「なにが悪いんだ?」
キャッチャーミット・・・・キャッチャーミットは、投手の投球を捕球するのに適した形状をしていて、全体的に丸みを帯び、端が厚めにできていて、親指部分は独立してはいるが、形状的にはグローブのように突出してはおらず、突き指を防ぐ形状。
あぐらをかいていると、よく足が痺れますよね。
皆さんはどう対処してますか?
いたたた、、、
あの寂しげな後ろ姿を、思い出すと少し胸が痛む。
それは嘘をついた罪悪感からだろうか。
『野球は大嫌いだ』その言葉にきっと嘘はない。いや、本当は野球をする自分が大嫌いなのだ。兄の夢を、約束を、全て自分の手でぶち壊しにするところだったのだ。
そんな自分が野球などしていいはずがない。
『もう邪魔をしないでくれ』あの時兄にかけられた言葉が、胸に刺さって離れない。そして、その言葉を免罪符に今まで散々野球と向き合ってこなかった自分が、今更、どの面下げて野球をすればいいというのだろうか。
いくら考えても答えなどでてこない。
野球を完全に捨てきれていない心は揺れ動き、ずっと封じ込めていたこの気持ちが揺らいでいる事に苛立ちが募る。
全部あいつのせいだ。あいつが誘ってこなければ、なにも悩みはしなかったのに。
「くそっ」
凛太朗はグラウンドに落ちている小石を蹴り飛ばそうとするが、上手く蹴れず小石は明後日の方向へと消えていく。
駐輪場へ向かうには、部室棟の裏を通らないといけない。
なぜこんなにも校舎から離れた場所に駐輪場を作ったのかと、作ったやつの神経を疑う。
雑草が生い茂り人気の無い部室棟の裏に、もうすっかり見慣れた坊主頭の少年がいた。
村上だーー。
無意識に物陰に隠れてしまった。
どうやら村上だけではなく、野球部の二年生二人もいるようだ。しかし、様子を見るに穏やかな雰囲気ではない。村上は先輩二人に囲まれて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「野球部を辞めてくださいだあ? お前、俺達が居なくなると大会にだって出れねぇんだぞ。それわかってんのか?」
「せ、先輩達は別に野球なんてする気ないじゃないですか⋯⋯。俺は本気で野球がしたいんです」
村上の声は震えていた。
「はぁ? うちの高校きて本気で野球がしたいって頭おかしんじゃねぇの。しかもお前、俺達に内緒で新入部員の勧誘してるらしいじゃねぇか。なに勝手な真似してくれてんだよ。いらねんだよ新入部員なんてよ! 俺達がいる限り絶対新入部員なんて認めねぇからな!」
二年生は手に持った金属バットを村上につきつけるが、それに怯むことなく村上は二人を睨みつけた。
「だから辞めてほしいんです⋯⋯。俺は甲子園に出たい。俺は野球が好きなんです。野球がしたいんです⋯⋯。先輩達に俺の夢を邪魔されるわけにはいかないんです⋯⋯」
村上はキャッチャーミットを抱きしめる。
「くだらねぇ。お前みたいな、努力したら必ず報われるとか思ってるやつ見ると反吐がでるぜ。だいたいそんなキャッチャーミットいつまで持ってんだよ。あんなクソ雑魚のミットなんかさっさと捨てちまえよ」
二年生は村上のキャッチャーミットを奪い取り、投げ飛ばす。
「あっ!」
慌てて村上は地面に落ちたミットを抱き寄せ、バットを肩にかけ見下ろす二年生を睨みつける。
「お、俺は野球が大好きです。この三年生から貰ったミットも三年生も大好きです。俺は野球も先輩達も馬鹿にするあなた達が許せない。野球が好きなんだから野球をしたいと言って、なにが悪いんですか! だからこの野球部を自分達の都合のいい部活にするんだったら辞めてほしいんです!」
凛太朗は物陰で震える拳をぎゅっと握りしめる。
村上の言葉は凛太朗の心へと突き刺さる。
「けっ。俺達に部活辞めてほしかったら、俺と一打席勝負してみろよ。もし俺が負けたら辞めてやってもいいぜ。まあらどーせお前のへなちょこボールじゃあ勝てないと思うけどな!」
二年生は、地面に落ちたミットを抱きしめる村上をあざ笑う。
「や、やってみなくちゃわかんないじゃないですか⋯⋯」
村上は瞼に涙を滲ませてうつむく。
「バーカ! わかるんだよ! お前みたいな才能の無いやつの球なんて打つのなんて簡単なんだよ!」
「ぐっ⋯⋯」
華奢な体つきの二年生二人は、村上を見下ろし高笑いをする。
体を震わせてキャッチャーミットを、大事そうに抱き寄せている。
「わかったら、さっさと飲み物でも買ってこいや!」
二年生は村上の腹に蹴りを入れる。それでも村上はキャッチャーミットだけは離さず、地面に倒れる。
「あー。一発じゃスカッとしねー。もう一発いっとくか」
既に地面に倒れ込んでいる村上に対して、二年生は蹴りの構えをする。
「甲子園なんて二度とふざけた事言うんじゃねぇーー」
「そこまでにしとけ」
二年生は物陰から出てきた男に驚き、村上の腹部寸前で足を止める。
「あ? 誰だお前?」
「別に誰だっていいだろ。俺はただその男に用があるだけだ」
凛太朗は倒れ込んでいる村上を指差す。
二年生は「はっ」と軽く笑い、手で金属バットを鳴らしながら凛太朗に詰め寄る。しかし、凛太朗は詰め寄ってくる二年生を素通りし村上の元へと歩み寄る。
「大丈夫か? それにしてもよく手入れされたいいミットだな」
村上が大事そうに抱えているミットに目をやる。
ミットの状態を見ればどれだけ村上が手入れを入念にしているかが一目でわかる。きっと大切な人から貰ったのであろう。
「綾瀬か⋯⋯。かっこ悪いとこ見せちゃったな。野球やりたかったら声かけて、なんて言っちゃったけど、ごめん。無理っぽいや」
村上は苦しいはずなのに、無理に笑みを作る。
「馬鹿。お前は十分かっこいいよ。見てた俺が言うんだ。間違いない」
倒れ込んだ村上に肩を貸す。
せっかく綺麗な練習着もこんなことで汚れるなんて親もさぞかし悲しむだろう。
「なーに、お前らで盛り上がってんだよ。あ? どっかの主人公気取りですか? はー、くだんねぇ」
「おい、一打席勝負で負けたら部活辞めるんだよな?」
「あー、そうだとも。まあ負けるはずがないけどな!」
二年生は再び人を不快にする笑い声をあげる。
「そうか。なら俺と勝負しろ。負けたら約束通り辞めてもらう」
村上を含めた全員が目を見開く。
「はーん? そんな体でお前投げれんの? ちゃんとお外でてますかって感じだな。 その勝負受けてやる。けど俺が勝ったらお前はこの高校生活永遠に俺達の奴隷だ。いいな?」
「⋯⋯ああ。なんでも聞いてやる」
「ちょっと、いくらなんでも⋯⋯。そこまでする必要ないよ⋯⋯」
凛太朗は「ふっ」と軽く鼻で笑い、
「野球が好きなのに野球がしたいって、言ってなにが悪いんだ?」
意地悪く笑う。
もちろん入部をするつもりはない。ただ今だけ、今日だけならーー。
好きなんだからしたいと思ってなにがいけないんだ。
そうだ。ずっと逃げてきた、目を背けてきた。けどこいつは逃げない。大好きな野球をするために。
あんなにしつこく誘ってきて、疎ましく思っていたあいつを今救ってやりたいと心から思う。
だって俺と同じで野球が大好きなんだからーー。




