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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「条件」

この前歩いていると、停車していた軽トラにぶつかりました。

ボーッと歩いていた僕が全て悪いです。ごめんなさい。

とても体が痛いです。

 

「どうしてそんなに野球を毛嫌いするんですか?」


 先程から突っ立っていただけの凛太朗が重い口を開き、一瞬沈黙が流れる。

 山県が「はぁ」と一つ溜息をつき、


「ここじゃなんだからグラウンドにでも行こう」


 移動している間は誰も言葉を交わすことはなく、山県の意外と大きな背中に大人しくついて行く。


「整備がなってないな」


 山県はデコボコなグラウンドを目にして言った。村上は拳をギュッと握りしめ俯く。それに気づいた山県はまた一つ、溜息をつく。


「⋯⋯俺は英明のエースだった」


 ポケットに手を突っ込んだまま空を見上げ、どこか悲しげな表情で言った。


「ーーえっ」


 村上が声を漏らす。

 まさかあの英明でエースだったとは思いもしなかったのだろう。

 凛太朗も眉にしわを寄せる。


「最後の夏、俺はエースとしてチームを甲子園出場に導いた。もちろん、英明でエースになるなんて、そんな簡単な話じゃなかった。どれだけのライバルを蹴落としてきたか⋯⋯。それでも俺は投げ続けたよ。英明でエースになって甲子園の舞台で投げるためにさ。そしてやっとの思いで甲子園の切符を手に入れたんだ。けどあのジジィは俺を甲子園のメンバーには選ばなかった」


 山県はそう吐き捨てるように言った。

 三人は何も言えず、固唾を呑む。


「あの狸ジジィ⋯⋯当時英明の監督だった印南貴紀印南貴紀(いんなみたかのり)⋯⋯。あいつだけは許せない。俺は高校三年間の青春を全て野球に捧げたんだ。全ては甲子園に出るために⋯⋯。だけどあいつはエースである俺を見捨てやがった⋯⋯。あの事件さえなければ⋯⋯」



「じ、事件?」


「ああ、英明学園で起きた、女子生徒の体操服盗難事件だ」



「ーーん?」


 凛太朗達は少し面食らった。


「俺はその犯人にでっち上げられた。当然俺は盗んでなんていない。ま、まあ、その手前までは何度か⋯⋯。け、けど、ちゃんと踏み止まったからな!」


「ーーは?」


 三人は呆気にとられ、目を細める。

 そして一度「ごほん」とわざとらしく咳払いをし、


「もう一度言うが俺は絶対に盗んじゃいない。はめられたんだ。でもあの印南の野郎は聞く耳を持たなかった。『うちのチームに犯罪者は必要ない』ってな。あっさり俺からエースを剥奪し、メンバーにも選ばなかった。俺は結局甲子園のマウンドに立つことはできなかったのさ。俺がどれだけ努力をしたと思う? お前達にはわからないだろうな⋯⋯。あれだけ野球に全てを賭けてきて、今じゃなんの形にもなっちゃいない。そもそも野球なんてしていなければ俺はもっと違う人生を歩めたかもしれなかったんだ」


 ーー野球なんかしていなければ。何度も思った言葉だった。理由がどうであれ野球に関わりたくないという気持ちは理解できる。自分もそっち側の人間だったのだから。


「で、でも⋯⋯」


 村上は言葉にできない。

 山県ほど努力をしたと言えるのだろうか。決して簡単に気持ちはわかります、とは言えない。きっと山県は本気で野球をしていたのだろう。

 あの辛そうな表情を見ればすぐにわかる。


「まあ、どうせあの狸ジジィもとっくに死んで、復讐もなにもできないけどな」


「英明の印南監督はまだ現役で監督をやってますよ?」


「ーーッ」


 村上の言葉に山県は絶句し、そしてボサボサの髪の毛を掻き毟る。


「ーーあのジジィまだ生きてやがったのか。化け物め⋯⋯」


 凛太朗の隣で勝部が悪い笑みを浮かべるのを見逃さなかった。


「ーー先生。復讐しましょうよ。この桜商の監督になって英明ぶっ倒して印南監督の鼻っ柱へし折ってやりましょうよ」


「な、何を言って⋯⋯」


 勝部は「それと」と前置きし、


「黒川先生も惚れちゃうと思うけどなー。もし甲子園なんて行けたらそれこそ、付き合ったりとか」


「く、黒川先生と⋯⋯」


 山県は激しく頭を掻き毟り、顎に手を当てなにかを考える。

 あそこまで拒絶していたのに黒川先生の話になるとこんなにも揺らぐのかよ! さっきまでの野球に対する負の感情はどこにいったんだよ!

 凛太朗はより一層山県に対して目を細める。


「先生! お願いします!」


 村上は再び頭を下げる。


「⋯⋯わかった。ただし条件がある」


「条件?」


「噂で聞いたがお前ら九人もいないらしいな。そんなんじゃ話にならん。まずは夏休みが始まる前ーー。終業式の日に部員を最低九人は集めてこい。場所は生物教室とかでいいだろう。もし、その日に揃わなければ俺は顧問を引き受けない。それが条件だ」


「⋯⋯わかりました。必ず九人集めてみせます」


 村上は凛太朗と勝部を見つめ、小さく頷く。

 なんで俺も仲間に入ってんだよ。

 村上の視線に耐え切れずに目を逸らす。


「綾瀬、お前も野球部なのか?」


「いや、俺は⋯⋯」


 上手く答えることができなかった。


「そうか。中途半端な覚悟で野球はするもんじゃないぞ」


 山県の言葉は胸に重く刺さる。

 果たして自分は兄がいる英明を倒して甲子園に出ることなどできるのだろうか。それこそ兄の夢を約束を、邪魔することになるのではないのだろうか。


 山県は哀れむような目で凛太朗をじっと見つめる。

 部員を集めるまでのタイムリミットは、あと二週間ほどしかなかったーー。

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