4.おっぱいプリン争奪戦
「Oh、ケンスケ! 今日は真面目にヤってるじゃねえかぁ!」
ムキムキマッチョの外国人英語教師アレックス(インディアナ州テレホート出身。レスリング部顧問)はテキスト片手に、俺のことを褒めちぎった。
当然だ。今、俺は最高に集中している。
ノートに端から端まで一心不乱に文字や図形を書き殴り、時折スマホに視線を移しながら目ン玉飛び出そうな勢いで机にかじりついているのだ。
今の俺は戦闘力が並みじゃない。スカウター吹っ飛ぶまである。鋭くも隣の金髪メガネがその様子に気が付いたようで、顔を近づけ、ひそひそと声をかけてきた。
「どうしたんだよマエケン? ほんとによお?」
「静かにしたまえ! 気が散る!」
ガチギレしてさしあげる。きっと初等部からの親友・廣瀬慎には、今の俺の横顔が劇画タッチで描かれた真剣そのもの姿に映ったに違いない。
正直なところ真剣だった。たらり……。頬を一筋の汗が流れ、ゴゴゴゴゴ……。と背後に謎の擬音が迫っているような気すらしていた。
というのも、重大な事実に行きついたからだ。
スマホに表示されたままの、学園マップを確認する。
戦場となる異能科校舎――地下一階にカフェテリア兼購買部が設置されている――へは、ここ普通科校舎からだといちど表に出てから、馬鹿正直に検問を通って真正面から入らなければならない。異能や異能教育の機密保持とやらを理由に、基本的に施設は分けられ、隔てられているためだ。
それではダメだ。時間がかかりすぎる。
数量限定のレアアイテムがいつまでも店先に並んでいるはずもなく、万が一到達できたとして、一般人である俺がその先の修羅場をかいくぐるのは不可能だ。きっと異能棟を目の当たりにしたところで狙撃されてジ・エンドだ。
ゲートの警備員が異能科生徒に買収され、お昼の購買合戦で普通科生徒を暗殺していたぐらいだ。当時ソシャゲアイドルのライブチケットがかかっていたとはいえ、秋津洲の食べ物をめぐる争いは苛烈かつ残酷かつ低レベルなのだ。
しかも、今回の一等賞は大鳥居ひより生徒会長の「おっぱい」。
流血は避けられないだろうと生徒の誰もが理解っているはず。
「でも、いいか慎? ここからが重要なんだ!」
マップをよく見ると、いま俺のいる普通科校舎と「高等部本館」は、最上階で「渡り廊下」によって繋がっている。高等部本館のすぐ隣は異能科だ。
本館を経由することで異能棟に限りなく接近し、一気に地下一階へ飛び込んでいく。これなら丸腰で真正面から挑むよりかは殺される可能性は低い。
つまり、おっぱいをかけた聖戦に勝算がついたということだ!
「どうだ、すごい発見だろ」
「はー、くっだらねーこと考えてんだろうなって思ったら、やっぱそうかよ」
「くだらないとはなんだこの野郎。まあ今日の俺は機嫌がいい。許してやる」
連絡通路は講師が行き来するためであったり、避難経路の一つだったりするのだろう。とにかく渡り廊下の存在は俺にとって都合のいい大発見だった。おっぱい、夢じゃない。
「昼休みの鐘と同時に俺は四階へ上がる。四階は音楽室や美術室といった教室ばかりで、生徒の通りも多くない。全力疾走し、勢いのまま高等部本館へ突入する」
「本館も特殊教室の塊だから、異能科の奴らによる人の流れに巻き込まれることもないし戦闘リスクはかなり低い――そういうことだな?」
「ご名答。多少の戦闘は避けられないかもしれないが、ここさえ抜ければ購買は目の前だ」
理想的なのは高等部本館でスタンバっていることなのだろうが、渡り廊下のある普通科だってそう悪くない陣地だ。おらワクワクしてきたぞ。
満足な心地でスマホを消灯し、作戦概要の書き込まれたノートを閉じた。
最後ぐらいちゃんと授業を聞いてやろう。前田健介は公私きちんとメリハリを付けられるデキる男なのだ。あまり不真面目でいると、秋津洲名物・アレックスによるガチムチ肉体言語の時間がやってくる。何だそりゃ。英語を話せってばよ。
ポンポン。肩を叩かれた。
「ん、なんだ慎? そんなに俺の作戦に感激したか?」
真横を向くが、当の慎は必死こいて板書をしていた。俺のほうなど全く見向きもせず、汗をダラダラ流しながらシャープペンをゴリゴリ動かしている。
じゃあ、誰が肩を叩いたんだ?
そーっと振り向くと……。
アレックスがこめかみと上腕二頭筋に血管をピクンピクン波打たせながら、「ニタァ……」と白い歯を見せたところだった……。
「仕方ナイネ」
「仕方ないね」
【続く】
※「ボーイズラブ」の表記は、一部分ですが、今後そのような描写が入ることが見込まれるため付けております。