「輝ける場所」
人が一生懸命に何かをしている姿って本当、胸にグッとくるものがありますよね。
だから私は頑張っている人が好きです。
守備を終えた部員達がベンチに戻って山県を囲うように集合する。
みんなの顔は疲れて、自信を失っていた。
「ちっ」と平川が舌打ちをするのが聞こえた。
雰囲気は最悪だ。
「お前らもしかして、少しでも良い勝負できる。とか思ってたんじゃないんだろうな?」
山県が不機嫌そうな態度で尋ねると、村上や三嶋が目線を落とす。
「自惚れんな。お前らの実力、現在地はあれなんだよ。プレーしたお前らが一番よく分かってんだろ。俺は、はなっからこの試合勝てるなんて思っちゃない。なにが腹たつかって、お前らのその顔だよ」
山県の厳しい口調に部員全員が黙り込む。
「そんな顔ができるほど、お前らは練習していないだろ。だから一丁前にそんな顔するんじゃねぇ。勝部、俺は打席に入る前になんて言った?」
「ーー楽しんでこい」
勝部が真剣な表情で答える。
「そうだ。今日のお前達ができるのはそれくらいだ。そしてそれが一番大事なことだ。それができないなら辞めてしまえ」
山県は吐き捨てるように言って、凛太朗を横目で見る。
「監督の言う通りだぜ! せっかくの試合なんだ、楽しむしかねぇだろ!」
林が声を張り上げる。
「バーカ、お前が足を引っ張ってんだろうが」
三嶋が口を尖らせる。それに反応した林が、あーだこーだと言い返して口論になる。
口論と呼ぶには幼稚すぎるだろうか。
すると、村上が腹を抱えて笑い出す。山県を含めた全員が目を見開く。
ついに頭がイッたのかと、凛太朗は目を細める。
「なんだか、本気で勝とうと思ってたのが馬鹿みたいでさ。先生の言う通り、俺は全然楽しんでなかったなー」
村上は涙目になった目をこする。
すると丸子が吹き出すように笑う。
「確かに、こいつら見てるとなんだか馬鹿らしいよな」
重っ苦しい雰囲気が少しだけ軽くなった気がした。
結局このミーティングで山県が出した指示は「楽しめ」たったそれ、だけだった。
その後に林が「かっ飛ばしてくるぜ」と格好をつけて、あっさりと三振して帰って来たのは触れないでやろう。
「おおー!」とベンチから初めて歓声が湧く。
部員達の視線の先には、六番打者の丸子が一塁ベースに頭から突っ込んでいた。いわゆるヘッドスライディングだ。しかし、そんな聞こえのいいようなものではなかった。。
それでも丸子はベース上で高々と拳を突き上げた。まるで少年が初めてホームランを打ったかのような笑みを、恥ずかしげもなく見せると、それに反応してベンチも盛り上がる。
女子野球部との温度差が違いすぎて、恥ずかしくなってくる。
それでも御構い無しに、部員達はベンチから身を乗り出して声を張り上げるが、声援虚しく得点が入ることはなかった。
それからも平川は守備に足を引っ張られながらも、粘りの投球で失点を最小限に抑える。反対に真帆は淡々と投げ続け、一点も失わない圧巻の投球を披露する。
その姿は綺麗で勇ましく、いつしかマウンドに釘ずけになっていた。
「なんで笑ってんだよ」
凛太朗は声を漏らす。
前髪を搔き上げる真帆の表情は、笑みに溢れていた。
楽しくて仕方がない。
真帆の顔はそんな風に見えた。
マウンドとはそんなに楽しい場所だっただろうか。
自分もあんな風に投げられるだろうか。
あんな風に笑えるだろうか。
あんなに輝けるのだろうか。
脈が早くなるのを感じる。
凛太郎は震えだす右手を押さえ込む。
山県はそんな凛太朗の様子を見逃さなかった。
「次がおそらく最後の守備だ。綾瀬、いけるな?」
「ーーはい」
考えるよりも先に言葉が出る。
小原を三振に打ち取った真帆はベンチへと駆け足で戻っていくが、途中で足を止めて男子野球部のベンチを見つめる。
凛太朗と目が合うと、白い歯を見せて微笑んでみせる。
「だからなんなんだよ」
釣られて凛太朗の口角も緩む。
本当に意味がわからないやつだ。
一度大きく息を吐いて帽子を深く被り直す。
「さあ、いこう」
村上がそう言ってベンチを飛び出す。
「ああ」
短く返事をして、走り出す。
輝く場所を目指して。




