16.あの人のおでまし
「つぐみちゃん、目覚めたんですね……」
「……!?」
その声を耳にした瞬間、衝撃が走る。
「とてつもない異能の痕跡がありながら、普通の中等部生として学園に通う前田つぐみちゃん。私の仮説通り、何者かによってその力を封じられていたようですね……くす」
「ひより先輩……なんで……?」
照明灯のぼんやりした明かりは生徒会長の姿を浮かび上がらせる。
両肘を組んで笑いながら佇むその姿は、いったい何を考えているかもわからない不気味なものだった。
「私、つぐみちゃんたちの調査をしているんです」
「先輩が……? っ……、まさか、俺を誘ったのって」
「ええ。健介くんからつぐみちゃんの話を聞くためです」
「――――ッ、」
ひどく目を剥き、心の中が押し潰されていったのを感じた。
ああ、なんてバカみたいなんだ。
今日一日おっぱいプリンだのデートだの騒いで浮かれて、有頂天でいた俺は本当にバカみたいだった。
非モテ丸出しで、はしゃぎっぱなしで――。
「五年前、初めて会ったときから気になっていたんです。あなたたちの異能。あなたたちの過去。あなたたちの『正体』。秋津洲学園生徒会長として、あるいは大鳥居家長女としてここ数年間独自に調査し、研究し続けていたんですよ……? くすくす……」
先輩は、俺に会いたいわけではなかった。
俺と、話したいわけではなかった。
その事実が、俺の青い繊細な心を面白いようにズタズタにしていった……。
「いつ、つぐみちゃんが本当の力に目覚め、暴走してしまうか――。学園にとってあなたたちのことは重大な案件だったんです」
「大きなお世話ですよーって、言うところなんでしょうかぁ?」
真っ青になってつぐみをガン見。
つぐみは一歩、また一歩と前に出て先輩に接近していった。
そんな少女に対し、ひより先輩も鼻で笑いながら応対してくる。
「あらあら大きなお世話なんてひどいです。私たち学園はあなたたちに対し、誰よりも優遇してきたはずなのですが?」
「そういう意味でのスカウト生だったんですね……。ほんっと、『大きなお世話』です♡」
てめえ! ひより先輩になんてことを!?
我が妹はニコニコと、しかし子供らしい無邪気な調子で嫌味を生徒会長にぶつけていく。もう口を挟むのも怖い。
と、つぐみが後ろに何かをちらつかせているのを見た。
「ところでひより先輩? こんな時間に随分とお暇なんですね?? そんなにつぐみのお兄ちゃんに会いたかったんですかあ??????」
少しずつ、先輩に接近していく。
先輩に見えないよう、背中に何かを潜ませて――。
――凍り付いた。
えっ、こいつ、なんで?
なんでそんなもん持ってんの??
「お兄ちゃんに近づく女はころころしちゃいます!!!」
つぐみが握っていたのは、いつも料理に使っている「包丁」だった
ウェーブのかかった毛先がふわりと浮き、つぐみは地面を蹴ってひより先輩に飛び掛かる。
「つぐみ!」
そんなつぐみに対して。
ひより先輩は微笑を保ったまま、静かに左の人差し指を立ててみせた。
粉雪が一粒、指先に付着。
雪は一瞬で「雫」になり、指に乗っている。
「やめろ! やめてくれ、つぐみ!!」
必死に叫ぶのもむなしく、つぐみはけたけたとけたたましく恐ろしい笑い声を上げながら、ひより先輩の腹部に包丁の狙いを定めていった。
しかし。
「死にぞこないが」
先輩が何かを呟いた。
同時に、指先にあった雫が宙に少しだけ浮き、
――――ガキン!
つぐみの握っている、左手の包丁を弾き飛ばした。
立ち止まったつぐみは唖然として、闇に消えていった刃物を見つめている。
ガラスが割れる音。恐らく廃屋の一つに突っ込んだのだろう。
「……まあ、こわあい」
生徒会長の実力を目の当たりにし、苦笑いを浮かべるしかない。
大鳥居ひより。
彼女の異能は「体に付着した水を弾き飛ばす能力」だということを、知らない生徒はいない。俺も初めて先輩の能力を見たが、薄い刃を狙って正確に、つぐみの手に当らないよう撃ち抜くとんでもない芸当だった。
それが水の異能者・大鳥居ひよりが学園トップに君臨するゆえんだ。
「さ、つぐみちゃん? 私でよければお相手しますよ? どうせ暇ですので」
先輩の体中に付いていた雪が無数の水滴となり、髪の毛や制服の肩、大きな胸元、プリーツスカート、ローファーのつま先に乗っている。
もしそれらを一斉放火したら、つぐみは絶対ただでは済まない。
「つぐみ、先輩もああ言って許してくれるんだ……。もうよせ」
「……はい。今日のところは遠慮しておきます。今日のところは」
「今日のところは」の部分にやたら凄みを効かせ、つぐみは戦闘態勢を解除してくれた。
雪はますます強くなり、傾いた滑り台にうっすらと積もり始めていた。
【続く】
※「ボーイズラブ」の表記は、一部分ですが、今後そのような描写が入ることが見込まれるため付けております。




