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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「甲子園⋯⋯?」

キャッチャーボックス・・・・・・キャッチャースボックスとは、捕手(キャッチャー)が座り、投手の投球を捕球する場所のこと。


いつもヘラヘラしてるやつが案外怖かったりしますよね。

 放課後とはいえ、まだ夏の強い日差しがグラウンドを照らす。

 普段教室にいるとよくわからないが、外の日差しを浴びると髪の毛が赤茶色だということが一目でわかる。


「勝部⋯⋯。なんでお前がここに⋯⋯」


 男はポケットに手を突っ込みゆっくりと歩み寄ると、二年生も振り上げたバットを下ろして勝部にガンを飛ばす。


「なに邪魔してくれてんだよ。あ? お前一年だろ? 今年の一年は生意気なやつばっかだな」


 勝部の胸ぐらを掴む。それでも勝部は怯まない。

 二年生に比べて上背も体つきも断然勝部のほうが良く、猫が虎に噛み付いてるだけの絵面に見える。


「あんたは負けたんだ。大人しく負けを認めて消えろよ」


 普段の勝部からは想像できないくらい、恐ろしく冷たい声だった。


「ーーんだとこのやろう! 痛い目に合わねぇとわかんないみたいだな!」


「やめとけ。わかるだろ? どっちが痛い目に合うか」


 勝部は胸ぐらを掴んでいる華奢な腕を握る。すると、徐々に二年生の顔が苦しくなってくる。


「ーーは、離してくれ! わ、わかったから⋯⋯!」


 二年生は苦悶の表情で訴えかけ、地面に跪く。

 勝部の長い前髪から覗く瞳からは、凍りつくような視線を感じた。


「村上ぃ! 俺達を辞めさせること後悔しても知らねぇからな! 俺達がいなくなれば大会にだって⋯⋯」


 二年生は村上の蔑んだ目に気づき俯く。


「くそがぁ!」


 二年生はバットを地面に叩きつけ、グラウンドを去っていく姿を見て、勝部は「ふぅ」と息を吐き、


「どうだった?」


 と笑顔でおどけてみせる。

 一瞬間の抜けた空気が漂う。


「どうって⋯⋯」


 先程まで目にしていた勝部とは別人すぎて言葉がでない。


「俺さー喧嘩なんてしたことないんだよねー。俺って穏便に済ませたい派だからさっ」


 勝部はいつものように笑顔で答え、地面に落ちた金属バットを拾い上げる。そして、何度かスイングをしてみせる。素人にしては小気味良いスイングをするなと、感じた。


「そもそもなんでお前がここにいんだよ」


 凛太朗の言葉に勝部はスイングを止め、勝部は「あー」と相槌をする。


「お前がさ、くそつまんなさそうな顔で放課後いっつも教室の窓から外眺めてるだろ? そんな顔してなにが見えてんのか気になって眺めてたら、グラウンドで面白そうな事してっから見に来てみたったわけ」


 勝部は凛太朗の目をじっと見つめる。

 凛太朗は「なるほど」と頷き、


「つまらない顔で悪かったな」


 と口を尖らせる。


「ああ。でも良いもん見せてもらったよ 」


「ーー?」


 村上も揃って首を傾げる。


「甲子園ってやつさっ!」


 勝部はぶんっと鋭いスイングをしてみせる。


「ーーは!?」


 凛太朗と村上は同時に驚く。二人とも開いた口が塞がらない。


「え、じゃあもしかして野球部に入ってくれるの?」


 村上は目をキラキラさせながら勝部に詰め寄る。


「うーん。そうだなぁ。やっぱ直接確かめないとな」


 勝部は村上の誘いを一旦はぐらかし、凛太朗にバットの先を向ける。


「綾瀬。俺にも投げてくれよ」


「は? 投げろったってそれになんの意味があんだよ。俺はもう⋯⋯」


「いーから! 俺は確かめたいんだよ。お前が俺を楽しませてくれる人間かどうかをさ」


「ったく。一打席だけだそれでいいだろ? つーか野球なんてしたことあんのかよ」


 一打席ならと、観念する。勝部には何を言っても通じないと感じたからだ。


「あー、まあ中学の時、助っ人で野球部の試合に出たりしたことあっから」


「ふーん。じゃあさっさと終わらせて帰んぞ」


 村上は急ぎ足でキャッチャーボックスへと戻る。

 汗で濡れた前髪を搔きあげ、一つ大きく息を吐く。

 どうしてこうも次から次へと⋯⋯。

 元凶である勝部を睨みつけるが、当の本人は楽しみで仕方ないといった顔をしている。


「なんだよ、その目。勝手に期待してんじゃねぇよ」


 打席に立つ勝部の姿に少し驚く。勝部の構えは実に素人とは思い難く、独特な威圧感を放っている。

 生半可な球では打たれると感じたのか、凛太朗は今日一番の力で投げ込む。やはり遅い。

 自分の球の遅さに顔を歪める。

 その刹那、カシャン! っと後ろのバックネットに球が当たり、音を立てる。

 村上は驚いて目を見開く。

 まさか初球で、あの異常に伸びてくるストレートに反応しバットに当ててくるとは。只者じゃない。

 たった一度のスイングで感じることができたのだ。

 勝部は当たった感触を確かめるかのように、手のひらを見つめる。すると突然大声で笑いだす。


「はー、だめだ。今の一球で全部わかったよ。今の俺じゃ綾瀬の球は打てない」


 勝部は笑いを堪えることができず、ずっと笑っている。それが薄気味悪く、夏だというのに背筋がぞっとした。


「なあ、村上っていったけ? 甲子園にでたらさ、綾瀬みたいなんが沢山いんのかな」


「も、もちろんだよ! もっとすごい投手だっているさ!」


 村上はなぜ勝部が笑っているのか理解できず、少し戸惑う。


「きーめたっ! 俺野球部入るわ。これからよろしくな、二人とも」


 勝部はにっこりと笑顔を作る。


「ま、まて! 俺はまだ入部したわけじゃ⋯⋯」


「なーに言ってんの。昼休憩に毎日村上の誘いを断ってる姿見てきたけど、本心には見えなかったけどなぁー」


 心の中を見透かされたような気がして、苛立つ。


「お前になにがーー」


「行こうよ! 甲子園!!」


 村上は、勝部と凛太朗の手を握りしめる。

 くそっーー。ここにも話の通じないやつが! こいつの頭はお花畑なのだろうか。もしそうなら、今すぐにでも頭のお花を摘み取ってやろうかこの野郎。と嘆く。

「はあ」と小さくため息をつく。

 すっかり茜色に染まった空を見上げる。


 しかし、少しだけ笑みが浮かんでいるのは、凛太朗自身も他の二人も気づかないのだった。

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