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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
33/49

「綾瀬圭太」

お久しぶりです。

 夏の雲一つない青空に白球が飲み込まれていく。

 打った瞬間それ、と分かる当たりだった。綾瀬圭太あやせけいたは悠々とダイヤモンドを一周する。


「お前は何本打てば気がすむんや。見てみぃ、相手ピッチャーの顔が死んどるじゃろうが」


 ベンチに戻ると、訛りのある広島弁が聞こえてくる。

 圭太と同学年の松前孝哉まつまえたかやは、表情一つ変えない主砲を笑って出迎える。


「それでもお前はちっとも嬉しそうな顔をせんなー。もうちょい熱くなってもええんじゃないんか?」


 常に闘志をむき出しで投げる松前の姿が脳裏に浮かぶ。マウンド上で吠えたりとか派手なガッツポーズは、自分には似合わないと常々思っていた。


「ーー断る」


「なんでじゃ!」


 ベンチにもたれ掛かろうとする圭太の肩を、松前は掴んで激しく揺らす。


「お前らちょっとうるさいのぉ。綾瀬、松前、お前ら試合が終わったらグラウンド30周でもしとけぇ」


 松前は「はい!」と素直に返事をし、圭太も「うっす」と小さな声を出す。

 ベンチに深く腰をかけ、真剣な眼差しで戦況を見つめる男ーー印南貴紀(いんなみたかのり)は神奈川県屈指の名門、英明学園を率いる監督だ。

 昔は「鬼の印南」なんて呼ばれていたらしいが、今はどこからどう見ても、ただの腹が出たおじちゃんにしか見えない。しかし部員100名をまとめ上げる監督なだけあって、印南から放たれれるオーラには圭太でさえも圧倒される。


「なあ、今何周目じゃ?」


「・・・・」


「俺のせいで走らされよるのまだ怒っとんかいの」


「ーー別に」


 圭太と松前は、英明学園の広大なグラウンドを二人足並みを揃えて走る。

 すでに日も沈みかけ、真っ赤な太陽が山に隠れるように二人を見ているような気がした。

 徐々にペースは上がっていき、二人の息も荒くなる。


「ーー噂で聞いたんじゃけど、お前弟おるんか?」


 松前は少し乱れた呼吸を整えてから圭太に尋ねると、いつも無表情な圭太の顔が初めて歪んだように見えた。

 何か地雷を踏んだのかと思い、松前は返事を大人しく待った。


「いる」


 答えが返ってくるまでにいったいグラウンドを何周しただろうか。たったこの二文字を言うだけでこの男はどれだけ時間をかける気なんだ。


「じゃあ、弟も今頃野球ーー」


「別にお前に教える必要なんか、ないだろう」


 珍しく強い口調で話を遮り、圭太は一人ペースを上げて遠ざかっていく。

 長い髪の間から見えた圭太の表情は、いつもの様に涼しげだった。


 どんな時も弟のことを忘れたことなんてない。

 そしてあの時自分が犯してしまった罪が、許されることなど無いと思っている。

 ーー綾瀬圭太は愚かで醜い人間だ。






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