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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「目指せ甲子園ですよね?」

皆さんの学生時代には、美しい教師やイケメン教師などはいましたか?

僕の通った高校には誰一人としていませんでした。

ラノベや漫画の見過ぎには注意ですね。

 凛太朗が通う桜峰商業高校には、非常勤講師として七十歳まで教師を続けている人物が存在する。

 とはいえ、まったく姿を見かけることもなかったので、誰かが適当に広めた噂程度にしか思っていなかった。


「ーーせんじぃ」


 勝部が小さく呟く。


「千爺?」


「ああ、学校のやつらはみんな千田先生の事を千爺って呼んでんのさ」


「な、なるほど。でもなんで千田先生がここに?」


「なぁに、教室の前をたまたま通りかかったら男同士で、イチャついとるもんじゃからついに気になってのぉ」


 千爺は悪戯に笑みを浮かべ、ツルツルの頭を撫でる。


「イチャついてねぇよ!」


「そうやってムキになるということはーー」


「違うって言ってんだろ!」


 思わず大きな声をだしてしまう。

 勝部に至っては吹き出しそうになる笑いを堪え、涙目になっている。

 こいつ絶対楽しんでやがるな。

 勝部を一度睨みつけると、それに気づき軽く頭を下げる。


「なぁに、冗談じゃよ。ところで入部希望じゃったな? 悪いんじゃが夏休みが明けたら儂はこの学校を辞めるつもりでのぉ。儂が辞めたら顧問をしてくれる先生もおらんじゃろうし、そうなったら廃部は間逃れんじゃろうな。せっかく入部したいと思ってくれたのに悪いのぉ」


「え、ちょ、じゃあどうしたらいいんですか!」


 勝部は珍しく取り乱し、千爺に詰め寄る。


「まぁ、そう慌てなさんな。儂の代わりに顧問をやってくれる先生を、見つければいいだけの話じゃよ」


「そんなやついんのかよ」


 ただでさえ、あまり運動部に力を入れていないこの高校で好き好んで野球部の顧問を引き受けてくれる教師などいるのだろうか。


 千爺はニヤリと笑い、


「そういえば、簿記の山県先生は元甲子園球児だったという噂を聞いたことがあるのぉ。たしか、あの英明学園だったとか」



「英明!?」


 凛太朗は寄りかかっていた机から崩れ落ちる。

 まさか山県があの英明学園出身だったとは。しかも野球部ーー。

 英明学園は神奈川県内でも屈指の名門校で、全国から野球エリート達を集めているような高校だ。そして、一つ上の兄、圭太が通う高校でもある。しかし、とてもじゃないがあの英明学園で野球をしていたような雰囲気はまるでない。


「信じられませんって顔をしておるの? 無理もないのぉ、まぁ本当の事が知りたかったら直接本人を問い詰めたら良いじゃろう」


 千爺は「フォッフォッ」といかにも爺さんというような笑い方をし、教室を後にした。


 凛太朗と勝部はお互い顔を見合わせる。


「明日山県のとこ行ってみよーぜ」


「なんで俺も行かないといけないんだよ」


「お前も気になってんだろ? 本当に英明で野球やってたか」


 勝部は黒く綺麗な瞳を片方つむり、凛太朗を見つめる。


「ーーったく、付いて行くだけだからな」


 いつも勝部は、心を見透かしたような口ぶりだ。

 どうせ反論したって勝部は、聞いてくれはしないのだから仕方なく折れる。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「なんでお前までいんだよ」


 あどけなさが残る顔の坊主頭に目を向ける。その男の瞳はなにかを期待しているように伺える。


「勝部が誘ってくれたんだよ! だってあの英明だよ!? 本当にそうなら、ぜひ顧問をお願いしたいよ!」


 村上はなぜか鼻息が荒く、いつにも増してウザさに磨きがかかっている。話が通じない人間が二人もいるなんて、ストレスでしかない。

 元凶である男を睨むが、当の本人は白い歯を覗かせているだけだ。


 山県が放課後どこにいるかは、あらかた予想がつく。

 ーー英語準備室の前だ。放課後になるといつも英語準備室の前で、ぶつぶつと独り言を言いながら神妙そうな顔をしているという話を女子生徒が、気味悪そうに語っているのを何度も耳にした事があるからだ。


 三年生の教室があるさらに上の階、四階の隅に英語準備室はある。そこには予想通り、黒縁眼鏡のヨレヨレになったスーツを着た男が扉の前で佇んでいた。


「山県先生!」


 村上が大きな声で呼ぶものだから山県は「うへっ」と変な声を出し怪訝そうな顔つきでこちらを見る。


「な、何の用だ。俺は今忙しいんだ。どっかいってくれ」


「ーー単刀直入に言います、野球部の顧問をしてください」


 村上は距離を詰め、頭を下げる。


「断る」


 それは即答だった。どこか闇のある口調でそして力強かった。


「でも、先生はあの英明野球部出身なんですよね?」


 このまま引き下がるわけにはいかないと勝部は前へでるが、山県は黒縁眼鏡を上げ「ちっ」と舌打ちをし、


「誰から聞いた?」


「ーー千田先生です」


「⋯⋯あのお喋り爺さんめ」


 英語準備室の前は重苦しい空気へと変わる。

 山県からは目に見えない圧を感じ、村上と勝部は気圧される。


「いいか? 確かに俺は英明学園野球部出身だ。だけど俺はもう決して野球に関わることはない。おまけに、この高校の野球部なんて野球舐めてるだろ。あんなんじゃーー」


「山県先生?」


「く、く、黒川先生!?」


 振り返った先には、色艶やかな黒髪を束ね、バッチリと化粧をした女性がいた。


「生徒と会話だなんて珍しいですね」


「いやー、生徒の相談を聞くのも教師の役目ですからね! な! お前たち! な!」



 山県は三人を抱き寄せる。

 調子の良い奴め。

 男四人も引っ付いていると暑苦しので、無理矢理でも離れようとするが山県の抱きしめる強さは半端じゃなかった。

 先程までの重苦しい空気はどこへいったのやら、黒川を前にした途端これである。

 黒川はクスリと笑い、


「なにを話してらっしゃったんですか?」


「えっと⋯⋯」


 山県は言葉を詰まらせる。


「山県先生に僕達野球部の顧問になってもらえないかお願いしてたんです!」


 村上はチャンスだと言わんばかりに声を張り上げる。


「なっーー」


 感情とは裏腹に山県は必死に笑顔を作ろうとするから、その顔面はひどくブサイクだ。


「いいじゃないですか! 顧問! もし我が校が甲子園に行けたらーー、先生! とても素敵じゃありませんか」


「えっと⋯⋯目指せ甲子園! 待ってろ甲子園! はっはっはっ⋯⋯」


 完全に無理をしている山県に、三人は呆気にとられる。

 その引きつった笑顔を見ると少し同情してしまう。


「じゃあ、甲子園楽しみにしてますね。またお話聞かせてくださいね。山県せん、せい」


 黒川は一つウインクをして、ピシャッと英語準備の扉を閉める。


「はぁ」


 大きな溜息をつき俯く。


「目指せ甲子園ですよね⋯⋯?」


 下を向く顔を覗き込むように勝部は、ニヤリと笑う。

 こいつ性格悪いな。と改めて勝部の嫌らしさを実感する。


「う⋯⋯いや、俺は絶対に野球には関わらないぞ」


 一度折れかけたように見えたが、再び山県からは力強さが戻る。

 一体何が、山県をここまで野球から遠ざけるのだろうか。

 そして山県が浮かべる表情は昔の自分と何も変わらなかった。

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