「野球は大嫌いなんだよ」
夏って本当に一日中暑いですよね。暑いの苦手です。
学生時代は必ずカバンにシーブリーズを忍ばせてました。
そのお陰でカバンの中で中身が全部溢れるなんて事もありました。
カバンに何も入ってなくて良かったです。
あつい。真昼間ではないのに夏特有のこの暑さ。
凛太朗の真っ白な制服に、汗がにじむ。
学校の駐輪場は校舎から離れており、小さなグラウンドを通り過ぎなくてはならない。
お陰様で、駐輪場に行くだけでこの様だ。
グラウンドの隅を歩いていると茂みに硬式の野球ボールが落ちていた。
凛太朗にとっては、ひどく懐かしい物だった。ボールを拾って、軽く投げる素振りをしてみせる。
「はぁ」
小さくため息をつく。ボールを拾ったことを後悔し、茂みへ投げ捨てる。
「き、君!」
もしかして、見られたのかと恥ずかしくなり、振り向かずに足早に立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ。すごく綺麗なフォームだったよ」
頭を丸めた男は、その場を立ち去ろうとする凛太朗の手を握る。
「なっ! 急いでるんだ離してくれ」
凛太朗は目を輝かせている男の手を、振り払う。
「ごめん。つい思わず。もし、野球が好きだったら一緒にーー」
「やらない」
凛太朗は再び歩き出す。
「待って待って! 俺、一年五組の村上誠也! 野球部なんだけど、二年生が二人、一年生が三人でさ、全然人数足りなくて大会にも出られない状況でさ⋯⋯」
「ふーん。二年生っていうのは、あそこでバット持ってる連中か?」
小さなグラウンドの真ん中に、制服を着たままバットを振り回す生徒がいる。
「う、うん⋯⋯」
村上は拳を握りしめ俯く。
「おーい! 村上ぃ! さっさとボール拾って戻ってこいや」
二年生が大きな声で村上を呼ぶ。村上のどこか幼さが消えない顔がこわばる。
「は、はい! 今行きます! あの、名前だけ教えてよ」
「⋯⋯綾瀬だ」
「綾瀬ね! 絶対また誘うから! またね」
村上はグラウンドに待つ先輩達の元へと駆けっていった。
凛太朗は前髪を搔きあげ、茂みに投げ捨てたボールを見つめる。
「はぁ、めんどくさいことになんなきゃいいけど」
そう言って凛太朗は、なるべく陽に当たらないように、影を踏み駐輪場へと向かうのだった。
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昼休憩になると毎日、凛太朗のいる三組までやってくる男がいる。
そして今日もーー。
「おっす! 綾瀬、考えてくれたか? 野球部に入る話!」
坊主頭の男は、なんの躊躇いもなく他クラスのドアを開け詰め寄ってくる。
「なんども言ってるだろ。野球は大嫌いなんだ。それと頼むから教室には入ってくんな」
クラスの女子達の視線が、二人に注がれる。
「あんな綺麗なフォームしてるやつが、野球嫌いなんてわけないだろ? 頼むよ。このまんまじゃ廃部に⋯⋯」
顔を近づけてくる村上を手で押しのける。
「いいか? 俺は野球なんてやらないし、興味もない。俺を誘う暇があるなら他当たれ」
しっしっと、手で村上を払う。
「なんでそんなに野球を嫌うんだよ」
「別にお前に話す理由はない」
「⋯⋯もういいよ。しつこく誘って悪かったな」
村上は肩を落とし、無理に笑顔を作る。
「野球がやりたくなったら、声かけてくれよな! いつでも大歓迎だから!」
「ああ」
頬杖をつきながら短く答えた。
村上は静かに教室を去っていく。
あんな落ち込みようを見ると、少し悪いことをした気持ちになってしまう。けれども自分が野球をするのは、許されないのだ。
これ以上俺は、兄に迷惑をかけるわけにはいかない。
机に顔を伏せる。
「野球なんて大嫌いだ⋯⋯ 」
そんな凛太朗の姿を納得のいかない表情で、勝部は見ていた。




