「諦めの悪い男」
学生時代は絶対教室でご飯を食べていました。
とにかく人混みが苦手な僕は、食堂が大嫌いでしたね。
昼休憩になると食堂でご飯を食べる者と、教室で食べる者で分かれる。もちろん凛太朗は後者である。
食堂は全学年が集まるため、人が多く暑苦しいだけだ。
それに比べて教室は自分の席に座り、一人静かに食事を済ますことができるーーはずだった。
「なんでお前らがいるんだよ」
二人の男が凛太朗を囲うように食事をする。
「俺達チームメイトじゃん?」
そう言ったのは、赤焦げた長髪が特徴的な同じクラスの勝部涼だ。その隣には、一際大きなおにぎりを頬張る三嶋友希がいる。
「ばか、まだ入るなんて言ってねぇだろ!」
勝部と三嶋は顔を見合わせニッコリと笑う。
「⋯⋯なんだよ」
「なーんにも」
二人が声を揃えると、なんだか気味が悪い。
「チッ」と舌打ちをし、頬杖をついて外を眺める。
「そふいへば、ごふみのひらはわってやふがいるんだけどさ⋯⋯」
突然、三嶋は顔が赤くなり慌ててお茶を手に取る。口一杯に入れたおにぎりが喉につまったのだ。
ツッコミを入れるのが面倒なので、片目を瞑り見なかったことにする。
「あー、死ぬかと思った。で、話戻すわ。五組に平川匠ってやつがいるんだけど、そいつ中学の時、光町スターズっていうクラブチームで野球してたと思うんだわ。ちょい体が丸くなって、眼鏡かけてたから最初は誰かわかんなかったけど、間違いねぇ」
凛太朗は光町スターズというクラブチームは聞いたことがなかったし、あまり他のチームに興味がなかった。
「で?」
二人よりも早く食事を済まし、読者をしていた勝部は一度本を閉じ三嶋の方を見る。
「だから、平川も野球部に誘ったらどうなのかなって」
勝部は綺麗な瞳を片方瞑り白い歯を見せ、
「へぇ。いいじゃんそれ」
「だろー?」
二人は顔を見合わせる。
「そんな簡単に入るわけないだろ」
凛太朗はため息混じりに吐き捨てる。
「なっ」と三嶋が反論しようと口を開くが、凛太朗はそんな暇を与えず、
「だいたい、野球やりたいやつがこんな高校来るわけないだろ。だから、お前らに誘われたからって『はい。わかりました』って簡単に入るわけないだろ」
凛太朗の言う事が正論だと分かったのか、三嶋は空いた口をへの字に閉じる。
小原の時は特別だ。昔の自分を見ているようで柄にもなく熱くなってしまったが、今回は自分には無関係だ。それに、あの時の事を思い出すと顔から火がでるんじゃないかと思うほど、恥ずかしくなる。
「なんの話!?」
驚き振り向くと、頭を綺麗に丸めた男が立っていた。
桜商野球部の部員である村上誠也だ。
ハッキリ言って凛太朗は村上が苦手である。話が通じないタイプは面倒くさくて疲れるからだ。
「なんでいるんだよ!」
「いや、今日の練習について少し話したくてさ」
「別にLINEで、いーだろうが」
「LINEしてもみんな返してくれないじゃん!」
勝部は再び本を開き、三嶋はわざとらしく口笛を吹く。
なんてわかりやすい奴らなんだろうか。
「で、なんの話してたの!」
「⋯⋯」
凛太朗は答えたくないのか、頬杖をついて三嶋に目をやる。
それに気づいた三嶋は「ゴホン」と一度咳払いをし、
「えーっとな、お前と同じ五組に平川匠ってやついるだろ? そいつ中学の時、光町スターズっていう硬式のクラブチームにいたんだよ。それで、平川を野球部に誘ったらいんじゃないかってーー」
「え! あの平川が野球やってたなんて知らなかったよ。そうとなれば、今すぐにでも誘いにいかなくちゃだね!」
三嶋が話し終える前に、村上は勝手に結論を出して足早に教室を去ろうとする。
幼さが残る目は輝いていた。村上はこうなると、何を言っても無駄だ。
勝部と三嶋は立ちあがり、無言で凛太朗の襟元を掴む。そして、引きずられるような形で教室を後にするのであった。
昼休憩もまだ二十分ほどあるため、五組に行くには十分だった。
五組に入ると、やはり教室は見渡す限り女子しかおらず、どこのクラスも同じなのだと、教室を見て思う。
「お前、普段昼休憩どーしてんの?」
「俺は友達と食堂で食べてるよ!」
ーー友達。まあ、そりゃ友達くらいいるよな。
村上にも友達がいるのだと内心驚く。
「平川は?」
勝部の後ろにいた三嶋が、背を伸ばして教室を覗く。
「あそこだよ」
村上が指をさし視線を向けると、男子が三人ほど教室の隅で携帯をいじっていた。
昼休憩になると読書をする勝部が異常なだけで、凛太朗のクラスでも皆携帯を開いてゲームをして遊んだり写真を撮ったりと、和気あいあいとしている。
「平川、ちょっといいかな?」
村上は携帯の画面に夢中な男に声をかける。
「あ? 今は忙しいから無理」
携帯を操作したまま、一切村上の方を見ずに断りを入れる。
少し丸い顔を隠すかのように伸びた前髪は、アシンメトリーという髪型だろうか。両耳にはピアスがついていて、あまり良い印象は持てなかった。
最近になって分かったのはこの高校が、男子に対しては緩いということだ。緩いというか、呆れられていると言った方が正しいのだろう。もちろん注意や指導はするが女子に対する注意程厳しくはない。だから、こういった校則違反をする男子生徒達が増えるのだろう。
凛太朗は隣にいる勝部と三嶋を見る。視線に気づいた二人は目をそらす。
「ちょっとでいいからさ!」
村上も簡単には引き下がらない。
「無理だって。今からガチャ引かないといけないんだら。時間ないんだよ」
携帯の画面を見ると、そこには今流行りの「ガールズスター」というアプリが開かれていた。
ガチャを引いて、当てたキャラクターをアイドルにして育てるといった内容のアプリだ。当然、凛太朗は興味がない。
「あー、真姫タソがでるといいでやんすねぇ」
変な喋り方だ。
平川と一緒になって携帯をつつく、眼鏡をかけた男が言った。
「そりゃ三千円も課金してんだ。出てくれなきゃ困るぜ」
「うひょー。これで当たらなかったら平川氏は運がないですなあ」
もう一人の眼鏡をかけた男が興奮気味に話す。
よく見ると三人とも眼鏡をかけていて、いかにもオタクといったような感じだ。
凛太朗は考え方が幼く、眼鏡をかけていて隅っこで携帯をいじっているやつは、オタクという変な偏見がある。
「野球部に入って欲しいんだ」
携帯に夢中になっている平川に構わず、本題に入った。
すると、平川の表情は一変し、手を止める。明らかな不快感を顔に出すのだった。
「⋯⋯」
「どうかな? 今、人数が足りなくーー」
「二度と俺に野球の話をしてくるな」
ひどく冷たい声で村上を圧倒する。後ろに突っ立っているだけの凛太朗達も、思わず気圧される。
「平川氏が野球? はぁはあ、笑い死ぬでやんすぅ。平川氏がそんなリア充な事するわけないでやんすう」
眼鏡をかけた二人は腹を抱えて笑う。
どちらも眼鏡をかけていてガリガリなので区別しづらいので、凛太朗は勝手に眼鏡A、眼鏡Bと名付けることにした。
「そういう事だ、わかったろ。お前らも帰れよ」
平川は帰れと、目で力強く合図する。
「で、でもーー」
それでも引き下がろうとしない村上を勝部が止めに入って、何も言わず首を横に振るだけだった。
「お前らほんとにクラスメイトか?」
教室を出て廊下でショボくれる村上に三嶋が声をかける。
「⋯⋯うん。平川ってあーやってずっと三人でいるから、あんまり話した事なかったし⋯⋯」
「なるほどなー。けど俺が中学の時見た平川はすげー楽しそうに野球やってたけどな」
三嶋は腕を組み首を傾げる。
「俺さ、放課後にもう一回誘ってみるよ!」
この諦めの悪さは、ここまでくると尊敬したくなるほどだ。
「無理だと思うけどな」
そう言って、凛太朗は意気込む村上の肩をポンっと叩き、自分達の教室に戻っていく。
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終礼のチャイムが鳴ると同時に村上は平川の元に詰め寄る。
「⋯⋯なんだよ」
平川は眼鏡越しに鋭く睨む。
「昼の続きなんだけどさ」
「お前、俺の話聞いてなかったのか? 頼むからほっといてくれ」
「なんで⋯⋯そんな野球をーー」
「お前には関係ないだろ!」
平川は声を荒げる。下校しようとしていた生徒達が一斉にこちらを見るのがわかった。
「そりゃ関係ないさ! けど俺達が野球を続けるには部員が必要なんだよ⋯⋯」
村上も負けじと声を張る。
「なら別に俺じゃなくたっていいだろうが。お前達の事情を俺に押し付けんなよ」
「中学時代は楽しそうに野球やってたって⋯⋯」
「ーーッ」
「そんな簡単に野球から離れられないよな⋯⋯? 」
「お、お前に何がわかんだよ!」
平川は乱暴にバッグを担ぎ、走って教室を出ようとする。
「俺、待ってるから!」
廊下を走っていく平川の背中に叫ぶ。
自分はなんて図々しいのだろうと思うが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
どんな事をしてでも、部員を集めなくてはならない。
凛太朗の球を捕った時の感触が今でもまだ、左手に残って消えない。
ーーあいつの球を捕りたい。諦めてたまるもんか。
村上は「ふぅ」と息を吐き、野球バッグを背負ってグラウンドに向かうのであった。
最後まで拝読していただきありがとうございます!!
初めてこんなに長く書いたかもしれません(笑)
次話も楽しみにしていただければ幸いです!




