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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「あんなやつ⋯⋯」

冬の星と夏の星どちらが好きですか?

僕は夏に見上げる夜空が好きです。星は詳しくないので分かりません。

 桜峰商業女子野球部は関東圏屈指の強豪校である。神奈川県には桜商を含めて女子野球部は、二校しかないのだがどちらも実力は拮抗状態である。

 去年は全国選手権大会に出場するも一回戦敗退という結果に終わり、今年こそは優勝をと全選手が高い意識を持って練習に励んでいる。当然ながら女子野球部の肌は皆黒く焼けており、良くも悪くもすぐに一般の生徒か野球部か、というのが見分けられるほどだ。


「あれー真帆、日焼け止めなんか塗っちゃてー。もしかして彼氏でもできたの!?」


 寺本綾てらもとあやが真帆を指差す。寺本は綺麗な黒髪を腰辺りまで伸ばしている数少ない部員だ。


「ち、違うよ!」


 真帆は慌てて日焼け止めを後ろに隠す。


「じゃあ、好きな男でもできたの?」


 派手な下着姿の寺本は真帆の顔を覗き込む。

 部室には女子しかいないのでよくある状況なのだが、彼女からはあまり羞恥心というものを感じられない。


「もう! そんなんじゃないよー。ちょっとこれ以上焼けちゃうと良くないかなって思っただけよ!」


「ほんとかなー?」


 寺本は目を細める。


「ほ、ほんとよ! あたしの恋人は野球なんだから!」


「げー。今時そんなこと言う人いるんだあ」


「ちょっと馬鹿にしないでよねー」


 真帆は頬を膨らまし、鏡で自分の肌を見る。

 別にあいつは関係ないんだから。

 あいつーー綾瀬凛太朗の顔が頭をよぎる。途端に日焼け止めを塗っている自分が恥ずかしくなる。

 そもそも、そんな物普段使わないのでどのくらい塗れば良いのか分からず、お陰様で肌はテカテカになってしまった。


「こらー、一年ー! 早く着替えてグラウンドでる!」


 先輩が部室に入ってきて催促する。

 女子野球部は部員数が多いため三年、二年、一年で部室を分けていて、こうやって上級生が入ってくることもしばしば。


「すみません!」


 真帆と寺本は元気良く返事をし、大急ぎで着替える。


「あんたが余計な事言うから!」


「てへっ」


 寺本は舌を出し、軽く頭を下げる。

 普段からこんな調子の寺本だが、立派なうちのレギュラーである。恵まれた体格と、その華麗な守備で一年生ながらレギュラーを掴んだのだった。桜商女子野球部には欠かせない遊撃手だ。



「あー、もう疲れたよー」


 すっかり日も沈み、照明に照らされたグラウンドで寺本は真帆に寄りかかる。


「もー、サボってないでちゃんとグラウンド整備やってよね。また先輩に怒られちゃうじゃない」


 寄りかかる寺本を軽くいなして、手に持ったトンボで地面を平す。グラウンド整備は一年生の役目である。手抜きなどしようものなら、すぐに見つかり後々面倒なことになる。なので真帆はグラウンド整備は練習よりも全力で行っている。

 既に時計の針は七時半時を指していた。しかし、毎日の事なので今ではすっかり慣れてしまっていた。桜商高校では、最終下校時刻が二十時と決まっている。女子野球部はギリギリまで練習を行うため、最後は走って下校することもよくあるのだ。

 そして今日も素早く着替えて部室を去ることになる。

 寺本は「こんなことになるんならもっと早く練習切り上げなさいよ!」と走りながら毎度、隣で愚痴をこぼす。

 愚痴を言うだけの余力があるだけマシだ。他の一年生達はヘトヘトになりながら走っている。

 女子野球部専用グラウンドから駐輪場へと向かうには、小さなグラウンドを横切らなくてはならない。寺本は足を止め、


「あれって男子野球部じゃないの?」


 グラウンドに目をやる。たしかに小さなグラウンドには、練習着を着た男達が何やらバットを持って叫んでいる。

 もしかしたらあいつがいるのではないかと目を凝らす。しかし、目つきが悪く陰湿そうな男は見当たらなかった。


「どしたの? 誰か探してたの?」


「あ、いや、そんなじゃなくてね。遊びで野球やってるのが少し許せなくって」


 思わず嘘をついてしまった。


「ほんっとよねー。真剣に野球やってるあたしらからしたらほんと目障りよね!」


 寺本の鼻息が荒くなる。

「あっ」と声を出し、時計を確認する。


「真帆! 早く帰ろ! 監督に怒られちゃう!」


「あ、うん⋯⋯」


 再び走りだす。

 なんで探したりしちゃったんだろ。あんなやつどうだっていいのに。

 夏の夜風を感じる余裕もなく全速力で走り、駐輪場までたどり着く。


「はぁはあ、なんとかセーフだね」


「う、うん」


「あれ? なんか元気ない? もしかして男子野球部の中に気になるの人でもいた!?」


「いや、それはないんだけどね」


 真帆はすぐさま否定する。


「なーんだ。野球部の中に真帆の好きな人がいるのかと思っちゃった」


「もう! 綾ってば! 変なことばっか言わないでよ!」


「えへへ、ごめんごめん」


 寺本の無邪気な笑顔を見ると怒るのが馬鹿らしくなり、ついつい許してしまう。

 あんなやつ⋯⋯絶対に好きなんかじゃない。

 それでも、気になってしまっている自分に無性に腹が立つ。


「真帆がさー、昔見たヒーローって今なにしてるんだろうね」


 寺本は自転車を漕ぎながら、綺麗な夜空を見上げて言った。


「ーーえ!?」


 思わず真帆は急ブレーキをかけてしまった。


「だからー、昔見たっていうピッチャーの事よ。そんなすごい人なら、今頃なにしてるか気になるじゃない?」


「え、えーっと⋯⋯。やっぱり強豪校に進学してばりばり活躍して⋯⋯甲子園にだって行ってるんじゃないのかな!」


「へぇー。すごいなぁ。さすが真帆のヒーローだね!」


「う、うん⋯⋯」


 言えない。そのヒーローがまさか同じ高校で野球もせずに、毎日コーヒー牛乳を飲んでるだけのやつだなんて絶対に言えるはずがない。

 だいたいなんで野球やってないのよ! 意味わかんない!

 苛立ちを隠すように自慢のロードバイクを目一杯漕ぐ。

 こんな形で会いたくなかったな。

 夏の夜空を見上げ、無数に散りばめられた星達を眺める。あの時もこの星達のように輝いていた。

 真帆はまだ知らない。

 再び輝きだす星もあるということにーー。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

ちなみに男子野球部は後日しっかりと怒られてます(笑)

次話からはまた男子野球部を中心に話を進めていきます!

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