朗の視線の先には少女がいた。目元が隠れるまで帽子を深く被り、電柱に腕を組んでもたれ掛かっていた。


「なんでお前がいるんだよ」


 凛太郎はため息まじりに言った。

 ーーやっとひとりになれると思ったのに。










第1章はこれで完です。

まさか初めての執筆活動で、第1章を書き上げれるとは思っていませんでした。

皆様のお陰です。

これからも精進していきますので、どうかご贔屓に!!

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