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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「野球やらないか?」

どうも。

自分の家に他人の髪の毛が落ちているのが、一番嫌な高乃です。

 桜峰商業高校のグラウンドは、周りの学校と比べると極端に狭く、スポーツをするにはとても不便である。しかし、女子野球部専用グラウンドや女子バスケ部専用コートがあるなど、主に女子生徒達が活動する部活には力を入れている。

 もちろん、全く学校側から期待もされていない桜商男子野球部の使用できるグラウンドは、極端に狭い。 平日もサッカー部が練習しているため、外野が使えずキャチボールや軽く内野ノックをするのが精一杯だ。


「あっ」


 林が打った白球は三嶋のグラブを弾き、後方に勢いよく転がっていく。


「強く打ちすぎなんだよ! 馬鹿野郎!」


 グラブを口元に当てて、三嶋が怒鳴る。小さなグラウンドだからか、よく声が通る。


「うるせぇ! この下手くそ!」


「ーーっんだとこの野郎! もういっぺん言ってみやがれ!」


 互いに胸ぐらを掴み合うが、背の小さい三嶋は少し大変そうだ。

 この二人の相性は最悪で、しょっちゅ喧嘩をしている。いつもは村上が止めに入るが何の意味もなく、時間が経てば解決する事がわかったのでもう誰も止めに入らなくなった。


「おい、ボール取りに行けよ」


 真っ白な体操服姿の凛太朗は、サッカー部が練習するエリアまで転がっていったボールを指差す。


「お前がいけよ!」


 三嶋と林は声を揃える。


「ーーは?」


「まあいいんじゃないの? 綾瀬は練習しないんだから、球拾いくらいさ」


 赤焦げた髪の男は、手を後ろで組んで呑気な口調で言った。


「ッチ」


 凛太朗は舌打ちをし、勝部を睨みつけ後に小走りでボールを拾いにいく。

 少し走るだけで汗が吹き出てくる。放課後だというのに陽の強さは弱まることなくグラウンドを照らす。

 薄汚れた硬式球は、蛍光色のスパイクを履いた男の足元に転がっていた。


「あ、あの、そのボール⋯⋯」


 よりもによって人のもとに転がるとは。


「ーーッチ」


 男は聞こえるように舌打ちをし、ボールを拾い上げて、突然野球部が練習する方へと投げたのだった。


「おいおい」


 男が投げたボールは矢のように鋭く、野球部のバックネットに直撃した。

 驚くべきは距離だ。いくら狭いグラウンドとはいえ、男がいる場所からバックネットまでは軽く50メートル以上はあるだろう。

 普通なら、いや、野球経験者でもあの距離からは山なりが良いとこだろう。


「ほんとにお前サッカー部かよ」


「⋯⋯」


 凛太朗の事など気にも留めず、男は何もなかったかのように再びリフティングをするのだった。

 感じの悪いやつだ。

 目つきも鋭く、耳にはキラリと輝くピアスがついている。

 他の部員は楽しそうに試合形式の練習をしているというのに、この男はずっと一人でボールを蹴っている。

 一人でボールなんか蹴って楽しいのだろうか。

 サッカーなど全くやった事の無い凛太朗には理解できなかった。


「ねぇ! さっきのすごくない!? あの距離からだよ!?」


 野球部の元へ戻ると村上が目を輝かせ、はしゃいでいた。


「確かに」と皆が頷く。


「あー、あれか? 小原光おばらひかるだよ。俺と同じクラスなんだわ」


 林が一人リフティングをしている男を見つめる。それにつられて凛太朗達も視線を向ける。


「まさか村上、あいつ野球部にーーなんて思ってないよな?」


「え? わかる?」


 そんなに目を輝かせていれば誰だってわかるだろうに。


「やめといた方がいいぜ。あいつ、普段全然話さねぇし、見た目もあんなんだしよ。ありゃただのヤンキーだぜ? だいたい俺が話しかけてやっても『うん』の一言だけだぜ!? ありえねーよ」


 それはお前がうざっ苦しいだけだ、とは誰も口にしなかった。


「えー、あんなすごい肩なのにな。勿体ないよ! な!? 綾瀬!」


「俺に聞くなよ」


 凛太朗はそっぽを向く。

 小原に目をやると、その顔はどこか寂しげだった。

 いつもあんな風に一人でいるのだろうか、そう思うと自然に小原を目で追ってしまう。


「はあ、あと十日もないんだよな⋯⋯部員、集まるのかな」


 村上は肩を落とす。


「先の事はわかんねぇ。だから今は練習するしかないだろ?」


 村上の頭をグラブではたき、三嶋が声をかける。


「まだ練習するのか?」


「もちろん」


「なら俺、先帰るわ」


 周りが呆気にとられている中、そそくさとグラウンドを後にする。

 サッカー部は野球部よりも早く練習を切り上げていた。確かに今ならグラウンドを広く使えるだろうが凛太朗には、練習する必要がない。


 駐輪場は部活が終わり帰宅する生徒で賑わっていた。

 これもまた青春の1ページというやつなのだろうか。そんなものは不必要であり、早く自転車に乗って帰りたい人間にとっては邪魔でしかないーーと以前の自分なら思っていたに違いない。

 無色だった世界が、村上や勝部達と出会ってから徐々に鮮やかになっていくのを感じていた。

 しかし、それを素直に認められない自分が腹立たしい。早々と帰ったのだって、あのまま、あいつらといたら野球をやりたいと感じてしまうのを恐れたからだ。


 特にないも入っていないバッグを自転車のカゴに乗せ、駐輪場を出ようとすると目線の先には小原がいた。


「あっ、お前はーー」


 前髪が目元を隠し、髪で隠れた耳からは小さなピアスが光っていた。


「⋯⋯」


 一度凛太朗を見るだけで、ぷいっと顔を背け小原は自転車に跨る。


「ま、待てよ!」


 とっさに呼び止めてしまう。


「⋯⋯なんだよ」


 長い前髪から覗かせる鋭い目で睨まれ、少し気圧される。

 凛太朗もよく目つきが悪いなどと言われる事があるが、小原の方が断然悪い。


「えっと⋯⋯」


 小原が放つ嫌な雰囲気に圧倒され、言葉に詰まる。


「や、野球やらないか?」


「ーーは?」


 突然の言葉に小原は目を丸くする。

 なぜこんな事を言ってしまったのか、自分自身でもよくわかっていない。

 考えるよりも先に、口に出してしまったのだ。

 ただ分かるのは、小原は少し前までの自分と重なって見えた事だ。

 何言ってんだ俺は。

 つい変な事を言ってしまった凛太朗は、殴られるのを覚悟して身構える。


「野球なんてするわけないだろ」


 初めて聞いた声は見た目とは違い、か細く感じた。


「だ、だよな。変な事聞いて悪かった」


 少しだけ額から汗が流れる。

 すると小原は一度跨った自転車から降りて、凛太朗と向き合う。

 先程まで帰宅する生徒達で溢れていた駐輪場もいつの間にか、二人だけになっていた。


 別に野球部のためなんかじゃないし、村上達に影響されたとかそんなのでもない。

 ただ小原を見ていると胸が締め付けられるのだ。

 どうして良いかなんてわからない。

 わからないから、ほんの少しだけ自分の気持ちに素直に従う事にした。


 小原は凛太朗に詰め寄る。


「⋯⋯でもどうして俺なんだ?」


「それはーー」


 自転車のグリップを強く握りしめ、茜色に染まる空を見上げる。

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