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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「お前の言う通りだよ」

お米を炊くのに水を入れ忘れた大馬鹿者です。

 桜商男子野球部の存続が懸かった終業式まで、十日程しかなかった。

 現在、桜商野球部に在籍しているのは村上、勝部、林、三嶋、凛太朗( 仮)といったところであろうか。当然、野球をするには四人足りないわけだが、そのあと四人がなかなか見つからない。こんな男子の少ない高校では無理もない。

 あと十日で何ができるというのだ。どうせ部員など集まりはしないのだから、こんな事をしたって意味なんてないのに。


「なんで俺まで⋯⋯」


 汚れ一つない体操服姿の凛太朗は、小さなグラウンドの片隅でこじんまりとバットを振る集団を他所に地べたに座り込む。


「あー、ボール打ちてー。素振りつまんねー」


「仕方ないだろ。平日はサッカー部と陸上部がいるんだからさ」


 日に焼けた肌の男が愚痴を漏らすと、すぐさま坊主頭の男が口を尖らせる。


「ところで徳野とくのの件はどうなったの?」


 坊主頭ーー村上が林に問いかける。


「ちゃんと説得してやったぜ! そろそろ来ると思うんだけどな」


 ここぞとばかりに林は親指を立てるが、誰一人見向きもせず黙々とバットを振り続ける。


「なあ、徳野ってどんなやつなんだ?」


 見た目に似合わず真面目にバットを振る勝部は一度汗を拭い、口を開いた。


「う、うーん⋯⋯。ちょっと変わってるかも。いや、結構かな⋯⋯」


 凛太朗はあぐらを組んで頬杖をついていたが崩れ落ちる。

 なんでまた変わったやつなんだよ! もう変わったやつはいらねぇよ!

 悪態をつき、輪になって素振りをする連中を睨む。


「凛太朗も座ってないで素振りしろよ」


「り、凛太朗ってーー」


 いきなりの凛太朗呼びに戸惑いを隠せなかった。どうやら三嶋は下の名前で呼ぶのに抵抗のない人間らしい。


「三嶋は綾瀬と仲良いんだな!」


「まあ、ぼちぼちだな」


「ぼちぼちかよ!」


 三嶋と村上は楽しげに言葉を交わす。

 三嶋のコミュ力の高さには驚かされる。野球部に入部して一日目だというのに完全に馴染みきっている。


「おっ、来たみたいだな」


 林の視線の先には、長身ではあるが細身の男が小走りでこちらに向かってきていた。


「はぁはあ、お待たせー。ハヤシンの言う通りちゃんと来たよー」


「ーーハヤシン?」


 聞きなれない呼び方に勝部、三嶋、凛太朗の三人は首を傾げる。

 村上だけは普通に流しているのを見ると、どうやらこれが通常運転らしい。

 男の背は勝部より高いだろうか、しかし勝部とは違って体の線が細すぎる。


「おう! 待ってたぜ。 どうだ? 返事は決まったか?」


「うーん⋯⋯」


 徳野は手に持ったラケットを、一度宙に投げて掴む。


「やっぱテニスも面白いんだよね」


「なんだよ! 俺たちには時間がないんだよ! 早く決めろよ!」


 ついこの間まで、散々野球部を馬鹿にしていた人間の台詞とは思えないと、目を細める。


「だってさー、練習抜けるのも一苦労だったんだよ? そんないきなり辞めるなんて言いづらいじゃん? だいたい、今まで通り掛け持ちで良くない?」


 言われてみると徳野の服装は、いかにもテニス部といった格好をしていた。おそらく無理を言って抜けてきたのであろう。


「その今まで通りで部活に出てこないんだから言ってんだろうが! 野球とテニスどっちかを選べってな!」


 どんどん林の口調は強くなっていく。

 徳野は両耳を塞ぎ、


「うー。ハヤシンうるさいよー。だいたいハヤシンだって部活出てなかったじゃないかー」


 林はぐうの音も出ず俯き、大きく舌打ちをするが徳野はずっと両耳を塞いだままだ。


「でも、どうして今日は来てくれたんだ?」


 至って冷静な勝部が間に割って入る。


「ハヤシンが甲子園に連れてってやるから放課後グラウンドに来いって。あと、来なかったらシバくって言うもんだから仕方なくだよ」


 ほぼ強引じゃねぇか! なにが説得してやったぜだ、と苛立つ林に軽蔑の眼差しを送る。


「そんなにテニスが好きなら、野球部なんて入らなかったら良かったんじゃないか?」


 勝部は完全に何も言えなくなった林の代わりに、徳野の相手をする。

 徳野は腕を組むと「うーん」と考え込み、


「そうなんだけどねぇ。でもキャッチボールはしたかったんだよねー。ここの野球部緩そうだったしさ」


「じゃあ、テニス部なんか辞めて好きなだけキャッチボールしよーぜ!」


 先程まで下を向いていた林が息を吹き返す。

 頼むから大きな声を出さないでくれと、凛太朗も耳を塞ぐ。

 徳野も林の大きな声に顔をしかめると同時に片方の瞳を瞑り、


「僕は自分より強い人間と戦いたいんだよ。個人競技のテニスならそれができる。全部自分次第だからね。でも、この野球部はどうだい? こんな野球部じゃショボいチームと試合しては負けての繰り返しなんじゃないの? 僕はそんな事のために三年間頑張りたいとは思えないなぁ。ハヤシンもそう思ってたんじゃないのー?」


「ーーッ」


 今ので林の心は完全に折れただろう。徳野の言っている事は何も間違ってはいない。そんな簡単に勝てるほど高校野球も甘くはないのだから。


「でも! 今は綾瀬がいるから!」


「ーーは!?」


 村上は胡座をかいている凛太朗を指差し、


「甲子園にはさ、すっごい選手がたくさん集まるんだ。もちろんこの神奈川にだって俺たちより何倍もすごい選手がいる。今までの野球部ならそんなすごい奴らと戦う前に負けてたさ。でもね! 今は綾瀬がいるんだ! そして勝部も、三嶋も!」


 林の名前が出ないことに、凛太朗は少しだけ同情するのだった。


「ムーはほんと単純だなー。あんまり暑っ苦しいとハヤシンみたいに嫌われちゃうよー?」


 軽く林をディスりながら、以前と胡座を組む凛太朗の前に徳野は詰め寄り見下ろす。


「全然甲子園に連れてってくれそうな感じしないけどなー」


「ほんと全部、お前の言う通りだよ」


 目も合わさず、吐き捨てるように言った。

 徳野が言った事は全て正しい。俺が甲子園に連れていくような人間ではない事も、林が嫌われていることも含めて。

 しかし、徳野は座り込む凛太朗を上から見つめて「でも」と前置きし、


「ムーがあそこまで言うんだから、きっとなにかあるんだろうなあ」


「ーーさあな。どいつもこいつも自分勝手なんだよ」


「ーーーー」


 沈黙が流れる。徳野は再び腕を組み、何かを考えているような顔をする。どんどん顔は険しくなっていき、何度も「うーん」と呟くのが聞こえてくる。


「よっし!」


 徳野は何か閃いたのか、突然声を出し顔を上げる。


「もしかして、野球部にーー」


 と淡い期待を村上は抱くが、


「いや」とそれはすぐさま否定された。


「もう少し考えることにするよぉ。ムーやハヤシンの言うことがほんとなら僕にとっては最高だしね」


「じゃ、じゃあさ! もし野球部に入ってくれるなら終業式が終わった後に生物教室に来てよ!」


「もうすぐじゃーん。まぁでもわかったよ。自分にとって悔いのない答えを出すよ」


「う、うん。 一番は一緒に野球ができたらいいんだけどね」


「ふふ」と徳野は微笑み、


「ムーにそう言ってもらえると、すごく嬉しいなあ。それじゃ、まだテニスの練習があるからまたね!」


 ひょろりと背を伸ばした男はグラウンドから走り去っていった。


「ほんっとあいつは変わってんなー」


「お前が言うな!」


 その場にいた全員が林に向かって口を揃えた。さすがに驚いたのか林は目を丸くする。


「だいたい結局、お前なんもしてねーじゃねぇか! ただ言いたい放題言われてただけじゃねぇかよ!」


「お、お前こそ、ただ突っ立ってるだけだっただろーがよ!」


「俺はまだ入部して一日目だし、どっかの馬鹿とは違ってしゃしゃりでたりしねーよ!」


 林と三嶋は顔を近づけ歪み合い、それを村上は止めようと間に入るが跳ね返される。そんな光景を見て勝部は一人、腹を抱え笑っている。


「ほんとお前ら変わってるよ」


 賑やかな連中を眺め小さく溜息をつき、胡座を組んだまま目を閉じる。

 凛太朗の頬が微かに緩んでいるように見えるのは気のせいだろうか。

 それともーー。

 きっとそれがわかるのはもっと先のことに違いない。

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