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俺の弟が気持ち悪すぎてしぬ【休止中】  作者: ポール
第1話 俺の弟が気持ち悪すぎてしぬ
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15.天使降臨

「な、なんだあ!?」

 俺もノスフェラトゥも、一緒になって目を丸くしていた。

 ツグミは静かに立ち上がると、光を発しながら浮いていった。

 滑り台よりも高く、クローバータワーよりも高く――、

 分厚い鈍色の雲の下、恒星になって秋津洲を照らしていた。

 そして閃光が、薄汚れた世界を真っ白に染め上げる。

「――――――ッ!?」

 俺はとっさに腕で顔を覆った。


 ぴたり。冷たい粉が鼻先に付着した。

 秋津洲に、粉雪がひらひら舞い降りてきた時刻。

 俺はそっと、覆っていた腕を下ろした。


 白いワンピースドレスに身を包んだ、銀髪の少女が俺たちの頭上にいた。


「つ……、」

 ああ、どうして今まで俺はその名前を忘れていたのか。

 ああ、どうして今まで俺はあの声を忘れていたのか。

 どうして今まで俺は、あの愛くるしい姿を忘れていたのか。

「つ……、つ……、つ……!」

 拳をきつく握り、全身が奮える。涙も止まらない。

 なぜなら彼女は――、

 俺が命を懸けて守りたかった――救いたかった大切な家族だから。

 そんなことも俺は、どういうわけか忘れてしまったのだ。

 少女は静かに目を開く。

 彼女自身の異能によるのか、全身から白い粒子がとめどなく放出されている。やがて雪の結晶に混じり、ふんわり俺たちのところに降下してきた。

 俺は五年ぶりに、最愛の「妹」の名を叫んだ。

「つぐみ!」

「くすっ……♡」

 双眸が紅く瞬き、にゅうっと口角を上げて微笑んだ――!


 とん、とつぐみは静かに着地。

 ノスフェラトゥも開いた口も塞がらない様子で、驚くべきメタモルフォーゼの目撃者となっていた。

「つ、ツグミきゅんが……、こんな女の子に……! あ、あ、あ、あ、」

 つぐみの聖なる光を浴びて、原典の映画さながらに顔をゆがめて呻く。ガタガタと大げさに震え、断末魔の叫びを上げ――、

 ――そして何もかも冷め切った無表情に変貌した。

「帰ろ。俺ロリコンじゃないんで」

 と、すっかり萎えた様子で「寒い寒い」なんて呟きながら、自分で脱ぎ散らかしたコートを拾おうとしていたそのときだった。

「ねえねえ、待って待って」

「ん?」

 つぐみがトテトテと走り方も可愛らしく、無防備に接近。

 おいやめろ何考えてるんだオマエ!? と背筋が凍るが、なんとなく嫌な予感を抱いているのはノスフェラトゥも一緒のようだ。

「よくもいたいけな子に好き勝手しましたね!」

 にぱっと明るい笑顔。

 それにノスフェラトゥは間の抜けた表情になる。

「えっ……? でも俺が欲しかったのは君じゃなくてツグミきゅ……ぐふぉおおッ!?」

 ズドムンと、とてつもない音。

 つぐみの腹パンが真っ直ぐ叩き込まれたのだ。

「お兄ちゃんが来てくれなかったら襲われちゃうとこでした。変態さん怖いです」

「っ……あっ……がっ……! 怖いのはあんたのほ……っ、ホッ、ホッ、ホアアア――――――――――――――――――――ッ!?!?!?」

 フラットシューズの尖ったつま先が、股間に深くめり込んでいる。

 一瞬体が宙に浮くような、とんでもない脱力感。

 それから訪れる地獄のひと時。

 あれは見ているだけでも本当につらいよね。

 変態は崩れ落ちるように膝立ちになり、口から泡を垂れ流してピクピク痙攣。

 その、スキンヘッドの真上にそろ~っとつぐみの踵が。

「ごめんなさいも言えないなんて、つぐみ情けないです。いい齢をしたお兄さんが、いったいどんな教育を受けてきたんでしょう♡」

 そのまま脳天に「ガッスン」と踵を食らわせる。

 ノスフェラトゥは、自らの額で公園のグラウンドを割った。

 秋津洲に激震。一瞬にして蜘蛛の巣状の亀裂がグラウンド中に走り、破片が宙に舞い、周囲の廃屋がドコドコ倒壊し、しまいには滑り台も「ガコン」と傾く始末。

「私をどーするつもりだったんです? うふふ♡ こう? それともこーう?」

 頭部を地面に埋め込んだまま、白いケツを真上に向けてこと切れた魔人もどき。

 そんな汚いケツをゲシゲシ、ドゴォと蹴っ飛ばしまくるふわふわ天使。

 何? 何これ? 何なのこの絵? 

 つぐみってこんな子だったっけ?

「あ、あー。もうその辺にしておけ」

 ナイフの柄を尻に突っ込んで遊び始めたあたりで、俺は声をかけた。

 つぐみは足を止めると、俺の方を向く。

 涙が一筋、流れていったのを見た。

「お兄ちゃん……」

「つぐみ……」

 不思議な感覚だ。

 ツグミがつぐみに変身してしまった。

 そんな驚くべき状況であるにも関わらず、全く動揺していない俺がいる。

 わかっていた。

 正しいのはこれなんだ、と。

 この状態が正位で、正常で。

 ひっくり返っていたものが元に戻った状態なのだと。

 つぐみは「うるっ」と赤い瞳に涙を浮かべた。そして――。

「お兄ちゃん!」

「つぐみ!」

 真正面から飛びかかってきた。しっかり抱き留める。

 後ろに押し倒されそうになったが、その体は綿のように軽い。

 ああ、覚えてる。

 つぐみの温もり。匂い。

 柔らかい頬。髪。

 声。唇の色。


 それは、俺が命を懸けて守りたかったもの――。


「つぐみね、ずっと元に戻りたかったんですよ……?」

「っ……。まさか、いつもキスをねだってたのって」

「お兄ちゃんがしてくれないから」

 ああ、そういうことだったんだ……。

 好き好んで家事を担い、俺に寄り添い、発情してキスをねだったのは、封じ込められているつぐみが元に戻りたがっていたからだった。

 ああ、たとえあんな悍ましい姿になってしまっても、つぐみはいつも俺にこう言っていたじゃないか。

「大好き!」

 って。

 俺はそんな簡単なことにも気づけなかったのだ。

 なんてひどいお兄ちゃんだ。本当、ダメな兄だ。俺は……。

 最愛の妹を強くきつく抱きしめ、一緒になって泣く。

 目に入れても痛くないぐらいつぐみが可愛い。俺の妹がかわいすぎてしぬ。

 きょうだいっていいもんだね。家族っていいもんだね。

「さっきまですっげえ嫌そうにしてたくせに……」

 シリマルダシ・ラフレシアがなんか言っている。

 しかし慈愛に目覚めた俺は、もはや誰に対しても優しい。

 清らかな微笑を浮かべ、そいつのケツに突き刺さっているナイフをスコーンと蹴った。ノスフェラトゥは「らめぇええええ」と仰け反り、再び気を失った。

「さ、帰ろうか!」

「はぁい!」


 いよいよ本降りに入った初雪が、俺たちの再会を祝福しているような気がして嬉しい。

 灯りに照らし出されたケツに、うっすらと雪が積もっていく……。

【続く】

※「ボーイズラブ」の表記は、一部分ですが、今後そのような描写が入ることが見込まれるため付けております。

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