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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「井の中の蛙大海を知らず」

バッテリー・・・・・・野球で、投手と捕手との組合せ。


ふと疑問に思う。

みなさん前書きはどんな風に書いてるんだろうと。

 シニアリーグに所属する光町スターズは、神奈川県にある小さなクラブチームだ。基本的に地元の中学生で構成されており、勝敗よりも野球を楽しもうというチーム方針だった。

 しかし、平川匠(ひらかわたくみ)は違った。

 平川は神奈川の古豪・京命館きょうめいかんへの野球推薦を本気で狙っていた。

 近年は甲子園からは遠ざかっているが十年前は、夏の甲子園大会決勝まで進み、惜しくも敗れたが神奈川中を盛り上げ、それに魅了された少年達が県内外から集まるような高校である。


「野球推薦を狙うなら三田シニアでも、厚木シニアでも行けば良い」という声も最初はたくさんあった。しかし、小学生の頃からずっと一緒にやってきたチームメイトと野球ができるのは、中学が最後という事で平川は周囲の反対を押し切り、地元の光町スターズに所属するのだった。

 投げてはエース、打っては四番とチームの中心選手だった。そして、地元の寄せ集めチームではあるが、平川の野球センスは頭二つほど抜けていた。そして、本気で野球推薦を狙う平川にいつしかチームメイト達も感化され、「匠を京命館に!」という思いで練習に励むようになった。

 光町スターズほどの小さなクラブが、京命館のような強豪校にスカウトされるには、全国大会に出場するしか他はなかった。


「別に無理して練習しなくていいから。俺のためにとかはやめてくれ」


 中学三年になった、ある日のミーティングで平川は言った。


「ふざけんな! お前一人で野球やってるつもりにでもなってんのか!」


 平川の言葉に激怒し、チームメイト達は声を揃える。


「けど⋯⋯」


 平川は分かっていた。このチームじゃ全国にはいけないと。

 力の差がありすぎるのだ。

 すると、一人の男が平川に詰め寄る。


「そりゃ、最初はなんとか匠に、野球推薦を取って欲しくてみんな頑張ってたさ。たしかに前までは、匠のために野球やってたけど今は違う! 今は野球が楽しくて仕方ないんだ! こんな気持ちになれたのは匠のおかげなんだよ」


 幼馴染で平川とずっとバッテリーを組んでいる、久保朋也くぼともやは、平川に誘われたのがきっかけで野球を始めたのだった。お節介な性格ではあるが真面目で面倒見が良く周りからの信頼は厚く、頼られる存在だった。ワガママで頑固な平川とは正反対で、それ故によく平川と喧嘩する事もしばしば。

 それでも、こんな自分についてきてくれる久保には感謝しかなかった。

 自然と平川の目からは涙が溢れる。


「⋯⋯みんなありがとう」


 平川は拳を握りしめ、声を震わす。


 ーーこんな俺についてきてくれたんだ。みんなを全国に連れてって、なんとしても京命館の推薦を勝ち取ってやるんだ。


 それが自分にできる唯一の恩返しだと思っていた。


 全国をかけた最後の大会で光町スターズは、無事ベスト4まで勝ち進んだのだった。

「あと二つで全国」と誰かが口に出すと、皆の表情は硬くなる。浮かれてはいられない。なぜなら、これまでの試合は全て平川の活躍があってこそだった。しかし、次に戦う厚木シニアは、平川一人でどうにかなる相手ではない。何度か試合で当たった事があるが、全て敗北に終わっている。

 それでも、みんなの為にも負けるわけにはいかなかった。


 しかし、結果は15対0と惨敗してしまう。圧倒的なまでの差を見せつけられ、チームメイト達は泣き崩れる。

 平川自身もまったく歯が立たなかった。相手エースのボールをまともに前に飛ばすことも出来ず、投げては滅多打ちにされ、全く歯が立たなかった。

 自分には才能があると思っていた。周りとは違うと。

 しかし、本当の才能の持ち主に出会った時、初めて自分がいかにちっぽけな存在かを知る。


「ごめんなぁ。俺達が⋯⋯もっとしっかりしてたら⋯⋯」


 球場の近くにある駐車場でミーティングを終えると、チームメイトが泣きじゃくりながら平川に謝る。


 ーー違う。お前達が悪いんじゃない。悪いのは全部俺なんだ。俺がお前らを巻き込んだんだ。


「京命館の推薦⋯⋯」


 久保が目を赤くして、下を向く。


「き、気にすんなよ。まだセレクションがあんだろ?」


 平川は無理に笑みを作る。

 一人だけ泣いていないことがなんだか気まずくなり、


「俺ちょっとトイレ行ってくっから」


 と、泣きじゃくるチームメイト達を他所にトイレへと駆ける。

 下を向きながら走っていたせいか、出入り口にいた人に気づかず衝突し、尻餅をついてしまう。


「ってー。すんません。大丈夫っすかーー」


 平川は尻を抑えながら顔を上げ、目を丸くする。

 ぶつかったのは先程まで投げていた厚木シニアのエースだった。色白で派手な金髪、忘れるわけがない。


「いってーな。前見ろーーあれ? お前さっきのヘボピーじゃん」


「ーーッ」


「んだよ。まだいたのかよ。さっさと帰って、仲良しごっこの続きでもやってろよ」


 男は尻餅をつく、平川を凍りつくような目つきで見下す。


「⋯⋯」


 何も言い返すことが出来ず、俯く。


「お前、高校で野球すんの?」


「⋯⋯京命館でーー」


 すると男は腹を抱えて笑いだす。


「ばっかかお前ぇ。お前みたいな才能ない奴が京命館で野球? ほんと冗談きついぜ」


 ゲラゲラと笑う男に腹が立ち、顔を近づける。


「なんだよ。言いたい事でもあんのかよ」


「ーーーー」


「なんも言えねぇよなあ? あんな無様な試合しといてよ。お前みたいな少し野球ができるからって、調子乗る奴が一番嫌いなんだよ! あんなはヘボチームに担ぎ上げられて、お山の大将やってて気持ちよかったか? お前のことなんていう知ってるか? 井の中の蛙大海を知らずってな」


「ーー別に俺は⋯⋯」


 すると男は平川の胸ぐらを掴み、顔を引き寄せる。


「俺は京命館に野球推薦もらってんだ。いけるのは俺みたいな人間だけだ。この先、お前みたいな凡人は野球辞めるか、仲良しごっこでもしてりゃいいんだよ」


「ーーッ」


 男は握った胸ぐらを荒く離し、再び平川は地面に尻をつく。


「野球を好きだって気持ちは⋯⋯誰にも負けない」


「はんっ」と平川の言葉を鼻で笑い、


「気持ちだけでこの先やってけるほど甘くねぇんだよ。お前のチームはどうだ? 一点でも俺達から取れたか? 取れねぇよなあ? お前一人が張り切ったって意味ないんだよォ。きっとチームメイトも迷惑してたと思うぜ」


 ーー俺はずっと迷惑をかけていたのか。

 かなり厳しい練習でヘトヘトになるチームメイト達が頭に浮かぶ。

 苦しい思いをしていたっていうのかよ。それじゃ、全部俺が、俺が、俺がーー。


「おい、天崎てんざきその辺にしとけ。監督が待ってる」


 本当に中学生かと疑ってしまうような、巨漢の男が間に割って入る。厚木シニアの四番バッターだった。


「ーーッチ。京命館で野球なんていうもんだから思わず腹が立っちまっただけだ」


「別にそんな事はどうでもいい。俺はお前を呼びに来ただけだ」


郷田ごうだは相変わらず冷たい男だねぇ」


「⋯⋯」


 郷田は天崎の首根っこを掴まえて、平川の前から立ち去っていった。


 俺のことなんて眼中にないってか。


 郷田は一度も平川に目をやることはなかった。天崎に何か言われるよりも深く傷つくのだった。

 わかってしまったのだ。自分とは住む世界の違う人間がいることに。決してそっち側に自分がいけないことも。

 そう思うと今までやってきた事が途端に馬鹿らしくなる。チームメイトや、この先の自分の将来も。


 もうどうでもいいか。


 それ以来、チームを引退しても平川だけはチームに顔を出さなかった。

 久保とも引退してからは、口をきくことはなかった。

 チームメイトと会うのを避けていた平川は、勝手に距離を置いた自分をみんな嫌っているだろう。そう思っていた。

 引退してからは家に引きこもり、アニメやゲーム三昧の日々を過ごして、そんな状態のまま中学を卒業し、地元とは離れた桜峰商業高校に進学するのだった。

 平川は決めていた。

 高校に進学したら教室の隅でゲームばっかやって、ごく普通の高校生活を送ろうと。


「ーー野球部に入って欲しいんだ」


 そんな言葉聞きたくもなかった。

最後まで拝読ありがとうございます!

次話も平川匠の話を描かせてください!

次でラストです!楽しみにしててください!

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