「天才」
天才って呼ばれたりするの憧れますよね。
でもきっと本人にしか分からない苦労や悩みがあるんでしょうね。
来世は天才美少女でお願いします。
幼き頃から周囲に天才だと、もてはやされてきた。当然、圭太自身も自分には野球の才能があるのだと思っていた。
ーー凛太朗に出会うまでは。
気づいてしまったのだ。
自分が天才などでは無いことに。
それでも周囲は天才だと言い続ける。本当の天才は自分の一番近くにいるというのにだ。
養子として綾瀬家に引き取られた圭太は、プロになる事が叔父さんや叔母さんに出来る、唯一の恩返しだと思っていた。
そして、野球こそが自分の存在意義だと。
いつしか圭太は、皆にとって特別でなければならないと思うようになっていた。
天才と呼ばれるなら、天才でなくてはならない。
そのためなら、どれだけ手の豆が潰れようがバットを振り続けた。自分のすぐ近くまで迫っている脅威を振り払うかのように。
もし周りが凛太朗の才能に気づいた時、自分は見捨てられると思うと怖くて仕方なかった。
しかしそんな圭太の気持ちも知らずに、凛太朗はどんどん上達していく。
嫉妬ーーそんな簡単な言葉で言い表せるものではない。もっと醜い何かだ。
凛太朗から死球を受けたあの日、圭太はラッキーだと思った。
野球の神様はまだ自分を見放していないのだと。野球ができる体があるのなら、何度でも這い上がってやる。だから骨折なんて痛くもなかった。勝負に負ける事の方が怖かったのだから。
もちろん死球の事で凛太朗がショックを受けていたのは知っていたし、何か言葉をかけてやるべきだったのかもしれなかった。
『気にするな』これが精一杯の言葉だった。
『邪魔をしないでくれ』あの時言った言葉は、心の奥底で眠っていた本心だ。それでも、軽率に言ってしまった事を後悔した。それは今でも、そしてこれから先も。
どれだけあの言葉に凛太朗は傷ついたのだろうか分からないが、自分の行動が決して許される事ではない事だけは分かっている。
ただ、凛太朗には家族が、愛がある。しかし、自分には野球しかないのだ。
だから野球だけは失うわけにはいかなかった。そして『必ず甲子園に出て優勝する、そしてプロ野球選手になる。お前の誇れる兄になる』
ーーあの時交わした約束を守るためにも。
罰走が終わればすぐさま額の汗を拭って圭太はバットを握る。
たとえ間違えていたとしても、どれだけの犠牲を払ったとしても自分の選んだ道を走り続ける。




