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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「希望なんだよ!」

特待・・・・・特待生の略。特待生とくたいせいとは、入学試験や在学中の成績優秀者等に対して、学費の一部、もしくは全てが免除されたり、奨学金の支給などの特別な待遇を受ける学生や生徒である「特別待遇学生」「特別待遇生徒」の略語、また制度そのものを示す言葉として、教育現場等で広く用いられている。


「野球部に入って欲しいんだ」


 桜商では他にいないであろう坊主頭の男が言った。

 同じクラスの村上誠也むらかみせいやだった。


「ーーくっそ」


 汗でカッターシャツが濡れるのも御構い無しに、平川は無我夢中で自転車を漕ぐ。

 苛立ちが収まらない。村上の言葉が頭から離れないからだ。

 ずっと全力で漕いでいたので、さすがに体が怠くなる。家まで十五分程度だったので残りは自転車を押して帰ることにした。

 平川の住む光町は、一軒家と老人が多いこじんまりとした町だ。

 いつもは音楽を聴きながら漕いでいるので気にもしていなかったが、改めて見るとこの町は昔から何も変わっていなかった。


 たまには自転車を押して帰るのも悪くないな。


 平川はのどかな町並を眺め歩いていると、思わず足を止めてしまう。

 そこは幼き頃に幼馴染の久保朋也くぼともやと毎日のようにキャッチボールをした空き地だった。

 しかし、そこには「マンション建設予定地」と看板が立てられ、公園には入る事ができなくなっていた。

 どこか心にポッカリと穴が空いた気分になった。ただ呆然と看板の前で立ちすくむ。


「匠⋯⋯?」


 それはひどく懐かしい声だった。

 振り向くとそこには綺麗に頭を剃った久保がいた。見たところ、富士ヶ谷野球部と刺繍の入った野球バッグを肩にかけていた。

 久保を見るや否や、平川は自転車に跨りその場から逃げようとするが、


「まてよ!!」


 久保が珍しく声を荒げたので、足を止めてしまう。


「なんで連絡の一つもよこさないんだよ!」


「⋯⋯わりぃ」


 久保の目を見る事ができない。


「なんだよわりぃって⋯⋯。全然チームにも顔出さないし、どんだけみんな心配したと思ったんだよ!」


「⋯⋯」


 少し言いすぎたと思ったのか久保は顔をしかめる。


「匠は高校でも野球ーー」


 と言いかけたがすぐにやめた。平川の身なりを見れば野球を続けていないのはすぐに分かる。

 長く伸びた前髪に、両耳に付けたピアス。高校球児であるはずがなかった。


「お前は野球続けてんだな」


 今度は平川が久保の格好を見て皮肉っぽく言った。


「匠のおかけだよ」


 久保はじっと平川を見つめる。


「全部、匠のお陰なんだ。俺が今こうして野球できてるのも」


「ーーんなわけないだろ。俺がお前らを無理やり⋯⋯」


「なに言ってんだよ! 俺達が一度でも文句言ったことあったかよ! 無理やりだなんて自惚れんのもいい加減にしろよ!」


「⋯⋯俺が京命館に行きたいなんて言わなかったら、お前らをあんな思いさせずに済んだのに⋯⋯」


 あんな思いとは、中学最後の大会の事だった。

 今でもあの時の試合が、度々夢に出てきては平川を苦しめていた。


「たしかにあの時はショックだったよ。こんなにも差があるのかって。けど別に俺達は匠の事責めてなんかいない。むしろみんな感謝してんだぜ? 知ってるか? 光町スターズで野球やってた奴らみんな高校でも野球やってんだ。あの時、匠が本気で野球やってなかったら今の俺達はないんだ。ほんと匠のお陰だよ」


「ーーッ」


 ーーなんだよそれ。俺だけ前に進めてないのかよ。


「匠に京命館に特待でいきたいって言われた時はほんとに驚いたよ。でも俺達は、匠ならいけるって信じてたよ」



「ふっ。今じゃあ、こんなんだけどな」


 自分の格好を見て笑ってしまう。


「匠はさ! 俺達の希望なんだよ! 憧れなんだよ! こんな、何にもない町のヒーローだったんだよ! 別に京命館に拘らなくていいだろ! また野球やってくれよ!」


「⋯⋯なんでそうなるんだよ」


「希望だからって言ってんだろ! 見てみたいんだよ。匠が甲子園で野球してるとこ」


「こう⋯⋯しえん」


 それは夢にまで見た場所だった。幼き頃、何度も母親の膝の上でテレビに夢中になり「いつかは自分もあそこに」とよくはしゃいでいたのを思い出す。


「匠! グラウンドで会おうな! 絶対だぞ! 敵同士でも手加減なんてしないからな!」


 久保は自転車を走らせ手を振りながら去っていく。

 あいつの笑った顔は昔から何も変わっていない。

 目をこする。手は濡れていて、震えていた。


「どいつもこいつも勝手な事ばっか言いやがって」


 空き地に目をやる。日が沈むまでキャッチボールをしていた日々が浮かぶ。


「俺もお前みたいに変わんないとだめか」


 看板にコツンと拳を当てる。

 先程までパンパンだった足がなぜか軽い。


 ーー自分で勝手に限界決めんなってことかよ。


 無性に悔しくてたまらかった。あの日から全部終わったものだと思っていた。

 勝手に思いこんで、結論出してそれで解決したと思ってたんだ。

 まだ、なんも始まってないないし、終わってもない。こっからだろ俺はーー。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 いつものように登校時間ギリギリに教室に入る。

 村上と目が合うが、気まずくて思わず目を逸らしてしまう。


「平川氏ー。おはようでやんすぅ。昨日の「魔法少女キラリン」みたでやんすぅ? もう尊いが止まらなかったでやんすぅ」


 ガリガリの眼鏡をかけた男が背後から話しかけてくる。魔法少女キラリンとは、深夜に放送している萌え系のアニメである。


「わりぃ。見逃した」


「なー。まあ、録画してるでやんすから明日貸してあげるでやんすぅ」


「おう。頼むわ」


「なんだか今日は元気ないでやんすね? もしかして、昨日の野球がなんとかって気にしてるでやんすか? だいたい、僕達みたいな隠キャは隅っこでゲームばっかしてたらいいでやんすぅ。あんな陽キャがすることしてたらだめでやんすよ」


「⋯⋯」


「まあ、もうあんなやつとは関わらない方がいいでやんすよ。馬鹿馬鹿しいだけでやんす。なにが甲子園だか、一球入魂だか知らないでやんすけど、アホくさいでやんすねぇ? ね? 平川氏ーー」


 平川は男の顔面を鷲掴みにし、


「なにもしたことない奴が知ったような口聞いてんじゃねぇよ」


「っーんーんー」


「ーーッチ」


 乱暴に席に着き、グラウンドを眺める。


「⋯⋯甲子園ね」


 顔のニヤつきを隠すように頬杖をついて誤魔化す。

 夢に見た光景が現実になるかなんて、まだ誰も知らない。

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