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夏は輝く  作者: 高乃優雨
プロローグ
1/49

「輝く場所」

私は小さい頃から野球少年でした。

当時テレビでWBCを見ていた時、イチローが打った時は本当に叫んだのを覚えています。

まあ、スポーツって良いですよね。

 2009年第二回ワールド・ベースボール・クラシック

 通称WBCが行われた。WBCとは16カ国・地域が参加する野球世界一を決める大会である。

  日本はイチローや城島などの現役メジャーリーガーを擁し見事大会二連覇を達成し、日本中は歓喜に包まれた。特にイチローが韓国戦の決勝で放った勝ち越し打は未だに日本人の記憶に焼き付いているに違いない。

  その数年後に世界野球ソフトボール連盟、通称WBSCと呼ばれる組織が設立され、世代別の野球世界大会が開催されることになった。

  そして日本はU-12、U-15、U-18など世代別代表としてWBSC主催の世界大会に積極的に参加するようになり2013年の大会から、U-18代表がワールド・ベースボール・クラシックのプロ野球選手と同じ「侍ジャパン」仕様のユニフォームを着用するようになり話題を集めた。

 日本代表になり、世界の強豪チームと戦い世界一になりたいと夢見る少年達が増えたのだった。


  ◆◆◆


「野球の聖地アメリカで行われているU-12ワールドカップ決勝もいよいよ最終回です! 日本一点リードで六回裏ツーアウトランナー無し! ここで迎えるのはアメリカの四番A.ジョンソン君です! 日本が許した安打はわずか二本! その二本全てがジョンソン君というわけなんですが解説の堂本さんはこのバッターをどう思いますか!?」

 

  実況は興奮を抑えられずに上ずった声で解説に問いかける。

 

「そうですねぇー。素晴らしい打者だとは思いますが、どれも甘いコースでしたからねぇ。しかし日本のエース綾瀬君も六回まで完璧な投球ですからね、ここは力まずに三振を狙っていってほしいですねぇ」


  興奮した実況とは違い解説は冷静に答える。


「そうですね! ここは日本のエース綾瀬君に期待しましょう。しかも綾瀬凛太朗あやせりんたろう君には、既に将来を有望視されている一つ上のお兄さん圭太けいた君がいます! 圭太君はーーーー」


 投げているのは凛太朗だ。それなのに実況者は、長々と兄の圭太について語る。実況席の熱気は最高潮に達し、独特な緊張感が漂う。


 

 ◆◆◆


  兄の背中だけをずっと追いかけてきた。


  凛太朗の球速は六年生ながら、120キロ前半は計測していた。小学生が投げるスピードではなかった。それでも圭太は軽々と打ち返す。当然ながら、周りの選手達は当てる事で精一杯だ。

 次第に圭太から三振を取りたいという思いで、凛太朗は野球をするようになっていた。他の打者や試合の成績なんて、どうだって良かった。


 今日この日までは。


「その目つき兄貴にそっくりだぜ」


  汗を拭い、打席に立つ相手の四番打者を睨みつける。

  兄と同じ左打者。そして、兄にも劣らぬ実力の持ち主である男を意識しないはずがない。

 おかげで三振を取ってやろうと肩に力が入り、甘くなってしまった。

だけどこの打席はそうはいかない。

 一度深呼吸をして大きく振りかぶる。

 一球目はストライクギリギリの外角低めが決まる。ストライクを取ったが相手の打者はピクリとも動かない。二球目はファールボールになった。しかしライトスタンドに特大のだ。


「あぶねぇ。なんつースイングしやがんだあの野郎」


 それから三球目、四球目、五球目と、自分でもどれほど投げたかわからないほどファールにされた。ただ、本意ではないことは、相手の悔しそうな顔を見ればわかる。次は必ず打つという気迫が目に見えてわかるからだ。

 凛太朗はニヤつきが止まらない顔を隠すように、帽子を深く被り直す。

 投げていて心から楽しいと思えるのはいつぶりだろうか。世の中にはまだこんな凄い打者がいると思うと、頬が緩む。


 楽しい、もっと投げたい、勝ちたい。


 これまで兄だけにしか抱いたことのない感情がふつふつと湧き出る。

 次の球で勝負をつけると決め、大粒の汗を拭い一つ、深く息を吸い込んだ。


 ◆◆◆


「ねぇねぇパパー。野球ってすごーく面白いね! 特にあのピッチャー? ってすごくかっこいいって思うの! 」


 ほどよく焼けた肌に腰くらいまである綺麗な髪をなびかせながら、少女は観客席から身を乗り出しそうな勢いではしゃぐ。

 

「それは連れてきて正解だったな。真帆まほも野球やってみるか?」


  父親は観客席から身を乗り出し、グラウンドに落ちそうな少女を抱き抱える。


「やるー! 真帆もあんな風に投げたいー。すごーく楽しそうだもん」


  見よう見まねで投球モーションを繰り返す。

  野球を初めて観戦する少女からでも、今投げている日本人投手が凄いというのは観客の反応やボールの速度を見ればわかる。


 いつしか真帆も周りと同じで試合に釘付けになっていた。

 

「⋯⋯笑ってる?」


 真帆の目からはマウンドにいる少年が笑っているように見えた。

 今の打者に何球投げたのだろうか、まるで疲れた様子を見せない。むしろ楽しくて仕方ないといった顔をしている。


 あのマウンドという場所はそんなにも楽しい場所なのだろうか。

 確かめたい。自分もあんな風に投げたい。

 あの場所に立ちたい。

 抱き抱えている父親の腕を強く掴む。

 

 少年が大きく振りかぶる。その瞬間、マウンドに光が差し込んだ。

 真帆の綺麗な瞳からは少年がとても大きく見え、眩しく光り輝いた。

 少年の投げた球は今日投げた中で間違いなく最速だった。相手打者は悔しそうにうなだれる。

 日本が優勝を決める。するとチームメイトがマウンドに集まり、人差し指を天に掲げ喜びを分かち合う。そんな中でマウンドに立つ少年は一人、呆然と空を見上げていた。

 

「真帆もあの場所で投げたい」


 少女の瞳には、あの光り輝いたマウンドと少年が焼きついていた。

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