「気になってるのか?」
皆さんはどんな夏休みを過されましたか?
私は部活パラダイスでした。
神様、一生夏休みがいいです。
夏休み初日といえば、多くの学生は初日くらい家でぐーたらしてもいいでしょ、といった感じで過ごしているに違いない。
当然、綾瀬凛太朗もそんな感じの夏休みを送るに違いないと思っていた。
数週間前までは。
「まさに野球日和だな」
額に手を当てて、照り付ける日差しを隠しながら赤焦げた髪の男ーー勝部涼は言った。
偶然駐輪場で居合わせた凛太朗と勝部は、揃ってポロシャツを扇ぎながらグラウンドを目指し階段を登る。
勝部の足取りは軽く、凛太朗を置いて駆け上がっていく。
今だに自分が野球をする事に実感が湧かないでいたし、母親に野球部に入ると言った時は、泣きじゃくって大変だった。
「おせーぞ、綾瀬ー」
「逃げないから先行ってろよ」
「どーだかねー」
勝部は階段に座り込み悪戯な笑みを浮かべる。
こんな笑顔を見せられたら女子は惚れるわけだと、納得させられる。
過去を振り返りながら、これから起こりうる出来事に少しだけ胸を踊らせながら長い階段を上る。
「よし、みんな揃ったな。お前らに良い知らせがある」
そう話すのは、ボサボサ頭に無精髭でジャージ姿の山県だ。教師に見える要素が全くないのにこの格好だ、誰が野球部の顧問だと言って信じるのだろうか。
「なんだ綾瀬、言いたい事でもあるのか?」
「別にないっす」
山県は妙に鋭いところがある。本当によくわからない男だ。
「先生! 良い知らせってなんですか!」
丸坊主頭の男が元気よく声を張り上げる。うるさいのは蝉の鳴き声だけで充分だ。
凛太朗は村上を怪訝そうに見つめる。
「よくぞ聞いてくれた。実はな、三日後に桜商女子野球部と練習試合を組む事になった。いや、組まさせていただいたの方が正しいな」
山県は顎に手を当ててぶつぶつと何か一人で話している。
「マジかよ」とちらほら聞こえてくる。それはあまり気分の良いトーンではなかった。
それもそのはずだ、何せ我が桜商硬式女子野球部は全国大会に出場するほどの強豪校なのだから。
それがこんな即席チームと試合だなんて、やる前から勝敗は見えているのだ。
「よし! 練習あるのみだね! みんな絶対に勝とうね!」
村上が目を輝かせ鼻息を荒くする。
どこまでこいつは楽観的なんだろか。そんな簡単に勝てるほど野球は甘くない。
「ーーいてぇ」
隣に立っていた勝部に肘で脇を小突かれる。
「もっと嬉しそうな顔しろよー。試合だぜ? 最高だろ?」
お前もかよと、肘で強めにやり返すが顔色一つ変えないから余計にムカつく。
「もしかして、西野ちゃんが気になんのか?」
「はあ? そんなわけないだろ」
「そっか。綾瀬が女子のこと、考えたりするわけないもんな」
「お前は俺をなんだと思ってんだよ!」
勝部は笑いながら、背中を叩いてくる。
こいつの笑いのツボはとにかく周りとずれている。
勝部の手を雑に振り払って睨みつけると、勝部は片目を閉じて「すまん」といった顔をする。しかし、学校の女子は騙せても凛太朗は騙されない。何故なら勝部は全く反省などしていないのだから。
真帆とどう接して良いか分からない、これが凛太朗の素直な気持ちだ。
決して気になっているとかではない。絶対に。
できる事なら顔を合わす事すら避けたいと思っているのに、女子と練習試合だなんて本当についていないと思い、肩を落とす。
そんな凛太朗をよそに部員たちは、元気良くグラウンドに散っていくので、小さく溜息をつき後を追う。
一歩、また一歩と。




