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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
30/49

「ほんと馬鹿!」

やっと30話です。みなさんの温かいお言葉のおかげでここまでやってこれました。

これからも精進していきますので応援のほどよろしくお願いいたします。

 綾瀬凛太朗あやせりんたろうは日が沈み真っ暗になった駐輪場で、とある人物を待っていた。


「おせぇ」


 時計に目をやると二十時になっていた。

 よくもまあ、こんな時間まで待てたものだ。

 凛太朗は大きなあくびをする。

 少しだけ額を流れる汗を拭う。日が暮れても夏の暑さは衰えない。

 すると階段の方から、


「ちょっとあやってば!」


「へへーん」


 女子生徒の楽しげな会話が聞こえてくる。


「ーーあっ」


 真帆まほは凛太朗に気づくと足を止め、眉をひそめる。


「よ、よぉ」


 どこかぎこちないあいつさつをする。顔が引きつっているだろうか。


「⋯⋯」


 何事もなかったかのように凛太朗の前を素通りする。


「お、おい! ちょっとまてよ!」


「なによ」


「そ、それは⋯⋯」


 言葉に詰まる。いざ言おうとすると、上手く言葉にできない。

 そんな凛太朗を見て苛ついたのか、かなりきつい目つきで睨みため息をつく。


「もしかしてあたしお邪魔かな?」


 一瞬、場が静まり返る。

 長く伸びた綺麗な髪を後ろで縛り、三嶋みしまよりも上背のある女が微笑む。


「なんでそうなんのよ」


「だって」


 寺本てらもとは真帆に顔を近づけ、


「もしかしてあの人、真帆のことがーー」


 耳元で囁くが「そんなわけないでしょ!」と顔を真っ赤にして全力で否定する。


「うー。でも、あたし急いで帰らないといけないから⋯⋯またね!」


 ニヤついた顔を我慢しようとするから変な顔になっている。そして、大袈裟に頭を下げて二人の前からいなくなる。

 二人取り残された駐輪場には、夏だというのに冷たい風が吹いているような気がした。


「で、なんか用でもあったの? こんな遅い時間まで残っちゃってさ」


 真帆は腕時計に目をやる。


「お前に聞きたいことがあったんだ」


「えっーー」


 心臓がわずかに跳ねるような気がして、平常心、平常心と自らに言い聞かす。


「お前なんで、野球やってんだ?」


「ーーは?」


 突拍子もない質問をされ、思わず面食らってしまう。

 そんなに驚く事なのかと、凛太朗も目を丸くする。


「そんな事、聞くためにこんな時間までいたの? ばっかじゃないの!」



 真帆は「ふんっ」と顔を背け自慢のロードバイクを押して歩きだす。


「お、おい」


 慌てて凛太朗も自転車を押して追いつく。


「別に私じゃなくてもいいじゃない。他にもいるでしょ」


「それは⋯⋯」


 初めて会ったあの日、新聞に写っていた真帆の投球フォームがとても綺麗で心奪われてしまったとは、口が裂けても言えない。


「はあ」夜道を押し歩く真帆は一度、空を見上げため息をつく。


「なんでそんな事聞くわけ?」


「⋯⋯」


 凛太朗が足を止めたことに気づかず、少しだけ進んで真帆も足を止める。

 街灯の少ない薄暗い道。それでも凛太朗の何か言いたげな表情はよく分かる。


「実は俺、昔野球やってたんだ」


 そんなの知ってるわよ!と言ってやりたかったが、凛太朗の顔を見ると言う気にはならなかった。


「けど、色々あって辞めて⋯⋯それからずっと野球から逃げてばっかでさ。俺はさ、分かんないんだよ。ずっと言い訳ばっかして野球と向き合ってこなかったやつがまた高校野球なんてやっていいのか⋯⋯」



 真帆は呆れ顔で目を瞑り、


「あんたってほんと馬鹿!」


 鈴虫の鳴き声しか聞こえないような静かな道で、真帆の声が響く。


「そんなの私が分かるわけないじゃない! 野球がやりたかったら、やればいいじゃない! 簡単な話だよ」


「そんな簡単じゃねぇから聞いてんだよ!」


 初めて聞く凛太朗の怒鳴り声。


 ーーそんなに辛そうな顔しなくたっていいじゃない。


 真帆は俯く凛太朗に人差し指を指して、


「それでも、私に聞くのは間違ってるわ。自分で答え出さないと意味ないし、野球にだって失礼よ」


「ーーッ」


「私ね、ある人に出会って野球を始めたの」


 真帆は自分の野球バッグを懐かしそうに見つめる。


「その人はね、ピッチャーだったんだけど、ほんっとにすごくてカッコよかったわ。その人を見たときに私も、あんな風になりたいって思っちゃったんだ。だから、あの人に出会えてなかったら今の私はいないの。あの人が私を野球に導いてくれた、そしてね、野球が私を変えてくれたの」


 真帆が何を言いたいのか分からず、凛太朗はキョトンとする。


「野球を続けていたら、いつかあの人に会えるんじゃないかって今まで頑張ってた。自分がマウンドで投げる姿を見て欲しくてね」


「それがお前の野球をする理由か?」


「違うよ」


「ーー?」


「野球が大好きだからだよ」


 真帆は無邪気に笑ってみせる。太陽のような暖かい笑顔だった。

 草木が生い茂った夜道に強い風が吹く。


「⋯⋯」


 それでもどこか納得のいかない表情の凛太朗は、眉間にしわを寄せる。



「あんたはすごいよ」


「は?」


「だからあんたはすごいって言ってんのよ」


 真帆はジッと凛太朗を見つめる。

 なんだか、まじまじと見つめられると照れくさくなる。

 凛太朗は頬を赤らめて目を逸らしてしまう。


「べ、別に俺はすごくなんかない。また野球を始めたって、誰かを傷つけるだけだ」


「言ったでしょ? 野球は人を変える力を持ってんのよ。私が言うんだから間違いないのよ」


「それはお前だかーー」


「いい? 綾瀬凛太朗はすごい。私が何回だって何十回だって言ってやるわ。あんたはすごい、あんたならできるってね」


「ーーんだよそれ」


 真帆の言葉は他の誰よりも心に響いてきた。

 ーー俺は誰かにそう言って欲しかったのか?

 心のどこかで求めていたのかもしれない。自分を綾瀬凛太朗として認めてくれる存在を。それなのに、ずっと目を背けていた。

 村上や勝部、あいつらはずっと自分を必要としていてくれた。ただ、昔と同じ事を繰り返すのが怖かった。

 真帆は相変わらず凛太朗を真っ直ぐに見つめている。


「俺は野球⋯⋯やってもいいのか」


 声が震える。


「さぁね?」


 真帆は悪戯な笑みを浮かべる。

 今までの思い出が風と一緒に、走馬灯のように流れてくる。

 兄を故障に追いやった日、クラブチームの先輩を殴りつけた日、野球を辞めようと決意した日。全てが鮮明に頭を駆け巡る。

 しかし、彼女の笑顔でそれはみな吹き飛んでいく。眩しいくらいの笑顔は、暗い過去を明るい未来へと導いてくれる。そんな風に思えるのだった。


「なんか悪りぃな。変な話して」


 真帆に頭を下げる。


「ちょ、ちょっと頭なんて下げないでよ! それにーー」


「ん?」


「また投げるとこ⋯⋯見たいし」


 真帆はボソッと俯きながら言った。


「なに? 聞こえなかった。なんつったんだ?」


 途端に真帆の顔や耳が熱くなる。なにより無神経っぷりに腹が立つ。


「もう! この馬鹿! あんたの事なんかどうでもいいって言ったのよ!」


 真帆は顔を真っ赤にして喚く。


 夜空を見上げると、無数の星たちが輝いていた。


「兄貴⋯⋯」


 こんなにも夏の夜空が綺麗だなんて思いもしなかった。

 下ばかり向いてたってつまんねーよな。

 凛太朗は自転車に跨り先に行く真帆の背中を追う。


「ちょっと! ついてこないでよ!」


「ばか、俺もこっちなんだよ!」


 真帆は「しっしっ」と手で払う。それでも凛太朗は真帆を家まで送り届けるのだった。

 何度も「ついてくるな」と言われたが、さすがに夜道を女の子一人で帰らせるのは後に引けた。

 もちろん仕方なくだ。

 最後なんて、ばいばいとは言えず「あ、おう」のような大変ぎこちない別れ際だった。


 ふぅっと息を吐き自転車に跨る。


 もう終業式は明日に迫っていた。

 野球部の運命が決まる日。

 それでも夏は、甲子園は待ってくれない。

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