「中途半端な奴ら」
僕は何をやっても中途半端でした。
勝手に自分の限界を決めて諦めてましたねー。
まあ、ただ失敗とかするのが怖かっただけのビビリですね。
一回表の攻撃は男子野球部から始まる。
山県が何やら打席に入る勝部に話しかけて、軽く頷いてから打席に立つ。
「てか、あれを打てんのかよ素人が」
ベンチに踏ん反り返る平川が不機嫌そうに言う。
あれーー西野真帆が投げ込みを行なっていた。
たった数球見ただけで素人じゃまず、打てないだろうと分かってしまうほど、えげつない球を投げていた。
「なあ、あのフォームどっかで・・・」
村上が呟くと、皆が投げ込む真帆の姿を凝視する。すると、全員「あっ」と声を出して一斉に凛太朗を見つめる。
「なんだよ」
「綾瀬と西野さんってすごく似てないかな?」
「・・・あいつの方がよっぽど綺麗で、良い球投げてるよ」
凛太朗の的をいない回答のせいで村上は、少し困惑した表情を浮かべる。
「それもそうだ!! 綾瀬なんかよりよっぽど西野ちゃんの方がすごいよな!」
林が馬鹿みたいに大きな声を出す。
そんな呑気な会話をしているうちに、男子野球部の攻撃は三人でしっかり終わっていた。
「いやー、西野ちゃんすごいよほんと。もしかしたら綾瀬よりもすごいんじゃね?」
「当たり前だろ。俺なんかと比べてやるな。それよりもさっさと守備につけよ」
「へいへい。お留守番よろしくな」
勝部は凛太朗と山県、二人しかいないベンチを見つめる。
「うるせ!」
しっしっと勝部を追い払う。
凛太朗は静まりかえったベンチで、再び頬杖をついて戦況を見つめていると、反対側のベンチに座る真帆と目が合ってしまった。すると真帆はバツが悪そうに帽子を深く被り目元を隠す。
ーーだからなんなんだよと、理解できない真帆の行動に舌打ちをしてしまう。
少し苛立っていると、
「この試合勝てると思うか?」
と山県が訊いてくる。
数秒の沈黙の後に「どうでしょうね」と凛太朗は答えると、山県は「ふん」と鼻を鳴らして
「平川はうちの貴重なサウスポーだし良いピッチャーだ。けどな」
「けど?」
「良いピッチャー、それだけなんだよ。綾瀬、どうせお前も分かってるんだろ? なあ、なんで俺がお前を投げさせなかったか分かるか?」
「・・・いや」
凛太朗は依然と頬杖をつきながら、女子相手に苦戦するチームメイト達を見つめている。
スコアボードには二という数字が書かれている。あれだけエラーをしたら点が入るのも当然だ。
緊張かそれとも実力か。転がせば何か起こるとはよく言ったものだ。
さすがに頭にきたのか、平川はマウンドの土を乱暴に蹴り上げる。
すると「どんまい、どんまい」と林が声をかけるが、大半のエラーは声の主によるものだった。さらに平川の顔が険しくなっていく。
「いいか綾瀬」
珍しく低いトーンで山県が言った。
「俺はいつも言ってるな? 中途半端な気持ちで高校野球なんてするもんじゃないと。それでも、今も泥だらけになって白球を追いかけている連中からしたら、俺達は中途半端だろうな」
「・・・はあ」
適当に相槌をうつが、山県は御構い無しに話を続ける。
「じゃあ、いったい何が大切なんだろうな。技術か? 坊主にすることか? 試合に勝つことか? どれも違うな。野球を心の底から楽しむことだよ。だからあいつらは、まだ中途半端なんだよ」
「それと俺が投げないの、なんか関係あるんすか」
「お前は中途半端にすらなれていないからだよ。お前の場合、楽しもうとすらしていない」
「ーーなっ」
「見てれば分かるさ。お前くらいだよ、あんなに苦しそうに野球をする奴は」
自分の中ではちゃんと区切りをつけていたはずだった。真摯に野球と向き合おうと思っていた。心ではそう思っていたけど、体は違ったわけだ。自分では気づかなかった。もしかしたら、周りは気づいていたのだろうか。
震える右手を見つめる。ほんのり日焼けをした綺麗な手だ。
「綾瀬、お前が投げる時、それはお前が誰に言われるでもなくお前自身が投げたい、野球がしたい、そう心から本気で思った時だ」
スコアボードを見ると、もう五点も入っていた。平川は大粒の汗を拭っている。
それでもこんなチームでツーアウトまで取ったのだ。素直に褒められるべきだろう。
自分が投げたところで状況を変えらるわけじゃない。
凛太朗は右手を握りしめて俯く。
結局いつまでもうじうじと塞ぎ込んで、言い訳を並べて逃げる。
変わった気でいただけで、何一つ変わっちゃいなかった。
やっぱりそんな自分が大嫌いだ。




