5.サンライト・クルセイダース
昼休み。鐘が鳴ったとたん俺は教室の戸を蹴破った。
北側階段へ直行し、一気に駆け上がっていく。
アレックスにお仕置きタックルを喰らって教室五つは突き破ってしまったが、作戦に支障は無い。
ひより先輩がビラを配っていたのは、異能棟エリア。
ここ普通科でライバルを手にかけることはないだろう。
そう、それはまさに「約束された勝利」。
純白の翼を生やした先輩が、正午の陽射しに包まれて――、
『健介くんっ……早く捕まえにきてぇ……っ♡』
――と、谷間を強調させるのが見えた。
「いま、会いにゆきます! せんぱぁあああああああああああい!」
天使の呼びかけに呼応し俺の瞳もカッと発光。背中のブースターを爆ぜさせ、粒子を大量に放出させながら三段飛ばしで突き進む。
だっておっぱいだぜ? ころしてでもうばいとる。
しかし、思ってもみなかった事態が発生する。
三階に到達し、最後の階段を駆け上がろうと折り返した時だ。
踊り場から「球体」が、俺の顔面目掛けて飛んできたのだ。
「なっ!?」
パシン!
即座に手が反応し、すんでのところでキャッチ。
……ふにゅふにゅと、握ると柔らかな感触が。
肌色のボールの真ん中に、茶色のマーカーで「乳首」が描かれていた。
ソフトテニスのボールだ。
「貴様のようは普通科生には、その玩具がふさわしい……」
「誰だッ!」
と、踊り場に待ち構えていた四つの影に俺は怒鳴る。
――いや。噂には聞いたことがある。
異能科には、大鳥居ひより生徒会長の学校生活やプライベートを「監視」しているという熱狂的な輩どもが存在するのだと。
ゾクッと、鳥肌が立ったのを感じていた。
「総員百名前後の大所帯。そして、そいつらを統率する恐るべき『四天王』……!」
「ほう? 我々のことをそこまで知っていたとは。ふっ。さすがだな前田健介ェ!」
角刈りゴリラのリーダー、「谷繁」は俺の名を叫んだ。
チビとハゲとデブの三重奏、ガリ勉小僧「福留」。
アメフト部の留学生「タイロン」は丸太のような腕を組み、無言で威圧する。
そして右端のテニス部員「立浪」は、フフンと不敵な笑みを見せつけるのだ。
「我ら、ひよりん親衛隊!」
四人はそれぞれポーズを取った。
胸板はぎっちりと張り筋骨隆々、ふんどしをきつく締めている。ねじりハチマキを巻いて白のアイマスクを装着し、仕上げに桔梗色の法被を羽織っているとんでもない奴らだ。
「お前ら……っ!」
「クックックッ――。まさか俺たちが待ち構えているとは思いもしなかっただろうなぁ」
「そんな格好で恥ずかしくねえのか!」
「そこかよてめえ!?」
「よせ」
短気なテニス部員がボールを掴んだが、谷繁が手を出して制止する。
「考えに考え抜かれた戦闘着をそんな格好と言ったか? ハッ! わかってないな貴様ァ。例年の酷暑のために考案された、説得力十分にしてこれ以上ない最適解をォ!」
確かに夏場は四十度行くからね。全国中継されるレベルだもんね、ここ。
「ですがしかし。あなたはあまりにも、やりすぎました」
ガリ勉は前に出ると、キシャーと短い両腕を上げて威嚇した。
「何ですか、今朝方の破廉恥な行為は? 我らの女神であるひより生徒会長と言葉を交わすどころか、接近して見つめあうなどと!」
そういうことかと理解に至る。
俺のような普通科生徒がずけずけと異能科に踏み入り、しかも妙に馴れ馴れしくおしゃべりをしたわけだ。それをこいつらが見過ごすとは思えないし、奇襲を仕掛けることで真っ先に潰そうとする意図はわからないでもない。
「まさしく万死に値する行為ィ! ぜっっったいに許さんぞ前田健介!! いまこの場で死をもって償っ――、かふっ――、ぐぇあああああああああああ!?!?」
それは一瞬の出来事だった。
チビデブは口を大きく開き、ピクピク悶絶。
駆け上がる勢いのまま放った「腹パン」。
見事に決まり、背中までボコォと盛り上がったからだ。
俺の先制攻撃が炸裂。谷繁らも「なっ…!?」と驚愕の表情だ。
ハゲデブはうつぶせに倒れてしまう。そのまま階段をズルズルドコドコ滑り落ち、ふんどしがハラリと解けて脂肪まみれのケツを晒した。
「やりやがったな、てめえ!」
すかさずテニス部員が殴り掛かってくるが、遅い!
飛んできた腕を捕まえ、
「どぉりゃああああああ!!」
気合と根性の一本背負い。
ちょうど階段のふもとで死んでいるデブの上に叩きつけられ、ふんどしがハラリと解けてしまいテニス部員も気を失った。
研ぎ澄まされる神経。
体中を駆け巡るアドレナリン。
ひより先輩への想いが、俺を何十倍にも強くするのだ。
やってやろうじゃねえか!! 俺は吠える。
「上等じゃねえか。来るなら来やがれ!!」
「……ッ!」
タイロンと谷繁はいったん四階へと退き、体勢を立て直すようだ。
どうやらこいつらは小者二人と違って、そこそこ出来る奴らと見た。
俺は二人を追う。
◆◇◆
四階に到達した瞬間。
俺は真後ろを取られ、羽交い絞めにされてしまう。
「んなっ……!?」
「グフフ……♡」
アメフト部のタイロンだ。懸命に手足を動かすも相手の力が強く、拘束を脱することができない。すぐさま正面からリーダー谷繁が殴りかかってくる。
「トドメだァ! 女神に触れることなくこの場で滅せい前田健介ェ!」
「まだ終わっちゃいねえぞ!!」
首の力を抜き、頭を前方に垂らしてから――、
全力で真後ろに頭突きを食らわせた。「ンぎッ!」とタイロンが顔を歪めたその隙に、するりと丸太のような両腕から抜ける。
直後、谷繁の鉄拳がタイロンの顔面にクリティカル・ヒット。
巨漢は「ごパッ……」と涙と鼻血をまき散らしながら、仰向けにバターーーンと倒れた。ふんどしがハラリと解ける。
「何だとォ!?」
相打ちにリーダー谷繁が激しく動揺。
その一瞬の隙が奴の命取りだった。
俺は前方に転がり込むと、誰かが片付けずに放置していた「デッキブラシ」を手に取る。
「貴様、何を!」
谷繁が振り向くも、とっくに俺はデッキブラシの柄を廊下に突き立て、ぐるんとダイナミックに前転している。着地したときには再び相手の背後を取っていた。
デッキブラシをぐるぐるブン回し、勢いをつけてから、
「これで終わりだ!」
谷繁のふんどしを真正面から、デッキブラシの柄で「突いた」。
「ア゛ア゛ア゛――――――――――――――――――――――ッ!!!」
金的。股間直撃。
谷繁は白目を剥き、高等部エリア全域に轟くような、断末魔の叫びを上げる。
それでもリーダーたる彼は、激しい閃光に包まれ薄れゆく意識の中、問うのだ。
「なぜだっ……! なぜ一般人である貴様が……異能持ちを凌駕しッ……、これほどの力をっ…………」
「愚問だな」
デッキブラシを引き抜き、ピッと汚い血を払うような動きを見せながら言う。
谷繁は立っていた。
意識が飛びかかっていても、ふんどしがハラリと解けても。
なおも彼は自分の脚で立ち続けていた。
そんな「漢」に敬意を示すよう、俺は傲然と理由を明かすのだ。
「おっぱいのために決まってるじゃないか……?」
それを聞いた谷繁は、
「フッ」
苦悶の表情から解放され、安らかな笑顔になって――。
「進むがいい。選ばれし勇者よ」
下半身を丸出しにしたまま絶命した。
【続く】
※「ボーイズラブ」の表記は、一部分ですが、今後そのような描写が入ることが見込まれるため付けております。