「汚いは余計だろ」
夜更かしのお供にエナジードリンクを飲みますか?
僕はモンスターの白缶が好きです。
ほんとよく眠れます。。。え?
学校までの通学時間は自転車で約一時間半。
まさか、これほどまで辛いとは思いもしなかった。
すでに綺麗なカッターシャツは汗で濡れ、下に着ている黒のTシャツが透けて見える。
「あぢぃ」
シャツを仰ぎながら自転車を漕ぐが、なんの気休めにもならなかった。
やはり、入学前に電動自転車をせがめば良かったかと今になって後悔する。
凛太朗が登下校で通る道は比較的、他校の生徒や車通りが少ない。そのため顔見知りなどに会うこともなく、誰の目も気にせず通学ができていたはずだったーー。
「なんでお前がいるんだよ」
そこには凛太朗と同じく交差点で信号待ちをする少女がいた。ロードバイクに跨り、健康的に焼けた肌に、紺のスカートから程よく筋肉がついた足を覗かせる。
「今日は部活がオフで朝練もないからよ。そもそも、別に私がいたっていいじゃない」
真帆は凛太朗の顔すら見ずにそっぽを向く。
「はいはい」
適当に返事を返す。この暑さで真帆に構う余裕などなかった。
信号待ちをしている真帆の顔は涼しげで、額に薄っすら汗が滲んでいるくらいだ。
そして綺麗に手入れされたロードバイクに目がいってしまう。
「なに見てんのよ。もしかしてわたしのロードバイクが羨ましいの? あんたもママチャリなんて乗ってないで買えばいいのよ」
「俺のママチャリを馬鹿にすんじゃねぇ」
「あっそ」
真帆は信号が青に変わると同時に漕ぎ出す。やはり、ママチャリとは違い軽やかに進んでいく。
当然、ロードバイクを買うべきか検討はしたのだ。しかし、ロードバイクに乗る人間はチャラい奴か、爽やかなイケメンが乗る物だという偏見があったため、身の程をわきまえ購入を断念したのだった。
「なについてきてんのよ」
真帆の背後には、ママチャリを必死に漕ぐ凛太朗がいた。
「あ? お前が遅すぎて俺の邪魔になってんだよ」
「そんな汗かいといて、よくそんなことが言えるわね」
たしかに真帆に追いつくだけでも精一杯だった。
「⋯⋯仕方ないわね」
真帆は自転車を止め、ピンク色のタオルを凛太朗の顔に投げつける。
「ぶはっ。危ねぇだろ!」
「これでその汗まみれの汚い顔でも拭きなさい!」
それだけ言い残して自慢のロードバイクを目一杯漕ぎ、あっという間に凛太朗の前から居なくなったのだった。
「ーー汚いは余計だろ」
タオルを手に取り汗を拭きとる。
自分の家と同じ柔軟剤を使っているのか、お風呂上がりのフワフワした良い匂いがして、あれでも一応女の子なんだなと偉そうに感心する。
「つーか、これどうすんだよ」
ピンクの派手なタオルを独り、道の真ん中で握りしめ立ち尽くす。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「はぁ」
一度は引き戸に手を伸ばそうとするが、勇気が出ずに引っ込める。
ただでさえ他クラスには入らないのに、ましてや女子クラスに入ることなど到底無理である。
母親がよく買ってくるパン屋の紙袋を手に持ち、凛太朗は教室のドアと睨めっこしている。
にしても、勝部もよく西野が隣の二組だとわかったもんだ。
こんだけ女子がいれば名前を聞いただけでは、何組かも検討がつかない。ただあの時の、『恋でもしたのか?』という言葉だけは解せない。
やはり後で一発チョップでも食らわしておこう。
「なんか用?」
慌てて振り返ると、そこには真帆が怪しむような目つきで見ていた。
「いや、その⋯⋯あれだ⋯⋯」
とっさにタオルの入った紙袋を後ろに隠してしまった。
「ーー? 用がないならどいてよね」
真帆は凛太朗を押しのけドアを開ける。
教室は女子クラスだけあってあたり一帯、女、女、女、男である。ーー男?
ドアを開けてすぐの席に男女が仲良く昼飯を食べている。
まさかそんなメンタルの強い男がこの高校にいるとは思わずガン見してしまう。
「ーーほら閉めるわよ」
真帆が閉めようとするドアをなんとか手で押さえる。
「ちょっと待て⋯⋯。お前に用があるんだよ」
「な、なによ⋯⋯」
真帆は目を丸くする。
「これだよ。昨日の朝借りたやつ」
紙袋を突き出して、雑に手渡す。
「あ、ありがとう。洗濯もしてくれたんだ」
なんだかぎこちないやり取りが続くと、仲よさそうに弁当を食べているカップルの女がこちらを指差し、
「あー! 真帆ー! もしかして彼氏ー?」
「ち、違うよ! 絶対に違うからね! 」
真帆が全力で否定する横で、凛太朗は大欠伸をしていた。
「えー。つまんないのー。まぁ、真帆にはイケメンが似合うもんね」
お世辞にも可愛いとは言えない女に、さり気なくディスられた胸中は複雑だ。
当の真帆は顔を赤らめ足早に自分の席に戻っていく。
「あーちゃん、そりゃひどいぜ」
女と向かい合って座る男が凛太朗を同情するように見つめる。
すぐさま、そんな目をするなと男を睨む。
男はよく焦げた肌に、さっぱりとした短い髪で勝部にも劣らぬ体格の持ち主だ。
「竜ちゃんはまだ野球部に戻らないの?」
「ーーッ」
引き戸を閉めて帰ろうとしていた手が、思わず止まる。
男は「ガハハハ」と豪快に笑い飛ばし、
「ないない! 俺みたいな天才があんなとこで野球してたら腐っちまうよ」
「さすが竜ちゃん! はい、あーん」
なんてもの見せられたんだと、すぐさまドアを閉める。
一年生は他に二人いるという、村上の話を思い出す。
きっとあいつがその内の一人なのだろう。
あのタイプの人間は特に苦手な凛太朗は、そっと目を瞑り肩を落とす。
これから起こる、面倒臭そうな事が何となく想像できるからだった。




