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俺の弟が気持ち悪すぎてしぬ【休止中】  作者: ポール
第1話 俺の弟が気持ち悪すぎてしぬ
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10.記憶 ~封じられた記憶の断片~

 居住地域のレフトラング・エリア。

 異能施設の集中するライトラング・エリア。

 そして、二つのエリアに抱き込まれる形で中心部に展開するのが、商業ゾーンの「秋津洲ハートフルヒルズ」だ。

 六十階建ての超高層ビルの足元で、俺はひより先輩と会った。


「ここのシロノワール、とっても美味しいんですよっ」

 と、ほっぺたに手を当ててにっこり召し上がる優美なお姿。

 感激だ。

 俺の目の前にひより先輩がいる!

 俺と一緒にデートしてる!

 先輩にバレないよう、俺はにじみ出た涙を指先で拭った。

 プリンは失ったが、ひより先輩の真心とおっぱいの感触はしっかり記憶している。健介死すともおっぱい死せず。だって目の前で先輩が咀嚼して飲み込むたび、たゆんたゆん揺れてるんですもの。

 某SNSのIDまで交換してしまったからには、二回目も三回目もあると見ていい。何それ幸せ過ぎて怖い。きっとあの気持ち悪い弟との獄中生活を耐えてきた、神様のご褒美だ。きっとそうだ。

 明日さっそく金髪童貞メガネに自慢して、嫉妬の炎で殺してやろう。


「今日は、来てくれてありがとうございます」

 先輩がフォークを皿に置いた。

 あれだけ美味しそうにしていたわりには、シロノワールは二口程度、手が付けられただけで半分も減っていない。

 両手で頬杖をついて、俺のことを見つめながら言う。

「健介くんとゆっくりお話がしたくって、誘っちゃいました♡ 急にごめんなさい」

「いいんです、いいんです! 俺も会いたいなーって思ってましたから!」

「なら、嬉しいです♡」

 少し小首を傾ければ、艶やかな前髪がさらっと流れて目元にかかる。

 俺はこんな何気ない仕草や表情にも打ちのめされ、気が気でいられなくなるようなどうしようもない非モテだから、すっかり舞い上がってしまっていた。

「ところで、健介くん?」

「はい、何でしょうか!」

「ちょっと変な話題になってしまうんですが……気を悪くしないでくださいね?」

「いいですよ、俺は全然気にしません!」

 などと表面で取り繕うが、は?? 大問題じゃねえかそれ!?

 えっ、先輩何をおっぱじめるの? もう子供はお家に帰る時間だよ? 

 変な話題って……。当然これから繰り広げられる、あんなことやこんなことについてであって……。

 ――天国の母さん。今まで育ててくれてありがとう。

 前田健介は、今から冒険します――。

 拳を胸に当てて、さめざめと涙を流しながら上を向いていたときだ。


「健介くんが秋津洲に来る前。何があったかって覚えてますか?」

「え」


 真顔で先輩と向き合う。

 聞こえていなかったクリスマス・キャロルの音色が、今になって頭に流れ込む。

 店内には、秋津洲で働く大人が数人。

 スマホやタブ、ノートPCといった端末と向き合っていて、時折、フォークと皿がぶつかる乾いた音が聞こえてきた。

 しばらく無言。

 俺が「あ、え、その、」と言葉を発したのは、客の一人が退店し、「ありがとうございましたー」というアルバイトの声を耳にした直後だ。

「秋津洲に来る前は、俺、記憶が無いんです……」

 記憶が無い。

 俺は五年前に秋津洲にやってきたのだが、それ以前の記憶が抜け落ちている。


 だから、一体何があったのか。

 そもそもなぜ、兄弟だけの二人暮らしをしているのか。

 なぜこんな半閉鎖空間といえる学園都市に住んでいるのか。

 ツグミの異能とは何だ?

「異能スカウト制度」に選ばれた理由は?

 ツグミだけでなく、俺までその制度が適用されている真相は?

 ……どうして、母さんは死んでしまったのか。


 誰にいくら、どのように聞かれても。

 俺たち兄弟は「わからない」とだけ答えてきた……。


「目が覚めたらもう、俺たち『エスポワール・ワン』にいましたし……」

 老朽化したマンションを、学生寮として改装したのが「エスポワール・ワン」。

 その二号棟が、いま廣瀬慎も住んでいる「エスポワール・ツー」だ。

 離れた位置に全く同じ形状の建物があるので、初めて見る人間はおかしな錯覚を起こし、混乱する。

 俺の記憶は寮の一室、天井、――つまりベッドの上から始まっている。

 それが、自分の辿ることのできる最古の記憶だ。

「どんな些細なことでも構いません。何でも話してください」

「わかりました……」

 先輩は両肘をテーブルについたまま、にこやかに俺の様子を見守っている。

 そのじっとした視線には、俺の胸の内を覗き見ようとしてくるような、変な悍ましささえ含まれているように感じた。

「本当に、ちょっとしたことでもいいですか?」

「構いません。教えてください」

「っ……、笑いません?」

「当然です」

 きっぱりと、最後の一押しとばかりに断言する先輩。

 そこまで言われてしまうと黙っているわけにもいかない。

 俺は脳みその片隅に辛うじて残る、「とある記憶」について話を始めた。


「たまに夢見るんです。俺とツグミと母さんたちで、夏の河原へ遊びに行ったこと――」


 不思議な夢だった。

 そこは秋津洲よりもずっと山奥の、綺麗な水の流れる川。

 俺は幼いツグミと楽しそうに水遊びをしていて、それを遠くから母さんが見守っている……という内容だ。


 この夢が俺にとって、何の意味があるのかはわからない。

 はっきりしているのは、俺たちは小さかった頃、遠くの山に住んでいて、母さんたちと幸せに暮らしていたということだけ。

 ただ、この話には恐ろしい続きが存在する。

 全てを見透かしているかのように、ひより先輩はその「先」を急かすのだ。

「本当にそれだけですか? その後に何か『事件』はありませんでしたか?」

 ピリッ。

 右のこめかみに鋭い痛みが走った。

 過去のことを思い出そうとすると、いつもこのように激しい頭痛に襲われる。

 不快感で顔を歪め、視線を先輩の方へ戻した時だ。


「さあ?」


 気づけば先輩は身を乗り出していて、俺の目を覗き込むように見つめ続けていた……。

 

 汗が流れ落ち、喉が渇いていく。

「事件……? ――そうだ、そのあと、ものすごい『狼』が出たんです」

「狼? まさかニホンオオカミとでもいうのですか?」

 ひより先輩は怪訝そうな反応を見せる。

 それもそうだ。ニホンオオカミなんて日清戦争の時代に絶滅しているし、しかも外見は犬っころと大差ない。

 だからこそ、俺はこの目で見たものが、受け入れられなかったのかもしれない。



「熊みたいに身体が大きくて……顔面のほとんどが『口』だった。体毛は真っ白で、急な斜面をものすごい勢いで駆け上がって、飛び上がって、……橋上に避難した人たちをひとまとめにあさり尽くすように大きな口でいっぺんに咥えて……。…………ドスンと着地してからボリボリと咀嚼するんです………………」



 お、俺はいったい何を言っているんだ……?

 ピリ、ピリッ……。

 頭痛が頻発する。


【続く】

※「ボーイズラブ」の表記は、一部分ですが、今後そのような描写が入ることが見込まれるため付けております。


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