14.記憶 ~確カニ在ッタ忘レラレナイ惨劇~
四方を山々に囲まれた、河原のキャンプ場。
岩はべっとりと真っ赤にされ、水辺もところどころ、観光客の臓物や肉片が流されずに多数引っかかっている。
強烈な猛暑と異臭に、嗅覚が麻痺しそうだった。
『死にたくない! 助けて、お兄ちゃん!』
狼の口の中でもがいて、必死に伸ばしている小さな手。
しかし、眼前でズドンと口は閉じられた。
押しつぶされたかのように、ぷちゅっ、とあふれ出た鮮血――。
『あは。きったない血。つぐみ吐き気がしちゃいそう』
妹は斬首した巨大な頭部を踏みつけ、折れた首を傾けてカタカタ笑う。
『大丈夫よ、健介くん。ママは死んだりしません。だって、ママは――』
××××××ですから。
目を紅くして、暴走しているつぐみを止めにいったママ。
『ああ……康さん。私は……けっきょく……』
『もういい、しゃべるんじゃない……』
『××××××なのね…………………………』
心臓に穴を開けられ、鮮血をたくさん噴き出しながら――ママは死んだ。
『わかっていたさ……、わかっていたとも……! ××××××との恋など、叶わぬことなど!』
涙を流しながら、気を失ったつぐみの胸に杭を押し当てたパパ。
楽しいはずだった、真夏のキャンプ。
僕は真夏の渓谷でひたすら泣き叫んでいた。
全身を傷だらけにして、大声で喚いていた。
「どうしてこんなことに!」
楽しい、幸せな家族の記憶なんて僕にはなかった。
それは惨劇以上の狂った何かだった。
「健介。お前も父さんと同じ力があるはずだ――」
――俺は無言でツグミの体を起こす。
曲げた人差し指で、優しくツグミの顎を持ち上げる。
「あ……」
ツグミも目を閉じ、唇を軽く突き出してきた。
ノスフェラトゥも「お前ら、まさか、嘘だろ?」と色めき立っている。
当然、今の俺にはそんな気色悪い犯罪者など眼中にない。
たった一つの想いを胸に、俺は唇を近づけていく。
吐息と吐息が混ざり合う。
「もう、誰の死ぬところも見たくない」
ついに、俺はツグミと唇を交わしてしまったのだった。
「フアアーーー!? オアアーーー!!? 兄弟同士でなんてことを!!!」
変態ハゲ頭が近所迷惑な叫び声を上げる。
性犯罪者の目の前で、よりにもよって兄弟同士で接吻だとか近年稀に見る酷さの絵だが、気にしてはいけない。
今ここで冷静になればやられてしまう。俺の心が。
この前田健介がここまでしてやったんだ。今からツグミが魔法少女でも艦船っぽい少女でも異世界ヒロインでも何でもいいから変身してもらって、ノスフェラトゥをボッコボコにとっちめる、山奥に埋める。そしてツグミを殺して俺も死ぬ。それぐらいの結果はあって当然のはず。
「お兄ちゃん……」
女の子のそれとは到底いえない、気持ち悪い甘ったれた糞野郎ボイス。
「スキ」
ぽふっ、とエアリーボブの頭が俺の肩に乗せられた。
俺はワナワナ震えた。
「効果ねーじゃねーーーか!?」
「畜生貴様が憎い……! ……正直うらやましい……っ! な、な、なあ? もう俺たちで遊んじゃおうぜ? ケツを持ち上げてやってくれ」
「うるせえ!」
ノスフェラトゥが嫉妬と興奮でとうとう狂喜し、黒いコートを脱ぎ散らかす。
街灯は真っ白な肌を闇夜に浮かび上がらせ、しかしながらき●この山は赤くプルンプルン鬱怒張し、サイズ的にたけ●この里ぐらいにはなっていた。そろそろ明●食品に消されそうな気がする。
しかし。
「お兄ちゃん…………ほんとうにありがとう」
重苦しい静かな冬の夜も。
荒廃しきった謎の多い町も。
ノスフェラトウのような、薄汚い人間社会の恥部も。
そして俺の傷つき、荒んでいた心も。
それら全てをまっさらに洗い流し、清めてしまうような――。
とてつもない光が目の前で解き放たれた。
【続く】
※「ボーイズラブ」の表記は、一部分ですが、今後そのような描写が入ることが見込まれるため付けております。




