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夏は輝く  作者: 高乃優雨
第一章 烏合の集
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「あんま期待すんな」

ストレート・・・・・・直球と呼ばれる直線的な軌道の速球。最も落差が少なく到達時間も短い球種である事などから、基本になる球種とされている。


僕はとにかく期待されるのが苦手でした。

自分でその期待には応えれないと勝手に思っていたからです。

とんだ勘違い野郎ですね。

 放課後の小さなグラウンドには陸上部がリレーの練習をしていたり、サッカー部が談笑しながらダラダラと練習をこなしている。

 これは桜商グラウンドではよく見る光景だ。

 グラウンドの片隅では練習着一人と制服姿が三人という、あまり目にすることのない状況になっていた。


「本当に大丈夫? いきなり投げるなんて⋯⋯」


 桜商では珍しい坊主頭の男は、口元にミットを当てて小声で話す。


「⋯⋯多分な。あんま期待すんなよ」


 真っ白なワイシャツの袖を捲り、お世辞にも良く手入れされたとは言い難いマウンドを、革靴でならす。

 村上から借りたグローブの感触を確かめる。グローブも良く手入れされている。本当に野球を好きなのが伝わってくる。

 グローブなんて何年ぶりに使うだろうか。何度も開いたり、閉じたりと懐かしい感触に浸る。

 バッターボックスに立つ華奢で眉毛の細い二年生に目をやる。


「いつまで話しこんでんだよ! どんだけ話したって結果は変わんねぇよ! 俺はこう見えて中学じゃ四番でエースだったんだよ!」


 二年生は豪快なスイングを見せつけるようにバットを振り回す。


「はあ、やっぱりめんどくせぇ」


「ええ! 野球部の未来がかかってるんだから頼むよ!」


「わりぃわりぃ。口癖だよ。お前こそちゃんと捕れよ」


「うん! 任せて!」


 村上は笑顔でマウンドを去っていく。その後ろ姿は昼休憩に見たものとは別人だった。

 審判はもう一人の二年生がやるようだ。

 村上は一度ミット鳴らし、「よしこい!」と一声かけどっしりと構える。

 こんなにもマウンドから遠かっただろうか。もう二度と立つことのないと思っていたマウンドからの景色はどこか懐かしく、そして同時に嫌な記憶が蘇る。

 突然動悸が始まり、ボールを握る手が震える。そして視界が歪む。

 凛太朗は突然マウンドにしゃがみこんでしまう。


「ーーせ。綾瀬!」


 声がする。何度も聞いた声がする。

 見るに耐えれなくなった村上が再びマウンドに駆け寄って来たのだ。

 打席に立つ二年生の顔は苛立ちを隠せていない。


「だ、大丈夫か?」


「⋯⋯」


 凛太朗は塞ぎ込む。

 自ら勝負をふっかけておいてこの様とは、情けない。やはり、投げることは許されないのだろうか。

 ーー投げる資格なんて。


「あのさ、綾瀬が俺のために投げてくれる言ってくれた時本当に嬉しかったよ。綾瀬がいなきゃ俺、野球辞めてたかもしれない」


 村上は凛太朗の手を握る。その手はとても温かい。


「俺には投げる資格なんて⋯⋯」


「綾瀬になにがあったかなんて俺は知らない! けど資格なんてどうだっていいだろ! 好きだからするんだろ! 投げたいから投げるんだろ! 自分に素直になれよ! あの綺麗なフォーム見たときに俺は思ったんだよ。綾瀬と一緒に野球ができたら甲子園にだって行けるかもって。だから夢、見せてくれよ!」


 塞ぎ込む凛太朗の手を強く握る村上の汗が、腕を伝ってくる。


「お前の夢を勝手に俺に押し付けんなよ⋯⋯。俺は兄貴を⋯⋯。誰も俺のことなんてーー」


「兄貴? 綾瀬は綾瀬凛太朗だろ!! 俺は綾瀬と野球がしたいんだよ! 綾瀬の球を受けてみたいんだよ! だから俺のミットだけ見て投げてこい!」


「俺と⋯⋯」


 初めて誰かに必要とされた気がした。常に兄と比べられ、誰も綾瀬凛太朗として見てくれる人間などいないと思っていたこの世界で、自分を必要としてくれる人間がいるなんて思いもしなかった。

 凛太朗は顔を上げる。

 先程までの動悸はなく、視界は晴れ晴れとしている。


「⋯⋯いつまで手、握ってんだ。俺にそっちの趣味はないんだけど」


「あ、ごめん! つい熱くなっちゃって」


 村上は慌てて、手を引っ込める。


「もう、大丈夫だ。心配かけたな」


 凛太朗は起き上がる。

 震える手も止まった。もう怖いものはない。


「うん! 頼むよ!」


 村上はミットをぽんっと凛太朗の胸に当て走り去る。そして再びどっしりと構える。


「なげぇーよ! いつまで待たせんだこら! 早く投げてこいや!」


 二年生は叫びちらかす。しかし凛太朗の耳には届かない。

 村上のミットしか見えていないのだから。

 大きく振りかぶり、大きく足をあげる。ボールが指にかかり、離れる。そしてマウンドの土を蹴りあげる。


「ーーーー!」


 凛太朗の投げたボールは村上のミットへと収まり、二年生は空振りをして呆気にとられている。


「⋯⋯おっそ! んだよ! あんまりにも豪快なフォームだったからどんなすげぇ球が来るかと思ったらおっそ! 遅すぎて空振っちまったじゃねぇか」


 無理もない。まともに投げるのなんて中学一年以来なのだから。

 しかし一人だけ凛太朗の球に衝撃を受けている男がいた。


「す、すげぇ。こんなボール初めてだ」


 村上は先程凛太朗が投げたボールが脳に焼きついて離れない。

 確かに、遅い。しかし、球にかかる回転が異常なのだ。遅いが異常に手元で伸びてくる。こんなストレートとは初めて出会った。おそらく凛太朗も、二年生も気づいてはいない。


 村上は力強く返球する。


「だから期待すんなって言ってんだろ」


 頬を伝う汗を捲り上げた袖で拭う。

 もう一度同じように投げ込むと、二年生は再び空振る。

 二年生はなぜ当たらないのか、わからないという表情をしている。


「な、なんでだよ! なんでこんなくそ遅い球が当たらねぇ!」


 二年生はバットを地面に叩きつける。

 遅い遅いと何度も言われると良い気はしない。

 土で汚れた革靴で、荒れたマウンドをならす。

 そして目を輝かせた村上のミットを見つめ、一度深呼吸をする。


「これでおわりだーー」


 凛太朗の投げた球は村上のミットへと収まる。二年生は空振り、その反動で尻もちをついている。

 村上が抱きしめようと走り出してくるのをあっさりとかわして、尻もちをついた二年生を見下ろし、


「三球三振だ。約束通り辞めてもらうぞ」


 うっすらと悪い笑みを浮かべる。


「て、てめぇ⋯⋯」


 二年生は手に持ったバットを握りしめ、凛太朗にむかって振り上げる。


「もうよせ!」


 赤焦げた髪をなびかせた男が怒声をあげる。

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