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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
39/49

「輝ける場所」

人が一生懸命に何かをしている姿って本当、胸にグッとくるものがありますよね。

だから私は頑張っている人が好きです。

 守備を終えた部員達がベンチに戻って山県を囲うように集合する。

 みんなの顔は疲れて、自信を失っていた。


「ちっ」と平川が舌打ちをするのが聞こえた。


 雰囲気は最悪だ。


「お前らもしかして、少しでも良い勝負できる。とか思ってたんじゃないんだろうな?」


 山県が不機嫌そうな態度で尋ねると、村上や三嶋が目線を落とす。


「自惚れんな。お前らの実力、現在地はあれなんだよ。プレーしたお前らが一番よく分かってんだろ。俺は、はなっからこの試合勝てるなんて思っちゃない。なにが腹たつかって、お前らのその顔だよ」


 山県の厳しい口調に部員全員が黙り込む。


「そんな顔ができるほど、お前らは練習していないだろ。だから一丁前にそんな顔するんじゃねぇ。勝部、俺は打席に入る前になんて言った?」


「ーー楽しんでこい」


 勝部が真剣な表情で答える。


「そうだ。今日のお前達ができるのはそれくらいだ。そしてそれが一番大事なことだ。それができないなら辞めてしまえ」


 山県は吐き捨てるように言って、凛太朗を横目で見る。


「監督の言う通りだぜ! せっかくの試合なんだ、楽しむしかねぇだろ!」


 林が声を張り上げる。


「バーカ、お前が足を引っ張ってんだろうが」


 三嶋が口を尖らせる。それに反応した林が、あーだこーだと言い返して口論になる。

 口論と呼ぶには幼稚すぎるだろうか。

 すると、村上が腹を抱えて笑い出す。山県を含めた全員が目を見開く。

 ついに頭がイッたのかと、凛太朗は目を細める。


「なんだか、本気で勝とうと思ってたのが馬鹿みたいでさ。先生の言う通り、俺は全然楽しんでなかったなー」


 村上は涙目になった目をこする。

 すると丸子(まるこ)が吹き出すように笑う。


「確かに、こいつら見てるとなんだか馬鹿らしいよな」


 重っ苦しい雰囲気が少しだけ軽くなった気がした。

 結局このミーティングで山県が出した指示は「楽しめ」たったそれ、だけだった。

 その後に林が「かっ飛ばしてくるぜ」と格好をつけて、あっさりと三振して帰って来たのは触れないでやろう。


「おおー!」とベンチから初めて歓声が湧く。

 部員達の視線の先には、六番打者の丸子が一塁ベースに頭から突っ込んでいた。いわゆるヘッドスライディングだ。しかし、そんな聞こえのいいようなものではなかった。。

 それでも丸子はベース上で高々と拳を突き上げた。まるで少年が初めてホームランを打ったかのような笑みを、恥ずかしげもなく見せると、それに反応してベンチも盛り上がる。

 女子野球部との温度差が違いすぎて、恥ずかしくなってくる。

 それでも御構い無しに、部員達はベンチから身を乗り出して声を張り上げるが、声援虚しく得点が入ることはなかった。


 それからも平川は守備に足を引っ張られながらも、粘りの投球で失点を最小限に抑える。反対に真帆は淡々と投げ続け、一点も失わない圧巻の投球を披露する。

 その姿は綺麗で勇ましく、いつしかマウンドに釘ずけになっていた。


「なんで笑ってんだよ」


 凛太朗は声を漏らす。

 前髪を搔き上げる真帆の表情は、笑みに溢れていた。

 楽しくて仕方がない。

 真帆の顔はそんな風に見えた。


 マウンドとはそんなに楽しい場所だっただろうか。

 自分もあんな風に投げられるだろうか。

 あんな風に笑えるだろうか。

 あんなに輝けるのだろうか。

 脈が早くなるのを感じる。

 凛太郎は震えだす右手を押さえ込む。


 山県はそんな凛太朗の様子を見逃さなかった。


「次がおそらく最後の守備だ。綾瀬、いけるな?」


「ーーはい」


 考えるよりも先に言葉が出る。


 小原を三振に打ち取った真帆はベンチへと駆け足で戻っていくが、途中で足を止めて男子野球部のベンチを見つめる。

 凛太朗と目が合うと、白い歯を見せて微笑んでみせる。


「だからなんなんだよ」


 釣られて凛太朗の口角も緩む。

 本当に意味がわからないやつだ。


 一度大きく息を吐いて帽子を深く被り直す。


「さあ、いこう」


 村上がそう言ってベンチを飛び出す。


「ああ」


 短く返事をして、走り出す。

 輝く場所を目指して。

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